24 重い罪
そうして二人を小脇に抱え、残りの二名が待つ崖の上まで戻って来た。
「よしッ 全員揃ったな!? 心刀だ!! 心刀のお披露目会だ!!!」
「「んおっーーーーーーー!!」」
掛け声がシンクロした小脇の怪獣共が、ふとした様子で互いを見合い、競い合う様にして再び鳴いた。
「落ち着け童共ッ 妙な所で競い合うんじゃあないよッ 競うなら心刀の鋭さ美しさで競いなさいよ!!」
「勝ったら私が一番槍ですっ」
「一番最初の最初に飛んだのは私だからダメッ 結局飛んでも安全なのが分かった後で飛んだからダメーっ はいお終い!!」
「お師匠さまーっ 卑怯者が一番槍になろうとしてますぅッ 勝負をする勇気もない卑怯者が一番槍を名乗ろうとしています!!!」
「!? ひ、卑怯者じゃないっ これは一番槍の正当な特権ッ 師匠が良いって言った栄誉ッ」
「んー……どうしようこの状況……」
元気っ子を感化する過程で感化されていたらしいモソモソんが、バリバリに対抗心を燃やしていた。
どうやら名乗り等の下りが、甘食モソモソの癖に刺さってしまったらしい。
そう言った少年心が分かる点が知れたのは純粋に嬉しいが、知れたタイミングがタイミング過ぎてややこしい事になっていた。
どうすれば二人が納得出来る着地点に収まる事が出来るだろうか……
「うーん……」
どうした物、か……
「うーーーーむっ」
空を仰いで深く深く考える。
「取り敢えずっ 心刀のお披露目かぁ?」
いかんダメだ、頭の中に刃の輝きしかない。
一旦心刀を確かめないと他の事が何も考えられそうになかった。
「勝負っ」
「バリアッ」
「バリア無効勝負ッ」
「もっーーーッ 懐かしい用語も飛び交うしよぉおおおおおッ 仲良くしろよぉッ 木の実あげないぞぉ?」
「すん……」
最初にすんと静かになったモソモソを肩へ掛け、取り出した木の実を与える。
後に元気っ子にも木の実を与えた。
両者もそもそ静かになったちっこい怪獣共を、大人しい組二人の前へ降ろす。
こっちもこっちで腰を下ろした。
「よしっ じゃあ早速心刀かな???」
大人しいちゃん二人にも一応木の実を与えて置いた。
彼奴らも彼奴らで案外素直にもそもそしている。ので僕もモソっておいた。
「んぐんぐんむ、香ばしくて素朴な味だ、飽きが来難い奴だなこれ」
でももう少し塩を振っておいた方が良かったかもしれない。
「二人とも、心刀の出し方は分かるか」
「…………」「…………」
思わずと言った様子で、僕を挟んで互いを見合う元気っ子と甘食モソモソ。
「出でよっ」「心刀っ」「てぇええあッ」「たやっーーーッ」
かと思えば各々掌を伸ばして決めポーズを取り始めた。
「……どうしよう、師匠ちょっと不安になって来たかも」
まさかあれだけ頑張って覚醒し損ねたなんてことはないよな
「出たっーーーーーーーー!!!」
「なにぃいいいいいいいい!!?」
きゃっきゃと喜び諸手を上げているモソモソんの手の中には、純白の拵えをした心刀が確かに握られていた。
「うぅわめっっちゃ白い……綺麗さだけで言えば今までで一番かも知れぬ」
息を飲む気配がして反対隣りを見てみれば、唇を噛んだ元気っ子が焦った様子で心刀を召喚しようとしていた。
一拍遅れで無事心刀を呼び出した元気っ子が、嬉し気な様子で目を見開いた。そうして此方を見上げて来る。
取り敢えずは頭を撫でて置く。
「頑張り申したな」
「出ましたッ」
「うんうん見えてる見えてるー、お? 柄巻が革だな、野太刀と一緒だ。おぉ? 目貫の位置が逆だ……」
「最初に出ましたッ」
「むっ 最初に見て下さいッ」
「! こっちが最初ですッ」
最初最初と騒いで二振りの刀が差しだされて、いや、押し付けられてくる。
「切りがないなぁ、お前らはなー……」
取り敢えずは木の実を与えて大人しくさせた。
