27 業物
「お前の名前は、茜だ」
「………………はい」
赤茶けた長髪をして、茜色の瞳をした、普通に素直そうで何処にでもいそうな少女っぽい心刃、普通のビンタ改め茜は、憑き物が落ちた様な顔をして、さめざめと泣いていた。
立たされている状況が状況だ、危ない行動は困る。だから、帰ってきたら野太刀共々少し位は怒ろうかと思っていたが、とてもじゃないが怒れる雰囲気じゃなかった。
良く見てみれば膝も擦りむいている。或いは賢者にでも遭遇して逃げて来たのか。
何にしろ、そこはかとなく、冒険して来た気配の様な物が感じられた。
そして何かを思い知った様な感じだった。
「名前を……」
「ん?」
「名前を付けるのが、申し訳ないって……」
そんな行動を取るつもりはなかったのに、決まりが悪くて面を逸らしてしまう。
「気にしなくて良いって、名前が貰えるだけで嬉しいとか……」
「…………」
「だからまぁ、嫌がってないなら良いかなと。茜は嫌だったか?」
普通のビンタは少し考える間を挟んだ後に首を振った。
「……帰るか」
「…………」
俯き頷いた茜と共に塔へ戻って行く。
広い玄関に入った所で改めて茜を見てみると、とてもじゃないがお仲間に見せられない顔をしていた。
「むーん……」
「……ずず」
一旦クールタイムを挟むべきかも知れない。
その為にも……別室にて心刀の鑑賞タイムを挟もうッ
「よしッ 取り敢えず心刀を確認してみるかッ」
「師匠」
「はい師匠」
聞き返してみるが、俯き目を反らした茜は中々続きを話さない。
「……沢山人を斬ったら、痛みはなくなるんですか」
「…………ふーむ」
躊躇っただけはある真面目な質問で答えに困ってしまう。
前へ向き直って、少し真面目に考えてみる。
「…………ダメだな」
「……?」
「何とかかんとか躱そうと思ったけど、全部嘘で言えない。師匠は確かに何も感じなくなった。誰だって殺せる、多分親しかった人も」
「…………」
「師匠は自分の事しか分からないから余りテキトーな事は言いたくないけど、でもこれは多分、僕が元々そう言う人間だった部分もあるんだろう。程度の違いはあると思うし、全員が全員師匠みたいになる訳じゃない……って事が聞きたかったのか?」
俯いている茜は小難しい顔をして頷いた。
「……もう、戻って来れないんですか」
「ん? なんだお前、師匠を救ってくれるのか?」
「怖いだけです」
「……そう」
なんかちょっと、遠慮しなくなったなこいつ。
まぁ良い事なのだろう。
「よしっ 何はともあれ心刀を確かめるぞッ」
「師匠」
「今度は何だ……」
「……ごめんなさい」
「……なんかお前、良く分からん奴になってるなぁ」
繁々と観察すると気まずそうに顔を反らした茜を連れて、上には上がらず、一階で落ち着けそうな部屋を探して行く。
「ん?」
不意に鈴の音が聞こえて来た。鈴鳴りが呼んでいる様だ。
振り返ってみればその先にお見せ出来ない面があった。鈴の音が聞こえて来た方を向く。
「…………」
どうしよう。
「……茜」
「……はい」
「むーん……一人同席しても大丈夫か?」
心持ち俯く角度が深くなった気配がした茜は中々答えない、やっぱり躊躇う物がある様だ。
此処は一旦茜に待って貰うか。
一番の目的はクールダウンを挟む事だし、それならみんなの居ない部屋で落ち着くだけで間に合う。
それより今は鈴鳴りだ。
賢者が鈴鳴りを眠らせたあの日以来、何だかんだで初めて鳴らされた鈴。
今まで見て来た様子から考えて、鈴を鳴らすだけでもそれなりの決心が必要だった様に思う。
みんなが居るのだから何かがあった可能性はまずないだろうけど、此処で応えないのは悲し過ぎる。
「鈴鳴りなんだけど、無理そうなら少し待っててくれ、長くなる様ならみんなの所に帰って置いて欲しい」
「……大丈夫です」
「? どれに対しての大丈夫?」
「一緒でも、大丈夫です」
振り返って茜の様子を伺った。
「……もしかしたら知らないのかも知れないけど、すごく目元が赤いよ?」
「っ」
ちょっとばかし焦った様子で目元を拭った茜が、そのまま背を向けてしまった。肩を狭めたその背中はとても肩身が狭そうだ。
「わ、わざわざ、言わなくてもっ」
「……すいません、じゃあちょっと行って来るから、好きな部屋を選んでてくれ」
