第4話 五月晴 冬華は動けない
「創作の需要ないな!!」
部員集めの手伝いを約束してから1週間。
俺は誰も居ない放課後の教室で雄叫びをあげていた。
何故かというと、今日一日、休み時間、放課後と可能な限り同級生達に「創作に興味ない?」と、片っ端から声をかけてみたのだが、尽く空振りに終わったからだ。
「考えてみれば、創作なんてコスパとタイパが最悪だからなぁ……」
コンテンツが溢れる昨今、アニメは倍速で観られ、映画はあらすじで済まし、ゲームは実況動画で観るのでプレイせず、漫画はイラストにセリフを付けた一コマ系がバズりやすい。
消費するのでさえ手軽さや短さを求められるのに、趣味でやる創作なんて努力が必要で、時間は掛かり、お金も発生しないので時代と逆行しているのである。
じゃあ、承認欲求から攻めてみれば?と考えてもみたが、大半はインスタグラムやtiktokなどのSNSで適当に投稿して、友人同士でイイねしあえば満たされるわけで。
つまり、率先して創作をやりたがる人間は中々居ないのだ。
「もう6月だしなぁ……。殆どの人は部活に入っているし」
それこそ、兼部がOKなら簡単にいったが……。恐らく、そういった名前だけ貸して部としてろくに活動せず、部室を駄弁り場として使う生徒が居たのだろう。
校則として禁止されているのも納得がいく。
「まあ、大事なのは小さな積み重ねだ。明日からは上級生の人たちにも声をかけてみよう」
気持ちを切り替えた俺はバッグを肩にかけて教室を後にする。
そして、靴箱へと向かうと、とある人物が視界に入る。
「あれは確か、
小柄な体躯に薄灰色でボサボサな髪。まず、彼女で間違いないだろう。
その五月晴さんが靴箱の前で体をまるめて微動だにしない。
桃春曰く、五月晴さんは体力が無さ過ぎて放課後には事切れるらしい。
となると、現在、靴箱の前でうずくまる五月晴さんもスタミナが底をついたのだろう。
「……スルーするわけにもいかないな」
それこそ、体力じゃなくて体調不良だった場合は大変だし。
俺は五月晴さんの元へと向かい、軽く肩を叩く。
「五月晴さん、平気?」
すると、俺の声に反応した五月晴さんはゆっくりと顔を上げて、か細い声で反応してくれる。
「め……
「一般高校生だが?」
ボケなのか意識が朦朧として変な単語を口走ったのか分からねぇ。
どうしたものかと考えていると、五月晴さんは俺の服を掴んで懇願してくる。
「か、帰ろうとしたら、もう疲れちゃって 全然動けなくてェ……」
「ああ、うん、把握した。全部分かったから。肩を貸すよ」
ゼェゼェと荒い息を吐き出す五月晴さん。なんというか、保護欲を掻き立てられるな。
「とりあえず駅まで送るけど、それで良い?」
そう聞くと五月晴さんは青白い顔を作りながら、コクリと小さく頷く。
了承を得れたので、靴へと履き替えて、五月晴さんと一緒に学校へと出る。
しかし、肩を貸すとは言ったものの、小柄な彼女とは身長差がある。必然的に俺の腕に五月晴さんがコアラみたいに両腕を絡ませるスタイルになる。
傍から見ればカップルのイチャイチャのようだが、こちらからすれば足がフラフラでおぼつかない酔っ払いを介護してるような気持ちである。
「五月晴さん、普段はどうやって登下校をしているの?」
「疲れたら、どこかの壁とか電柱に寄りかかって休憩して、落ち着いたら、また歩きだして。これの繰り返し……。調子が良い時は、休まずに登校できるよ」
「ちなみに今日の調子は?」
「最悪かも……」
ひとまず、これが最低値だと判明してホッとする。もし体調の中央値が今の状態だったら、どうしようかと。
それくらい、五月晴さんの纏う雰囲気は弱々しく不安になるのだ。
まあ、実際に肉体が脆弱なのは確かなのだろう。
現在進行系で、彼女の足取りはフラフラで、俺と一緒に歩いているというよりかは、必死にロープにしがみついているといった印象だ。
加えて、徐々に息は荒らくなり、ただでさえ色白な肌は更に色が薄くなっていく。
これ、流石にやばいよな?