すると本当に静かになってモソモソし始める二人の心刃、焼き木の実が優秀過ぎる。今後もおやつが手放せそうにないなこれは。
懐から取り出した朱色の綺麗な生地を二枚に畳み直して、前へ広げる。
「くふふ、こんな事も有ろうかとその辺で見つけて来たのだよー」
そうして二人の心刀を預けて貰い、これらを敷物の上へ並べた。
大自然の只中で広げられた真っ赤な生地、その上に並べられた二振りの刀、もうそれだけで映える。やはり日本刀のカッコよさは格別だった。
「色も白と黒で並んだ時の見栄えが良いなぁ……」
モソモソの心刀は、”これぞ日本刀”と言った典型的な打刀の拵えに打刀のサイズ感をしていた。
しかしその美しさは、名のある職人たちの手によって洗練し尽くされた様な、例外的な見応えをしている。
元気っ子の心刀も打刀に見える。
その拵えは一般的な打刀拵えとは違って、目貫の位置が表裏逆になっていた。
頭を下げて元気っ子の心刀を手に取る。
「ん? 印象より重い……」
「あっ」
「ぐふふん……」
「……妙な争いを起こすんじゃーないよ」
特徴はそれだけではない、柄の両端である頭と縁が太く、胴は絞られくびれの様な物が出来ている。
そして透かしの入った丸い鍔、ここまで特徴が揃えば流石に僕でも拵えの名前に心当たりを覚えた。
「これは柳生拵えかも知れない」
「それはなんですか?」
「すごく有名な打刀拵えの一つ」
元気っ子の心刀を裏表ひっくり返して、モソモソの心刀と並べる。
そして柄に巻かれた紐……元気っ子の場合は革の下に挟まれた金物を指差す。
「こいつを見てくれ、目貫の位置が裏側に来てるだろう?」
「どうやって裏表が分かるんですか?」
「
「へーっ こっちが後頭部なのかぁ」
「そうそう、だから飾る時も顔が正面に来る様にしないといけないルールがあったりするんですなぁ。で、打刀は刃を上にして腰へ差すから、飾る時も切先が僕達から見て右側を向いて、柄が左を向く形で統一されるんですなぁ」
「どうして刃が上なんですか?」
「そうしておけば抜いた時にすぐ斬り掛かれるから、あと抜きやすいしね。いや後者は訓練の結果抜き易く感じてるだけかも知れない。因みに太刀は佩表って言って、刃を下にして腰に吊るして運ぶから、打刀とは顔の位置が裏表反対になって、寝かせて飾る時も刃が下向きになるんだぞぉ?」
「「へーーーっ」」
元気っ子の心刀をもう一度手に取って、改めて拵えを鑑賞して行く。
革巻柄は黒、鮫肌は染められておらず、黒い革との対比で一見白く見える。
艶がある鞘と下緒も黒い。
そして鍔や縁頭、鐺等の金物は銀色だ。それらは空焼きした様な渋い色つやをしていて全体的に黒い拵えの印象を品よく引き締めている。
質実剛健とした機能美の中にある飾らない美しさ、男前としか言い様がなかった。
「…………」
「……師匠?」
「大丈夫だ、僕は人の者は盗まない」
「!?」
ちょっと不安そうに伸びて来た手をぺしぺし払って、鯉口を切り、刃を上にし鞘から刀身をゆっくり引き抜いて行く。すると鑑賞会の輪を囲んでいた恐れちゃんが少し居心地が悪そうに後退した。
「ん?」
……そう言えば、鈴鳴りは仕方ないとして、心刀を見る時いっつも遠くに居る気がするな、あの子。
まぁいい、今は心刀を見るか。鞘を敷物の上へ置いて、両手で握った心刀とご対面する。
「刀身の幅が少し広いな、重ねも厚い……道理で重い筈だ」
対面した元気っ子の心刀は、身幅が全体的に広くて、鬼とか斬れそうな姿をした、中々に豪気な刃だった。
「はぁ……これは……」
「…………ど、どうなんですか? 褒められるんですか???」
「柳生拵えはな、この拵えを考案した人の体型に合わせて短く作られていたらしいんだ。その人は剣術流派の開祖でもあって、その流派には短くて軽い刀が適していたらしい。拵えが持つイメージだけで判断するなら、お前の心刀は短い物でも可笑しくなかった。でもお前の心刀はモソモソの心刀と比べてもサイズ感に違いがなかっただろう?」
