25 密かな疎外感

 例えどんな物が手に入ったとしても、乱暴な物事に憧れる事はない。無理やり奪う人は大嫌いだ。

 だから、そんなことをしてまで生き延びる位なら、いっそ死んだ方がマシだと考えていた。


『嘘つきっすね、本当は絶対死にたくない癖に』


 嘘じゃないと言った私に、Eの2806072番は見透かした様な目を向けて来た

 その据わった眼差しで眺められていると、自分の狡い部分が丸裸にされた気分になってしまって、そんなことしたくなかったのに目を反らしてしまった。


 負けを認めた気分を味わわされた。

 だから6072番は教えてくれたのかも知れない、他人の恨みを買って遺恨を残してしまわない為に。


 彼女はそう言う所が上手いから


『実は私も暴れ回ってやろうと思ってるんす。力に目覚めたら手当たり次第に。でも多分、何も出来ずに終わる気がするっす』


 ”私に勇気があればもう生きてないっす”と、冗談めかしに肩を竦ませた彼女の言葉には、私達の境遇と、私達自身の全てが詰まっている気がしてならなかった。


 私たちは商品だ。強くて美しい者から買い手が付いて失せて行く。

 弱い者だけが何時までも残り続けて、日々少しずつ増やされて行く負荷の中で、逃げる事も無ければ抗う事も出来ず、苦痛とストレスを与えられる日常に流されて行く。


 いっそ崖から飛んだ方が楽になるのかも知れない、なのにどれだけ背中を押され叩かれても飛べない私は、確かに6072番と同じ様に、後ろ向きな願望さえ叶えられない弱虫なのかも知れない。