「五月晴さん、歩くの辛いよね? 俺の家、すぐ近くだから休憩しよう」
そう告げて、俺は体を屈めて、おんぶの体制を整える。
「え、でも……悪いよ」
「途中で気絶して倒れる方がよっぽど迷惑だよ。これは俺の自己満足みたいなもんだから遠慮するな」
やらない偽善より、やる偽善だ。
その言葉に五月晴さんも納得したのか、俺の背中に身を委ねる。
同時に背筋に迸るのは2つの山と呼べる柔らかな感触。その日、雨河明季は思い出した。五月晴さんがマスコット的な見た目に反して、暴力的なお胸の持ち主だったのを。
そして、あまりにも倒錯的な刺激が脳へと電流を流して気付いてしまう。
「(あれ? なんで俺、ナチュラルに女子を自宅へ招いているんだ?)」
いや、むしろ……世間一般でいう所の”お持ち帰り”というやつでは?
「もしかして、わたし、重たかった?」
「いやいや!! そんなわけ無いですよぉ!!」
呆然と立ち尽くす俺に五月晴さんは不安を感じたのか震えた声で問いかけてくる。
ぐっ……彼女は俺を信じて身を預けてくれたのに、なんたる不純!!
脳が変な方向へシフトする前に、俺は一目散に自宅へと走り出すのであった。
そして、住宅街の中に佇む平凡な2階建ての家……つまり俺の自宅へと無事に到着する。
ややダッシュに近い速歩きで来たので、煩悩よりも疲労がいい具合に勝っている。
とりあえず、早く休憩しよう。俺も走って疲れたし。
俺は五月晴さんを背負ったまま、玄関の鍵を開けて、客間へと移動する。
「ちょっとだけ待っていて」
と、五月晴さんに一言告げて、俺は彼女を畳の上へと一時的に寝かす。
そして、布団を取り出し、お客様こと五月晴さんを、その上へと寝かせる。
「とりあえず、落ち着くまで休憩していて。俺はリビングに居るから」
幸い、家族は全員不在。万が一女子と一緒に居るのを見つかったら、なんと言われるやら。
そんな危機感を感じながら立ち上がろうとしたが、阻止されてしまう。
「ここに居て……」
五月晴さんが細い手で俺の右腕を掴んで離さないのだ。
横たわる色白な彼女は小動物に似た雰囲気を醸し出している。
これで断れる人間はおるまい。
「……わかったよ」
「んへへ、ありがとう」
観念して、俺が座ると、五月晴さんは先ほどまでの死にかけだった表情から打って変わり、ゆるゆるで柔らかな笑みを向けてくれる。急なデレである。悪い気はしない。
……で? 次は何をすればいいんだ?
よくよく考えてみれば、女子を自宅へ上げた挙げ句、布団を敷き、寝かせているという、字面だけなら100%勘違いを誘発しそうなワードがてんこ盛りである。
むう……いかんな。このままだと脳内がピンク色へと侵食されてしまう。
こういった時は、別の作業に集中しよう。俺は空いた左手でスマートフォンを操作し、今後の部員集めについての計画をメモし始める。
すると、五月晴さんが横たわったまま問いかけてくる。
「ねえ、名前呼びしていい?」
「五月晴さん、急にどうしたの? 別に構わないけど」
「じゃあ、
そんな、突拍子もない提案。
まあ、名前呼びなら桃春にもしているからハードルは高くないけれど。
変に意地悪をする理由もないし。
「わかったよ、冬華。これで満足したろ? 喋ってないで寝てなさい」
「ん〜、それは難しいんだよね。航季は わたしが体力ない理由を知っている?」
「いや、知らないな。桃春からは体力が一日と保たないというのを耳にしたくらいだ」
と、俺の返答に対して、冬華は握りしめた手を緩ませたり強くしたりとニギニギしながら答えてくれる。
「実はね、わたし不眠症なんだ〜」
「緩い口調で凄いカミングアウトしないでくれ。なにか……持病持ちなのか?」
「そんな畏まる必要はないよ。肉体というより精神的な部分が原因なんだ。最初はちょっとした不安で眠れなかったけど、繰り返していくうちに”寝なくちゃ”って考えるようなって焦ちゃってさ〜。おかげで寝かたを忘れちゃったんだ」
冬華は軽く笑い声をあげるが、こちらとしては苦笑いでしか返せないぞ。
「航季、ごめんね、重たい話をして。でも、わたしを少しでも知って欲しかったから。
えっと、それでね……体力が無いのは、不眠症が原因で、よく眠れないからなんだ~。そのせいで体力が満足に回復しないんだ」
「肉体は疲労状態のままだから、倒れてしまうわけか」