言うが早いが鈴鳴りの元へ向かった――
――場面整って、外の景色が割と絶景な一階の角部屋では、鈴鳴りを新たな仲間に加えて、茜の心刀鑑賞会を開催しようとしていた。
「では茜さん、よろしくお願いします」
「あ、はい」
畏まって正座しつつ、慇懃に一礼すれば、正面に座っていた茜も焦って釣られて頭を下げた。
部屋の隅で膝を抱えていた鈴鳴りも頭を下げる。
そんな彼女は回収してきてこの方、用件を一言も口にしていなかった。
もしかすると、正体の見えない不安に駆られて、困った時の暴力装置を傍へ置きておきたくなったのかも知れない。
「さてさて、心刀は出せるかな?」
「…………はい」
茜が見下ろした先へ両手を掬い上げる、すると両手の上へスルリと出て来た一振りの心刀。
この仙境に着いた時から心刀が出せた三人……多分三人を含めなければ、茜は一番自然に、戸惑うこともなく心刀を取り出していた。一体どんなやんちゃをしてきたのやら……
懐から出した敷物を床へ敷いて、両手で差し出された心刀を両手で受け取る。そうして御刀へ頭を下げた。
「こりゃまた凄い……」
「……な」
少しずつソワソワし出した茜が何かを言い掛けて、やっぱりやめて俯き加減で大人しくなる。
さっきからなんだろう、この思春期特有の小難しい感じの態度……
まぁいい、今は心刀だ。
「これは半太刀拵えだ。太刀から打刀へ移行した時代、戦が馬上戦から
「ヘンテコ……」
「いい意味でのヘンテコ。いやー、カッコいいねぇ……丁度僕みたいなニワカがピンポイントで知ってる類いの中二心を擽る”例外”って奴ですよぉ……鈴鳴り」
ピクリと反応した鈴鳴りが、呼吸や身動きを抑えて、恐らくは極限まで気配を薄くしようと努め始める。
こっちもこっちでややこしい……
「うーむ……心刀を見せて欲しい成って」
なんて聞けばさらに俯いてしまう鈴鳴り。その様子を伺っていた茜が不安げに此方を見て来た。
なんだろう、その大人を期待する様な目。僕はただ戦いたいだけの野郎だが? 荷が重すぎやしないか?
でも僕が始めた事で状況だった。ここは師匠としての貫禄を見せる外なし。
どら、ちょっくら100数十年余りの頼り甲斐で、悩めるがきんこ連中をころころ遊ばせてやるかな?
「悩みがあるならぁあああッ 聞きましょうかぁあ???」
「…………」
茜がちらちらと見上げて来る、その視線は遠慮がましくも正気を疑う様だった。
まぁ落ち着けよ、オレのターンは始まったばかりだぜぜ。
一旦心刀を敷物の上へ丁重に下ろし、鈴鳴りの前へ行く、そうしてしゃがみ込んだ。
「何を戸惑う必要がある、心刀をお披露目出来るこの機会に」
「…………」
と問い掛ければ、抱えていた膝の足の指を内側へ引き握って、更にコンパクトにまとまり俯いてしまった鈴鳴り。
その態度で何を嫌っているのかが少しだけ分かった気がした。多分鈴鳴りは、心刀を出したくないのだろう。
なら何で出したく無いのだろうと考えて、直ぐに心当たりを覚える。
思い出したのは賢者との会話だ。確か鈴鳴りは、心刀に価値無しと判断されたから管理側に勧誘された筈だ。
寧ろ気付いてみれば、何故こんな簡単な事に気付かなかったのだろうと、自らの無神経さに呆れるほどだった。
よくもまぁ鈴鳴りの心刀を他の心刃の心刀と並べようとした物だ。鈴鳴りはその空気をこれまでの経験と、話しの流れから敏感に察知したのだろう。だから普段にも増して頑なになってしまったのかも知れない。
「……ごめんな鈴鳴り、馬鹿な師匠で。そう言えば伝えて無かったな、お前の心刀が如何に美しい物かを」
抱えた膝を横へ反らして、其方へ視線を逃がす様に向けた鈴鳴りには、今から話す言葉が届かない雰囲気しかなかった。
でも語っちゃうもんねー
「お前の脇差も少し特殊なんだ、特徴的なのは刀身の姿、身幅……刀身の横の幅が、鍔に近い元幅がはっきり広くて、切先に近い先幅が大きく細くなっているだろう?」
「…………」
「あれは太刀の特徴なんだ。中でも一番美しいとされる、元幅と先幅の差がより大きく出ている刀の姿をしている。その特徴は戦いが落ち着いた平安の世で、実戦的な強さよりも、刀が持つ美しさが追及された時代の太刀に現れたらしい」
鈴鳴りが横へ向けていた視線を下へ向ける。