「……はい」
「それだけ中に納まってる物がでっけーんだ。師匠はそれがお前の個性何だと思う。やっぱりお前は勇気がある奴だよ」
「…………」
ちょっと嬉しそうに揺れている元気っ子とは対照的に、一番槍を賭けて対抗心を燃やしているモソモソは元気っ子と僕の様子を交互に見てちょっと泣きそうになっていた。
俯いた子に沢山の木の実を与えて、よいしょよいしょと撫でて置く。
「樋入りの鎬造り、先反りで中切先、例の如く乱刃が分からないなぁ……」
程よく重いし、僕なら絶対に使い易そうな心刀だった。
「確か鎺からも色々読み取れるんだっけ……もっと知識があればなぁ……どの時代に作られた物の模倣とか、何処の作の模倣か、色々分かるかも知れないんだけど……どっかに指南書落ちてねーかなぁ」
ぶっ壊した施設の跡地を漁ったら何か出て来るだろうか? いや流石に跡地を漁りに行くのは危険過ぎるか。成る丈人目に付きたくない状況だし。
茎も見てみる事にする。
そうして異常事態に気が付いた。
柄から抜いた茎に、”気付”と銘が打たれていたのだ。
「…………」
差表に銘が打たれている、この心刀は間違いなく打刀だ。
「……えぇ゙!! あッ そう言う……え゙ぇ゙!!?」
「? ま、まさか何か問題が……」
「おい気付」
「あ、はいっ」
「認識してるしよぉおおおおおおお!!!」
そりゃそうか。
お前なら出来るだろう? の意気込みと心意気と確定的に明らかなる未来を”俺は信じてるぜ☆”的な信頼を証明する為ッ 一足早めに呼び掛けた仮の名。
そいつが茎へバッチリ刻み付けられていた。
つまり心刃は、そう言う種族の様だった。
「こ、これ……仮の名前なのに、どう考えてももう変えられないやつ……」
「……あっ 私の名前が書いてあります」
茎を覗き込んだ亜麻色の髪に真っ赤な瞳をした心刃、元気っ子改め気付がテンション高めに指摘する。
するとぞろぞろ覗き込んで来る興味津々の刃が二人、みんなに見え易い様に心刀を傾けると、確認出来た者から驚いて行った。
こんな大切な設定を全員知らないとかある?
「まっずいぃ……」
野太刀の借り名とか野太刀だし、小太刀の借り名とか小太刀だよ。
マジでどうしよう……
”お師匠っ”と、木の実ぱわーで復活したらしいモソモソが元気に挙手して来た。
「あぁ、はいぃ……」
「私も名前が欲しいですっ」
「…………」
まさか心刀に名が刻まれてしまうとは知らず、そうと知ってしまえば事が重大過ぎて、気が重すぎて、阿呆の様に空を見上げた体勢で全機能が停止してしまう。
想像してみれば思い浮かぶ。
あのクッソ豪気な野太刀の拵えを剥いてみたら、茎に”野太刀”って掘ってある光景が。
何の冗談だよ。
修学旅行で神社仏閣の柱に記念の落書きする少年みたいなセンスだ。修学旅行の土産で買った木刀みたいなチープさだ。
”野太刀”の一文が入るだけでこれ以上が無いほどにパチもん感が出てしまう。ぶち壊しも良い所だった。
「……づぢに、がえりだい……」
「し、師匠!?」
「声がガラッガラですッ」
「づみをおかしてしまいました……」
視界がぐんにゃぁ……曲がって突発的に覚えた眩暈。
しかし今は心刀を握っていた事を思い出して、朦朧とする意識の中最後の力を振り絞って、心刀だけは敷物の上へ安置する。
それを最後に事切れた体が砂の様に崩れ落ちた。
「し、師匠ぉおおおおッ」「んわっーーーーーーーーーー!!!」
「へんななまえをつけて、もうしわけございまぜん……」
「気付は結構気に入っています!!」
「…………」
気付って名前も良く考えてみたらあんまりだよな、とか思ったのを最後に、意識がすぅ……と遠退いて行った。
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