 出来もしない癖に、弱い自分を許す為だけの願望を抱いてしまう、どうしようもない奴なのかも知れない。


 でも、そんなしょうもなさを抱えているのは私だけじゃない事を知れたのは、少しだけ心強かった。


 だから本当に、彼女は上手い奴だと思った。なのに――



「――そんな理由で気絶したんすか??? はー、本当にあったまぶっ飛んでますねーこの侠客さまは」


 等と言って、白目を剥いている怖い人を突いている彼女は、この場所に来て一番最初に力を目覚めさせた。


 嘘を吐いていたのだ。彼女は弱くなんてなかった、ただ爪を隠していただけだ。

 一時の感情に任せて抗う事よりも、もっと難しい事をやり続けていた。


 私なんかとは全然違う、寧ろ庇われて、気遣われて、その事に気付かせない様に立ち回られていた。同じ立場に居た筈なのに、ケアをされていた。


 そんな彼女は名前を貰ってから少し変わった、師匠を語ったあの人と話すときだけ露骨に一段声が高い、本当に軽薄な事に。


「…………」


 本当に、意味が分からない、何故あんな人に心を許すのかが。


 師匠は本質的に、私達を虐げて来た人たちとやっている事が変わらない。

 例えどんな理屈を重ねたとしても、力任せに無理やり奪って、したい様に振舞っている事実は変わらない。


 それが私達にとって都合が良いか悪いかの違いだけで、あの人が積み上げた言い訳は私が弱い自分を許す為に抱いていた願望とも変わらない。


 ヒノエの名を貰った彼女は、そんな人に靡く人間じゃないと思っていた。何よりもまず、同じ境遇で苦しんで来たのだから。


 でも彼女は、そんな根っこの部分でさえも、私とは違う答えを出す者の様だった。


「本当だ、木立ってあります」

「へー、ん? 木立……」

「? どうかしましたか?」

「……あ、あー……なんでもない、っすぅ……」

「お師匠さまは何時になったら起きますか? 私だけまだ名前を貰っていません」

「さぁ? と言うかおチビちゃんも覚醒したんすか?」

「……んふっーーー、一番槍」「気付っ 押して参りますッ」

「おー一度に二人も、ん? なぜ不穏な空気が」


 心刀を握った6780番と8024番がふとした様子で互いを見合った。


 一番幼いあの子も心刀に目覚めてしまった。

 いや分かっていた事だ、あの子は施設に居た頃から特別扱いされている様だったから。


 気付けば師匠を名乗った人の周りにみんなが集まって居た。

 施設に居た頃から変わらない様で、やっぱり少しずつ変化し始めた面々が。


 その中の多くは心刀を目覚めさせている。だからなのだろうか、私の心の在り方の方が間違っている気がしてくるのは。

 疎外感を感じてしまうのは。


「…………」

「忍……」


 姦しい喧騒の隅で、ポツリと漏れたつぶやきがあった。

 周りが煩い分返って意識を惹いて来た声の先には、心刀の拵えを剥いて茎を見下ろしている者の姿があった。


 その静かな姿が少しだけ嬉し気に見えた所為で、段々と耐えられない物が込み上げて来て、師匠の部屋を後にした。


 部屋を出ると襖の裏側で蹲っている者がいた。

 此方に気付いてビク付いた彼女の手の中にも心刀、彼女は、小さな槌の様な工具がない所為で、柄を外す事が出来ずに居る様だった。


 一瞬同類を見付けた気がしたが、そんな事はない、名前を見たがっているこの子も結局あちら側の人間で、孤立していたのはみんなの輪に入れなかっただけの様だ。


「…………」

「…………」


 何も言えず、お互いに俯いてしまって、ただただ空気の悪さを感じて、逃げる様にして彼女の前を通り過ぎて行った――



「――…………」


 従わされるのには慣れているから。

 管理者が変わっただけで、指示通りの日常を送る所は普段と変わらないから、みんなも同じなんだと思っていた。


 でも本当は、変わってないのは私だけなのかも知れない。


 どうやって建てたのか分からない、急こう配な斜面に沿って建てられた塔の様なお屋敷の様な建物、其処に私たちの新しい檻があった。


 師匠が気を失った隙に、初めて独断行動をしてみたけど、結局お屋敷の玄関を前にして落ち着くのが精一杯だった。


 この先に一歩でも踏み出してしまえば、何か良くない事が起きる気がして、どうしても足が動いてくれない。


 狡いことだと思う。

 施設からは出なかったのだから、きっと怒られない、この程度なら見つかっても許される筈、そんなことばかり考えている私は、本当に死ぬことが怖いだけの弱虫の様だ。


 きっと死なない為ならなんだってするのだろう。私が忌み嫌っている行為だって、反射的とか咄嗟だったとか、そんな言い訳を見付けて。


「………………」

「……ん」


 誰かの声が聞こえて盛大に跳ねてしまった。

 釣られて面を上げてみれば、施設の前を通り過ぎようとしていた”あの子”がいた。


 肩に担いだ得物が大き過ぎる余りに、私たちの刃とは別物の武器に見えて、或いは人種も違うんじゃないのかと思う事すらあるその子は、私から最も遠い位置に立つ者だった。


「…………」

「…………」


 じっと此方を見て来る視線が強過ぎて、思わず視線を逃がしてしまう。


 どうしよう。本物のやんちゃ者に半端な事をしている所を見られてしまった、調子に乗っている認定を受けて虐められてしまうかも知れない……


 目を反らして尚じっと見て来る視線は品定めをしている様だ。思わず固唾を飲んでしまったのも仕方がない事だと思いたい。


 そうして長々と追及の視線を受けた末に、あの子は前へ向き直ると、視界の隅を通り過ぎて何処かに消えてしまった。


 思わず一息出てしまったのは流石に仕方がない話しだった。

 前へ向き直って外の景色を眺める。


「…………」


 あの子、よく考えなくても普通に外を出歩いていたけど、どうしてあんなに自由に振舞う事が出来るのだろう?

 やっぱり頭のネジが外れているのだろうか。


「心刀出た?」

「!?」


 突然背後から、それも間近で聞こえた声に驚いて、勝手に跳ねた体が玄関先の段から前のめりに落ちた。


 と思ったが、襟首を掴まれて元の位置へと引き戻された。

 そうして隣に座って来るあの子、一体何処から館に……と言うか、見た目に寄らず力が強い……


「…………」

「…………」


 何とも言えない居心地の悪さに焼かれていると、もう一度”心刀は?”と言って此方を見て来る野太刀……さん。


 思わず視線を反らして逃げる様に体を傾けてしまったのも仕方がない事だった。


「……し、心刀は、まだで……」

「……ふーん」


 立ち上がったあの子が玄関から出て、そのまま何処かへ行ってしまった。


「…………」


 それだけなのか。

 なんだろうか、何故かは知らないが、見放された様な気分を味わった。


 心刀しか望まれずに育って、仲間からも、心刀しか見られなくて……私たちの価値は心刀しかないのだろうか。


「……何が心の刃だ」


 こんな物がカッコいい訳が無い、ただの呪いだ。

 立ち向かう為の刃じゃない、刃があるから争いに求められる。立ち向かわざる終えなくなる。


 お前らは争う為に生まれて来たんだと、そう言われているみたいだ。私の意思なんてお構いなしで。


 立ち上がって玄関の外を見通す。

 嫌いな人がやって来て、嫌いな人たちに連れ回される世界を。


「…………冗談じゃないっ」


 両手を握って、冗談じゃないと繰り返して、言葉の勢いを借りて館を後にして行った。


 私はもっと、誰も傷つけず、私も傷つかない場所で生きたいのだ。


 こんなに情けない想いをする為に、生まれて来た訳じゃないんだ。

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