「反りも含めた全体的なバランスを見てみれば、打刀としての特徴も出ているお前の心刀は、拵え的にも脇差なんだろう……いいじゃないか、珍しい二面性で、この世には半太刀拵なんてヘンテコな拵えもある。でもその二面性を心の底からカッコいいと思う奴もいる。お前の唯一無二の二面性は、誰に恥じる事も無い特別だ」
「………………」
「心刀を出せ、鈴鳴り」
行ける気がしてお願いしてみたが、寧ろより俯いてしまった鈴鳴り。やっぱり早々上手くはいかない様だ。
と思えば、蚊の鳴く様な声で何かをボソボソ言っている気がした。
気の所為かも知れないが、一旦耳を寄せてみる、すると確かに聞こえて来た”名前がみたい……”と。
面を上げて鈴鳴りを見下ろす。懐から目釘抜きを取り出した。
「お安い御用、だッ」
鈴鳴りの膝から離れた右手が持ち上がって、ちょっと迷う様な間を挟んだ後に、涼し気な鈴の音が鳴った。
「…………」
鈴鳴り……或いは元々関わる事が得意じゃなかったお前の心は、ずっと誰かに気付いて欲しかったのかも知れないな。
他者を避けてしまう弱さと、他者と関わりたい想いと……なるほど、良く見てみれば本当に、鈴鳴りらしい心刀だ。
頭を下げて心刀を受け取る。
「……ありがとう」
抜刀した鈴鳴りを一太刀薙ぎ払った。
澄み渡る共振音が一鳴り太く震えて、細くなり、襖に一筋線が走って、二つに割れて倒れ込んできた襖と共に、その裏側に噛り付いていた者共が雪崩れ込んで来る。
夕日に透かした刃は水が滴る様に滑らかな輝きを放っていた。
「……なんだよ、傷がないじゃないか」
「……………………」
「鋭く美しい……お前の心刀は、業物だ」
鈴鳴りの目釘を目釘抜きで行く。塞ぎ込んで息を凝らしてしまった野郎の肩は叩いておいた。
死を恐れて、誰とも馴染めず過ごし、目覚めた力も否定されて、生を対価に苦しみを味わう立場から彼女たちの監視を求められたのだろう。
それは孤立してしまう筈だ。連れ帰った子らの誰が悪い訳でもないが、輪に加われる筈もない経緯があった、だから鈴鳴りは自ら孤立する事を選んだ。いや、そう立ち回る他に取れる行動がなかった、鈴鳴り自身の心情的に。
事情を知ってしまえば、分かり安過ぎる内通者だった。
鞘から抜いた刀身を鈴鳴りへ差し出す。声を掛ければ腕だけ伸ばして来た鈴鳴り。
「茎から先には直接触れるなよ。それが御刀に触れる際のルールだ」
頷いた鈴鳴りが心刀を受け取って、そうして自分だけが見える位置で銘を確認し始める。
茜の前へ戻る。
アカネは目元を気にする様に両手の甲で顔を隠していた。
「あ……すまん、良い刀だって伝えたくて、勢いで……」
「し、師匠……」
「ぅ……か、カッッモ――――んッもそもそーッ」
シュッ、っとやって来て、ぱっと隣に座ったモソモソへ取り敢えずの木の実を与えて置く。
この怪獣の純粋な明るさで、全部有耶無耶になれば良い……
「……因みにお前の名前はモソモソではないからね? 勘違いはだめだよ?」
「ングングングッ なんですかその言葉はッ 聞き覚えがありませんッ」
「よしよし……」
内心ちょっと安心しつつ、盗み聞き野郎モソモソにも心刀を出して貰う。
襖の裏に潜んでいたのを暴かれて、取り繕う事をしなくなった盗み聞き野郎共が部屋へぞろぞろと入って来る。
入って来たのはキヅキとヒノエ、ヒノエはお守り役として荒れ狂う怪獣共に同行した形かも知れない。
そうしてキヅキはモソモソとは反対隣りに座った。
ヒノエは鈴鳴りの隣りに座ったか……相変わらず良いね君は、言葉では言い表せられない優しさがあるよ。
純白の拵えをした打刀を、アカネの心刀と並べる。
「私の方が少し短いですっ」
「いや、アカネのが少し長いんだ」
「アカネっ」
「アカネっ」
二人の怪獣から呼ばれて見られたアカネが、す……っと首を背けて、表情を隠す様な動きを見せた。
「あ、私はヒノエっす」
「ヒノエっ」
「ヒノエっ」
二人に呼ばれて見られたヒノエが、ゆるーく此方へ手を振っている。
「よし野郎共、早速心刀を見て行くぞッ」
比較対象を得た事で良く分かる様になった拵えの違い、その違いを知っている範囲で、一つ一つ指差し話して行く。
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