「殆どは気絶に近いけどね〜。おかげで、学校だと授業は殆ど出れないし、放課後に友達と遊ぶなんて無理な話なんだ。だけど、そんな駄目な わたしを部に誘ってくれたのが桃春なんだ〜」
「あはは、桃春らしいな」
すると、冬華が俺の手を自身の頬へと当てながらお願いをしてくる。
「航季、わたしにとって創作部は大切な居場所なんだ。でも、わたしだと役に立てない。だから、我儘なお願いだけど、この部を守ってほしいんだ……」
そう口にした冬華の手は震えていた。残念ながら、俺は昨日、出会ったばかりの冬華をまるで知らない。
それでも、目の前で困っている女の子を放っておくほど無情ではない。
「安心しろ。俺が何とかしてやるから」
活路は未だ見出していない。
計画の具体的な案さえ見つかっていない。
だけど、そんな上っ面で表面的な言葉を聞いた冬華は心底嬉しそうな表情を作り上げる。
「んへへ……航季は温かい人だね」
と、俺の手を弱く、冬華にとっては精一杯の力で握りしめてくれる。
そして、冬華は安心したのか、瞼を閉じて、すうすうと寝息を立て始めた。
その安心しきった表情を見ながら、ふと思う。
「まずは部員についてから知るべきだったな」
冬華の寝顔を見ながら、俺は首筋を軽くかいて、ため息を漏らす。
部員集めに関して、創作の部分ばかりに目を向けていた。
しかし、創作とは誰かと共に行うと、もっと楽しくなるのだ。
タイパやコスパじゃない、それを凌駕する面白さがそこにある。
「友達と一緒に物を作る楽しさなら知っていたはずなのにな」
それこそ、中学時代で実施した同人誌作りは大変だった。しかし、楽しくなかったかと言われれば嘘になる。
「だとしたら、創作じゃなくて、共に物を作り上げる仲間が居るのをポイントにすべき……か」
別に同人誌を作ろうとかではないが、同じ空間で創作をしている仲間が居るだけでも良いものである。
それこそ、創作物の完成割合は個人でするよりも、同じ作り手が集う部活動やディスコードなどのコミュニティに所属している方が高いらしい。
「ひとまず、冬華については分かった。次は
おかげで、だんだんと方向性が見えてきたぞ。
霜月さんについても人となりを把握して、こんなメンバーが居るよとアピールしていけば良い。
そうすれば、少しでも興味を持ってくれる人がいるかもしれない。
「まあ、個性が強すぎるけどな」
それでも、この部が一体、どのような創作物を作り出すのか興味が湧いてきた。
さてと、活路も見えてきたし、今後の計画も考えていきたい。冬華には悪いけど、そろそろ起きてもらわないと。
「冬華〜、もう外も暗いし、起きなさい」
「……んん〜、あと8万6400秒寝かせてぇ……」
「それ24時間じゃねぇか!! 泊まるつもりなの!?」
冬華!! 冬華さ~ん!?
彼女の体をいくら揺すっても起きる気配は訪れない。
それどころか、俺の手を握りしめたまま離してもくれない。
ていうか、寝ているときの力強ぉ!!
「ただいま〜、愛しのお姉ちゃんが帰ってきたぞ〜」
すると、神がかったタイミングで大学生の姉が帰宅してきた。
まずい、非常にマズイ!!
しかし、冬華は寝たまま起きてくれないし、手も離してくれない。
最悪な絵面の状態のまま、客間の襖が開かれる。
「弟〜、なんで客間なんかに……居、る?」
「ははは……おかえり、姉ちゃん」
ひとまず、乾いた声でお帰りの挨拶をするが、姉は扉を開けたまま硬直し、すかさず質問を投げかけてくる。
「やったんか!? 脱童貞かぁ!?」
「事後じゃねぇよ!! ピッチピチのチェリーボーイじゃ!!」
「あ、そうなの? じゃあ、これから? お姉ちゃん、ゴム買ってこようか?」
「姉に避妊具をパシらせるって、どんなプレイだよ!!」
ぐおおおお〜〜!! 誤解が解ける気がしねぇ!!
どうすんだよ、これぇ!!
すると、冬華が握りしめた俺の手に頬ずりをしてくる。
「んへへぇ〜、航季ぃ〜♡」
「お前、絶対に起きてるだろぉ!!」
こうして、誤解が誤解を招き、家族会議寸前になる直前で冬華の目が覚め、なんとか経緯を説明してもらい事態は収束するのであった。
ちなみに、夜も遅くなったので、冬華は姉が車を出して、家まで送ってくれた。
計画メモ:廃部まで残り23日。次は霜月さんについて知ろうと思う。
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