23 勇気

 朝の掃除と食事も済んでやって来た修行の時間。


 北東の山を登った先にある、大きな滝の傍にある崖まで来ていた我ら覚醒し隊の面々は、心刀を目覚めさせる覚悟を新たに、滝つぼ飛び込み試練へ挑もうとしていた


「今日こそは覚醒するぞーーーッ」

「んおっーーーーーー!」


 元気いっぱいに応えてくれたモソモソ以外の声が上がらず、どうした物かと思い、振り返る。


 すると、決め顔をして拳を掲げていたモソモソん以外、頭上に雲でも掛かって居そうな面をした面々が佇んでいた。


 道中はちょっとしたピクニック気分で割と元気だった元気っ子は、心底引いた様な顔をして”ドドドドドッ”落ちている滝を眺めて居るし、此方の視線に気づくと慌てて手を上げ”おー……”とか言ってるし。


 普通のビンタもビンタで青い顔をして全機能を停止していた。

 恐れちゃんに至っては腰が抜けており、震えながら這う這うの体で何処かへ逃れようとしている。良く耳を澄ましてみれば滝の音に紛れてひぇひぇ鳴いているか細い声も確認出来た。


 そうしてモソモソんもよく見てみれば、拳を掲げた決め顔で此方を見上げて来てはいたが、反対の手でこれでもかと言う程に裾を強く掴んで来ており、自分だけは飛ぶ気がない魂胆が何故か伝わってくる。


「……モソモソ、お前も飛ぶんだからな?」


 何も答えず決め顔をしたまま首だけ振っているモソモソ、試しに腋を抱え上げて滝の方へ小走りに寄って行くと、甘食モソモソはんあんあ鳴きながら足掻き始めた。


 直ぐに戻って元の位置へ甘食モソモソを降ろす。

 絶望の眼差しで見上げて来る子が可哀そうだったので、近頃懐へ常備している焼き木の実を与えた。これを素直にもそもそし始めたモソモソんの頭を撫でる。


 全員へ向き直った。

 とは言っても今日の目当ては一人、元気っ子だけだった。


 ここ一週間と数日ほど、全体的な効果を期待して試練方法を変えても、望んだ結果が得られないのはもう分かった。

 それなら一人一人にスポットを当てて、そいつが覚醒出来そうなやり方を考えた方が良い気がする。


 その為にまずは元気っ子を覚醒させる。

 野太刀が言う様に、元気っ子には、団体の中でしか大きな声を出せなかったり、一人では自発的な行動が出来ない人間の特徴が見え隠れしている様に思う。


 だから居残り組にさせる訳にはいかない。

 根っこの弱さで言えば恐れちゃんとタメを張れそうな元気っ子は、ダメな子グループに残って自尊心を失った瞬間から、何も出来ない子に代わってしまう気がする。


 それに野太刀から発破を掛ける方法も聞いた。

 ギャラリーも程よい人数が残って居て、お調子者が気張り易い環境も整っている。


 となればもう、彼女を優先しない理由がないほどだった。


「何を隠そうこの滝つぼは凄く深いのですよー、だから安心して飛べるんですなー」

「……へ、へー……深いん、だぁ……」

「………………」

「んぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐんぐ」


 未だに意識が戻ってないビンタ以外、めちゃくちゃご遠慮したそうな反応を見せている面々。

 そんな中、少しずつ少しずつ這い逃れて、いよいよ藪の中へ消え行こうとしていた野郎へ目を向ける。


「……そろそろ戻ってこないと回収しに行くぞ」

「!?」


 肩を大きく震わせた恐れちゃんが、恐る恐る振り返って、目が合うと泣いてしまいそうな悲壮感を漂わせながらのそのそと這い戻って来た。


 人間なのだからせめて二足で歩きな?

