22 魔力性質
まだ日も昇り切っていければ、朝霧も晴れていない早朝。
大部屋の私室で、今後の修行方針に付いて考え直していると、部屋に入って来た切り背後に佇んでいた野太刀が蹴って来た。
「師匠なのか」
「師匠なのだ。どうした」
「私の魔力はどんな特徴をしてやがる」
「…………」
気の所為かも知れないけど、口調が段々と賢者に似て来た感がある野太刀。
タイプが似ている事も合ってか、野太刀は賢者のふざけ切った自由さに惹かれる所があるのかも知れない。
「師匠は同じ事を二度も説明する手間は避けたいのです。また今度、みんなが揃った時にな」
「…………」
野太刀が背中を繰り返し足蹴にしてくる。どうやら不服があるらしい。
意外な反応だ。
野太刀は何かに囚われてカリカリするタイプじゃない様に見えていたが。
「これは食事のやつ」
「どうした? そんなに知りたいのか?」
「……だって、魔力分からない……」
振り返ってみると、此方をじっと見ていた、何を考えているか分からないぼんやり
仕方がない反応かも知れない。
魔力の総量を増やす為、その為にも魔力感知の勘所を掴む為に、精神統一の修行を始めてそろそろ二週間が経とうとしていた。
その間色々な修行方法を試してみたが、魔力を感知出来る様になった者は未だに現れていない。
ヒノエの言によれば、野太刀は家畜として囚われていた時から誰の指図も受けなかった自由の者だった様だ。
その囚われない振る舞いの根っこには、色々な事を直ぐに出来てしまう天才肌からくる自信が潜んでいるのだろう。
実際、野太刀の見た目年齢はモソモソと同程度に見えるのに……つまりは連れて来た心刃達の中でも特別に幼いのに。仙境へ着いた頃から心刀を覚醒させていたし、その心刀もあの素質ぶりだ。
本人に自覚があるのかないのかは分からないけど、もしかすると野太刀は今、自尊心が傷つけられているのかも知れない。
生まれてこの方初めてぶつかった。そつなくこなせない物事に動揺して。
「……ちょっと此処へ座りなさいよっ」
そう言って隣の畳をバンバン叩けば、其処へ大人しく収まる野太刀。今なら行ける気がして頭へ乗せた掌は、やっぱり秒で投げ捨てられてしまった。
「お前の魔力性質は風雲。大気に漂う無性質の魔力に最も近い性質を持つ、流れ行く気候を司る魔力なんですなぁ」
「大気の魔力には属性がないのか」
「その通り。 この世に存在する全ての物質は魔力を蓄えている。その魔力は大気中に漂っている魔力を取り込んだ物なんだ。で、大気の魔力が物質に取り込まれる際、魔力は物質に合わせて形を変化させる特性を持っている。だから其々に違った性質が現れる訳ですな」
「……同じ人間なのに、個人で性質の違いが出るのはなんで」
「良く分からん。頭の出来が宜しい連中が色々考えて、一旦これが正解で良くね? て言われている説によれば。同じ種でも動物の魔力性質に違いが生まれるのは、生まれ育った環境で最も多く触れた魔力の性質に体が順応した結果らしい」
「……ふーん」
「囚われていた癖に、ちっせー頃から雨風の当たる場所で好き勝手にうろ付いて来たんだろう? お前らしい性質に傾倒した器じゃないか」
今度こそ行ける気がして頭を撫でてみると、本当に行けたので動揺してしまって、思わず掌を下げてしまう。
「他にはどんな属性があるんだ」
「性質な。それを説明する前に三つある大きなグループ分けを知る必要がある」
「……魔力性質はとても多い?」
「実はそうなのですよ。外の力と元素の力、そして星の力。この三つのグループの何れかに魔力性質は属している」
風雲はどれだと訪ねて来る野太刀。
「風雲は元素の力。元素の力に属する魔力は四大性質と呼ばれていて、運動を司る魔力性質が纏まっている、一番傾倒し易いグループって言われてるな」
「他にはどんな元素ぱわーがある?」
「火炎、雷電、氷雪、風雲。合わせて四つ」
「一番珍しいグループはどいつだ」
「基本的には外の力、でも例外的に星の力が例に上がる場合もある」
「なんで?」
「星の力に属する魔力性質は、珍しい物からよく見る物まで、希少性の振れ幅が大きいんだ。歴史を尋ねてみると、一例しか記録が残っていない魔力性質が星の力に属して居たりもする。と言うか、未知の魔力性質は取り敢えずで星の力へ加えられがちなんだ。そう言った関係でややこしくなっている」
「星カテゴリーだけ訳分からん数の魔力性質が含まれてる」
「そうそう、その認識で大体合ってる」
今度は怯まず頭を撫で続けようとしてみれば、無事になでなでキャンセルを発動される。
難しいのだ……
「師匠の属性は?」
「僕は深淵、深淵は神聖と並んで外の力に属する性質」
「風雲は何が出来るやつ」
「うーん……師匠は魔導士じゃないし、性質も違うから深い所までは知らないけど、過去殺した事がある風雲性質持ちの魔導士の中では、やたらと早く動いていた奴が多かったな。風雲は性質の長所に雷電と被る所があるけど、雷電が直線的な加速を得意としているのに対して、風雲性質の魔導士は風で飛ぶ葉の様に掴み所がない速さを得ていた……気がする」
「煩わしい小バエ」
「言い方……でも認識としては正しいかも知らん。因みに風雲の魔導は速くなれるだけじゃなくて、極めて来ると暴風を起こせたり、雷や雹を落としたり、雨や雪を降らす事だって出来るみたいだぞ?」
「我こそは空の王、崇め奉るのだ」
お調子に乗った子の額をデコピンで打ち抜くと、倒れた野太刀が頭を抱えて転げ回った。