 元気っ子へ目を向ける。


「どうだ? 一番槍を務めてみるか?」

「え゙ッ え、えー……えぇ…………」


 視線を逃がして手と手を合わせて、そわそわソワソワと忙しなく焦っている元気っ子。

 そんな子の前へ行ってしゃがみ込み、肩を掴んだ。


「大丈夫だ!? お前なら行ける!!!」

「え、ええええええええ!!!!ッ」

「飛んでみれば分かるッ 案外大したことがないんだぞぉ!? お前なら行ける筈!! いいや絶対にいけるね!!!」

「……ほ、本当ですか?」

「本当に本当ッ なぁお前たち!!」


 と、他の面々に意見を求めてみるが、連中の反応は芳しくなかった。


 元気っ子へ向き直りサムズアップして見せる。


「な!!」

「誰も信じてない!?」

「師匠は信じているぞ!」

「ぅ……うそ、です……」


 元気っ子が俯いてしまう。


「怖いとどうしても踏み出せなくて、ずっと、そんなのだから……師匠もダメな奴って気付いてます」


 此方の様子を時折チラチラと伺いながら訴えて来る元気っ子の姿は小癪過ぎた。

 そんな精神を抱えた元気っ子は印象通りの三下で、彼女自身そんな弱さに嫌気が差しているのだろう。


 でも出来ない物は出来ないから、其処は偽れない。

 偽り虚勢を張ってしまったら、もっと情けない想いをしてしまうから、その経験を近頃多く積み重ねて自覚させられたから。


 だからもう諦めて認めてしまった方が楽だ、そんな魂胆が透けて見える様な態度だった。


「……いいや、お前なら出来る」


 小難しい顔をして更に俯いてしまった元気っ子は、少し不機嫌そうにも見えた。


「師匠は踏み出せる人だから、多分頭が壊れて恐怖とか感じない人たちの仲間だから、分からないん、です」

「おい?」

「足元がふわふわして、立っていられなくなって、背中を蹴られたみたいに飛び出すこともあるし、何も分からなくなったり……そう言うの、全部分からないんです」

「確かにお前たちと比べれば感受性が鈍いのかも知れない。でも師匠にだって怖いことはあるぞ」

「……なんですか?」

「お前たちを失う事だ」

「…………」

「言葉が軽く聞こえるだろう? 沢山斬った中から悪戯に拾い上げた奴が何を言っているんだとか思うだろう。でもな、これだけは嘘じゃない」


 胡坐を掻いて一旦落ち着いた。


「少しだけ師匠の昔話をしよう。聞いてくれるか?」


 正面に立っていた元気っ子は他の面々の様子を伺ると、その場で正座した。

 何時の間にやら意識が戻っていたビンタもその場へ座り、這い追い付いた恐れがビンタの隣りで這う。


 そして膝の上へ座って来たモソモソは隣へ降ろした。


「……師匠はな、少しだけ頭の可笑しいガキだったんだ」

「知ってました」

「……予定調和、です」


 ”ふんふん”言いながら頷いている恐れちゃん、勝手に懐を探って木の実を盗もうとしていてモソモソは窘めた。


「お前たち……兎に角、強くなることを追い求める奴だった。それも只強くなりたかった訳じゃない、剣士として世界最強になりたかったんだ。どんな敵にも、魔導士にも、負けない位の強者に」

「……なんで強くなりたかったんですか?」

「理屈なんてない、ただカッコ良く感じたから成りたかった。この世界ではそれが叶いそうだったから、だから全力で追った」

「……強く成ったら、恐怖は無くなりますか」

「分からない。怖い物は少なくなると思う、でもそれは恐怖を克服した事にはならないから、大きな物へ立ち向かう勇気の出し方は、お前自身が見つけるしかない。頭の可笑しい師匠じゃ適当な助言が出来ないからなッ」

「ご、ごめんなさいですっ」


 恐れる元気ちゃんの頭を撫でる。


「四六時中戦う方法を考えて、修行して、そうしたカッコ良さに目が無かった師匠は、ある時期聞いた訳だ。この世界には心を刃にして戦う連中がいるらしい……とか」

「…………」

「お前たちの事だよ。一発で憧れた、カッコいいと思った。でも話しに聞けばくそったれな境遇に立たされているじゃありませんか、噂のお前たちは何時絶滅しても可笑しくなさそうだった。だから故郷を飛び出した。失いたくないと思って」


 普通のビンタが遠慮がましい声と所作で”何時の事ですか”と尋ねて来る。


「……どうだろう? 120年くらい前かも知れない」

「120年……私達を、探して……」

「色々な物を見る内に、確かに師匠は人でなしになってしまったのかも知れない。でもこの根っこだけは変わらない、師匠はずっと、お前たちに憧れている訳だ」

「…………」

「お前の中にもある筈だ、立ち向かう為の刃が。カッコいい所を見せてくれよ、僕は何時だって、お前たちがカッコいい事だけは疑ってないんだ」


 それでも一歩が踏み出せない様子で俯いてしまった元気っ子の手を取る。


「お前なら出来る」

「……でも」

「お前に必要なのは自分の意思で飛び出した経験だと思う。一度踏み出せたら、お前は何度だって踏み出せる奴になる」

「……」

「先陣を切って人殺しに質問をぶつけて来たのはお前だろう。お前があの時質問出来る空気を作ったんだ。それは周りに仲間がいたから出来た事なのかも知れない、でも出来た事実も変わらない、お前は物事の捉え方一つで、先陣を切って飛び出せる奴なんだ」


 漸く面を上げた野郎の目を真っ直ぐ見下ろした。


「なんて事はない、お前なら出来る。あの野太刀よりも先に行動を起こしたお前の中には、でっかいでっかい勇気が既にある。後は気付くだけだと思わないか? 初めの一歩がどうしても難しい様なら師匠も一緒に飛ぶ、だから、出来るな?」

「…………で……でっ」


 元気っ子が此方と滝の様子を交互に確かめ、激しい葛藤を垣間見せる。


「出来、るっ」


 飛び出す決意を固めた元気っ子は、歯を食いしばっており既に泣きそうになっていた。

 今にも挫けてしまいそうに見えるけど、一旦撫でて褒めて置く。


「強い子だ」


 立ち上がると同じく立ち上がった元気っ子を連れて、崖の際から滝つぼの様子を伺う。


「…………」


 今から子供が飛び込む事を考えて改めて見ると、馬鹿高いな、この滝。

 ちょっと心配になってきたかも知れない……


 元気っ子の様子も伺ってみると、膝が面白い程がくがくしていた。


「……気付きづき、先陣を切る時の名乗り方を教えてやろう」

「? ……名乗、り」

「そうだ」


 元気っ子に向き直り、片膝を着いて目線の高さを近づける。


「先陣を切る者は一番失敗し易い、戦場では一番死に易く、どんな物事でも一番躓き易い。後発の者はその失敗を見て危険を回避する、先頭を走るのは誰だって怖いんだ。だから先陣を切るのは誰よりも勇気がある者にしか出来ない、名乗りは、その栄誉が自らにあることを周囲へ強く示す事が出来る。勇者だけの特権なんだ」

「特権……」

「名乗りを上げてみるか?」


 元気っ子は深く頷いた。

 そんな素直ちゃんに、簡単な名乗りの文句を一言一言しっかり教えて行く。


「一番槍、気付、押して参る」

「一番槍、気付……」

「出来るか?」


 頷いた元気っ子と共に一旦引き返した。

 滝へ向き直る。


 下駄を蹴散らし、足を開いて前のめりに腰を落として、何時でも走れる様に構える


「何時でも良いぞ、お前のタイミングで行け」

「…………」


 元気っ子も背中を合わせる様に走る体勢を取った。

 精神を落ち着ける為だろう深呼吸は、浅い上にタイミングが不揃いで、元気っ子の心が千々に乱れて居る事を物語っている様に見える。


 それでも真っ直ぐ滝を見据えている眼差しは、何時飛び出しても可笑しく無さそうに見えた。


「い、いっ……ふ、ふぅ…………」

「…………」

「い、一番槍、気付っ 押して参りますッ」


 勢い任せに飛び出した元気っ子を追って走り出す。

 四肢を出鱈目に駆け回して走る姿は、挑戦への恐怖と、乗り越えようとする勇気がせめぎ合っている様に見えて、若さの様な物が感じられた。


 普段であれば簡単に出来る動作でさえ、何処か不自然な動きになっている後ろ姿は、僕が知っている元気っ子の全力には程遠いパフォーマンスだったが、それでも紛れもない彼女の全力だった。


 その背中に引っ張られる形で崖から飛び出す。

 戸惑う事も立ち止る事も無く、やっぱり元気っ子は、一度走り出せば出来る奴の様だった。


 この世の終わり程叫んでいる背中を見下ろしながら、思わず高笑いを上げてしまう。


 しかしそれは仕方のない事だった。空に投げ出されても尚出鱈目に四肢をわちゃ付かせている姿が、余りにも面白かった為に。


 数えて丁度6秒の大冒険をして、全ての音が水底へと飲まれた。

 わちゃ付いている子を回収して輝く水面へと昇って行く。


「ぷあッ んぐあっーーーーー死ぬうううッ 死にましたぁあああああっ んああぁあああぁああああっ」

「生きてる生きてる泣くな泣くな、折角カッコいい所を見せたのに、みんなに恰好が付かないぞ?」


 ぼろっぼろ泣いている目元を拭ってやりながら、頑張った元気っ子を褒め称える。


「お前はカッコいい奴だ」

「んぐあっーーーーーーーもっと褒めてぇ!!!」

「の前に一旦岸に上がるか」

「んわぐわっーーーーーーー褒められないぃいいいいい!!!!!!」


 泣き虫を頭に乗っけて、平泳ぎで岸を目指して行く。

 すると頭上から急速的に近づいて来る魔力もあった。


「ぁぁぁぁああああああっーーーーーーーーーーッもがもゴゴブクムグ!?!?」


 突然背後から盛大な水飛沫の音が立つ、振り返ってみるとその先に見える波紋が広がる中心地点、その点をじっと見ていると、小さな背中が水面へぷかぷか浮いて来た。


 取り敢えずは回収する。

 すると突然元気になった甘食モソモソが決め顔を作った。しかし悲しいかな無理をしている様にしか見えない。


「わ、私の方が勇気がありますッ」

「…………」

「……すん」


 モソモソが元気っ子を指差す。


「最初に走って逃げましたッ 一番槍の勇者になるのは私ですッ」

「!?」


 元気っ子が絶句した。衝撃を受けているのは分かるが師匠の髪を鷲掴みにせんでくれんか? 将来が心配になります。


 元気っ子がモソモソんを指差し返す。


「一番槍は一番に飛んだ者しかなれないからダメッ そっちは二番槍ッ」

「一人で飛んでないですっ」

「!!?」

「一人で最初に飛んだからやっぱり一番槍は私ですっ そっちが二番槍ですッ」

「!!!? お、お師匠ぉおおおおっ」


 今にも泣きそうな声で、いや、多分既に泣いてしまいながら訴えかけて来る元気っ子。


「う、うーん……」

「!? ししょぉおおおおおおおおおおおおおッ」


 何で決断を渋ってんだ。とでも言いたげに頭を前後へ揺さぶって来る元気っ子。

 だから髪はやめなさいよ。髪は長い友達らしいが案外容易く裏切って来るんだぞ?


「取り敢えず……一旦岸に上がるか?」


 モソモソも頭の上へ重ねつつ、岸までスイスイ泳いで行った。

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