まだ少し強かったか……力加減が難し過ぎる。
反省して次に生かそう。
説明も終わった所で、改めて今後の方針を考えて行く。
ここ一週間ほど、精神統一をしていた先行組も進展がなかったが、心刀を覚醒させる為に奮闘している元気っ子、甘食モソモソ、普通のビンタと恐れちゃんにも進展がなかった。
度重なる失敗の経験で恐怖体験だけ味わい続けている四人の中には、”自分はダメな奴なんだ”とでも言いたげな、後ろ向きな反応を見せる心刃も現れ始めている。
そんな精神状態で、勇気を出さなければならない試練を通過出来るとは思えない。
こっちもこっちでやり方を変えないと、どうにもならなくなってしまう個性持ちの子が生まれてしまいそうだ。
とは言え試練の難度を下げたとして、それがぬる過ぎるハードルでは飛び越えた所で覚醒することはないだろうし、真面目にどうすれば良いんだ、この状況は。
「うーん…………」
「誰が一番心配なやつ?」
「……お行儀が良い元気っ子かな、元々自己評価が低く見える恐れちゃんは返って安定している様に感じるけど、あの子は元々元気だった分落ち込んだ時の落差が大きく見えると言うか、そのままの勢いで落ちる所まで落ちて行きそうな気配がしたりしなかったり」
「みんなが居ないと何もできないクソ雑魚だから仕方ない、自覚出来て落ち込めただけマシ」
「言い方???」
「でもおだてたら割と勢いで出来るタイプ、師匠が信じてあげないと駄目なやつ」
「……そうかな?」
振り返り、何を考えているのかミリも分からねー無表情に問い掛け、謎の睨めっこに移行すること暫く、野太刀は口を開いた。
「正直何も分からぬぇー」
「…………」
デコピンの刑に処してやった。
額を抱えて転げ回る野太刀、くそ、また力加減をミスったか。
次に生かせば良かろうなのだ。
「モソモソもモソモソでなー、問題なんだよなー? 試練に今一身が入ってないと言うか、まぁ幼いから仕方ないのかも知れないけど。ビンタもビンタで密かに溜め込んで知らぬ間に潰れそうな気配はするし、結局恐れちゃんは最後の一人になるまで残っちゃいそうだし……」
「……師匠が焦ってるから、みんな焦ってる」
「…………僕が追い詰めていると?」
立ち上がった野太刀がじーっと見て来る。
「此処に来て、まだちょっとしか経ってない」
「……そろそろ二週間になるんだぞ?」
「たったの一週間と数日」
「…………」
確かに、”たった”と前置かれると、たったの一週間ちょっとの様に感じて来た。
「師匠は冷たい目をしてるから、見捨てられない様にしてるの、結構いる……筈」
「……ほんとに???」
野太刀は頷いた。
「要らなくなったら簡単に斬るやつ、群れ雑魚は変に察しが良い所がある、多分一番焦ってる」
「…………」
確かに、初っ端で察しの良い質問をぶつけて来たあの子は、良く気付く子と言う印象もあった。
「……でもみんな怖がってないよ?」
「殺されそうな環境で飼われる事には慣れてる、そもそもそんな態度を取れる訳が無い、師匠は強くて頼りになるけど、要らないやつを全員斬って私達を拾い上げたから、下手な態度で反感を買って、冷徹な部分に触れるのが怖いのかも知れない」
野太刀は”感謝してるけど怖がってるやつも居る、多分”と語った。
「でもさ、この住処への入り方が何処かの誰かに伝わっているかも知れないから、師匠的には成る丈早く強くなって欲しいんだよ」
「分かっているから応えようと頑張ってる、でも上手く行かなくて、結果的に委縮する雰囲気を作るマイナスに働いてる」
「……おー」
言われてみるとそんな感じがしてきた。
「師匠は人として大事めな部分が無い気がする、気を付けて」
「あれ? なんだろう……野太刀には言われたくないと言うか、お前に指摘されると流石に危機感覚えるなぁ……」
「人でなしでごめんなさいして」
「……人でなしでごめんなさい」
頭を下げると髪の毛をくしゃくしゃに撫でられた。
「でも感じ方は其々、みんながみんな師匠を怖がっている訳じゃない……筈」
「そうですか」
「そして魔力の感じ方を教えろ」
「教えろください、だろう」
野太刀が”教えろください”と言って、身の程知らずなタックルを肩へ噛まして来た。
身体がドミノの様に倒れて、視界が九十度曲がってしまう。
「……師匠は修行のやり方について考え直したいんですが」
「冴えた方法はぼんやりしてる時に思い浮かぶって賢者が言ってた。焦って考えてもどうせ意味ない」
「それは天才の理屈なんだよなぁ……ちょっと待て、何時の間に会ったんだあの危険人物と、変な知識吹き込まれてないよな?」
野太刀が黙ってしまう。
「おいっ」
「黙って私に全力投資するべき、何れはその行いが大地へ安泰を齎す……筈」
「語尾に多分とか筈とか付けるのやめないか? 地味に不安が募って行くんだけど」
「どうにもならなければ賢者を紹介して上げても良い、あれは中々見所があるやつ、きっと良い助言をくれる」
「お前マジでさ、賢者から悪影響受けてませんか? あやつの用語も順調に習得してるし」
と言うか紹介して上げても良いってんだよ……野太刀は賢者の何なんだ? 友達なのか?
一息吐きつつ体を起こして、取り敢えずはみんなが起きる時間になるまで、野太刀に魔力感知のやり方を教えて行った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます