21 鈴鳴り
そうしてやって来たもう一人の救難信号の出所、コミュ障ちゃんの所へやって来た。
”賢者とかワンパン”と書かれた板を首から下げた格好はワンパク其の物だったが、地面を鬱々と見下ろしている姿は相変わらず人見知りが激しい様に見える。
「何かあったのか?」
「……かみが」
「髪が?」
首を振るコミュ障害ちゃん。
「ぉ、狼が、出て来て……」
「……そう、狼が」
「白いのが……」
自信なさげに話していたコミュ障ちゃんが、服の裾をにぎにぎしていた右手を持ち上げて、森の一角を指差した。
指し示された先には深い森林があるばかりだった、どうやら其方の方で白い狼を見たらしい。
コミュ障ちゃんに向き直る。
「立ち向かったのか?」
コミュ障ちゃんは頷いた。
「ほぉそりゃ凄い。心刀は覚醒した?」
「…………」
今の今まで背中に隠していた左手を前に出すコミュ障ちゃん、その手の中に中途半端に短い心刀が握られていた。
その心刀を見ようと思って、彼女の前まで寄って行くと何故か後退して行くコミュ障ちゃん。
まぁまぁ落ち着きなさいよと掌で示しつつ、心刀を見せて貰っていいか尋ねた。
コミュ障ちゃんはかなり間を挟んだ後に頷いた。
コミュ障ちゃんの前で膝を着き、心刀を渡して貰う。すると柄を握った手の内に握り込まれていた装飾が零れ、涼し気な鈴の音が鳴った。
頭を下げて御刀を抜刀し、鞘をコミュ障ちゃんへ渡す。
両手で握り直した刀と向き合った。
「ふむ……これは太刀、いや、脇差か?」
刀身のサイズ的には中脇差、それも小脇差寄りの中脇差だった。
長さはシノブの忍者刀より少し短い位かも知れない。
鎬造りで切先の長さは中ほどに見える、刃文は少し映りが悪いが、一目で違いが分かる位に密に乱れていて、模様自体は華やかに見えた。
身幅は元が大きく広く、先が細いのがはっきりと見て取れ、反りの中心が先に寄っている刀身は、身幅に太刀の特徴が出ていたが、先反りの太刀は極少なく、反りの輪郭だけなら打刀をそのまま小さくした様にも見えた。
「ん?」
刀身に細かく擦った様な跡がある事に気付く、もしかしてこれが肌が立つって奴だろうか?
光に透かした刀身を目を凝らして見てみる。
……肌が立っているわけではない気がする。
昔の記憶過ぎて比較の当てにならないかもしれないが、いわゆる肌が立つと言われる様な、地鉄の結晶構造が出た刀身は、もっと模様の様な質感をしていた筈。
これは只の擦り傷にしか見えなかった。
「…………」
とすればヒケ傷か。
戦う為の刃だ、細かい傷何て一々気にしても仕方ないのかも知れないけど、今まで見て来た心刀には欠けも傷も見当たらなかった為に、どうしても気になってしまう。
確か心刀は折れても欠けてもケアで直るんだっけか? コミュ障ちゃんには頃合いを見て僕を蹴り転がして貰うか。
柄の頭には赤い房飾りが垂れた鈴が付いていた。
こんなアクセサリーが付いた打刀拵えなんて聞いた事が無い、とすれば此処はコミュ障ちゃんの個性が現れている部分なのかも知れない。
「……鞘貰える?」
コミュ障ちゃんが鞘を両手で差し出して来る。
「ありがとう」
刃を上にして納刀する。
拵えは真っ赤に染まった鮫肌以外全てが黒く、金物パーツも焦げ付くまで焼いた様に黒く、鞘は石の様にザラザラしていて、光を全く反射していなかった。
「……脇差だけは良い物を持てって言われているのを知ってるか?」
「…………」
「僕の故郷の古い歴史の中では、脇差は打刀と一緒に帯刀、身に着けるのが特定の身分では普通、時代によっては義務であり身分を表す印だった。だけど時と場所によっては打刀を誰かに預けないといけなかったんだ。対して脇差は大抵の場で帯刀を許された。有事の際、一番最後に頼りになるのは脇差なんだ。だから脇差だけは良い物を持てって昔の人は言ったんだなぁ」
頭を下げて心刀を返す。
「名前はあるか?」
コミュ障ちゃんは首を振った。
「名乗りたい名前は?」
首を振るコミュ障ちゃん。
「僕が付けて良い?」
コミュ障ちゃんが頷く。
「じゃあお前の名前は鈴鳴りだ」
肌も髪も全てが白い、赤い狐目をした心刃、鈴鳴りは頷いた。
「辛くなったら鈴を鳴らせ、何も言えなくても懐に差しといてやるから、何が来たって大抵の物は切り払えるぞ」
早速鈴を鳴らしているコミュ障ちゃん。
幾らなんでも早すぎる。
「因みに、どうして欲しいか言えたら尚良いぞ」
尋ねてみても鈴鳴りは目を逸らして下の方を見るばかりで、答えられない様だった
「此処で賢者がぬるりと現れます」
「……聞いてたのかよ」
「私を誰だと思ってやがります。この境界において、私の死角は既にない物とお考え下さい」
ぬるりと前へ通り過ぎて行った賢者が、鈴鳴りの背後を一周して、隣に並び肩へ掌を置いた。
抱えた心刀を強く握り締めている鈴鳴りは、これ以上がない程に身を強張らせている。
「昔誰かから聞いた覚えがあります。立つ鳥跡を濁さずと」
「ちょっと待って、その知り合いが誰か気になる」
「お前の様な存在は可憐で華麗な私に相応しくないでしょう。だから、今回ばかりは特別ですよ」
鈴鳴りの魔力が拍動する様に強く乱れて、何かの反応を見せる間も無く気を失ってしまった。
倒れ込んで来た鈴鳴りを受け止め、手から零れた心刀をキャッチする。
心刀はキャッチした先から黒い砂や煙の様に消えて行った。
「……何したんだよお前、殺されたら野太刀との信頼に傷が入るんだけど」
「貴方自身は死のうが死ぬまいがどうでも良さそうな言い草ですね」
「と言うかどうやって魔力感知から逃れてるんだよ。今も明らかに魔導使った風だったけど、なんでお前の魔力だけ感じないの? やり方を教えろください、その魔導だけは覚えたい」
「答える訳が無いでしょう、魔術師に魔術の教えを乞う罪深さを知りやがれです」
「僕だって教えてやっただろう」
「良い物を知りました、知らず知らずの内に頭が固くなっていた事を自覚した想いです」
言い草的に、賢者は消費型の精神統一を再現出来た様だった。
エルフである僕と野郎ですら習得するまでに長い時間を掛けたのに、何者だよこいつ。
「その者は一度死に、白紙に戻りました。この先愚か者が元の木阿弥に戻るのか、貴方々の元を選ぶのか、全ては環境次第でしょう。精々上手くやりやがれです」
「……お前ら発信機でも埋め込まれてるの?」
「てめーが私を傍においても安心と思える程度の対策は取られていたかも知れませんね」
「それ殆ど身動き取れない状態じゃん……」
鈴鳴りを抱え直して見下ろす。
「しかし、ほんとにこの子が内通者だったとは……襲われた時はビックリしたよ」
「私の言葉を疑っていたと?」
「疑う要素しかないだろう……いや、それ以上に怪しい子が居たからさ、状況的に」
「あれほど分かり易い餌に食い付く愚か者が居ましたか。何故か回収されなかった者が居たとして、輪の中に隠しておかなければならない者を、わざわざ目立たせる筈もないでしょう」
賢者は”あれは不和を狙ったお遊びです”とこともなげに言った。掌で上手く転がされていた悔しさから、思わず舌打ちが出てしまう。
「人狼ゲーム野郎がよ……この子は結局どう言う立場だったの?」
「貴方の理想を叶えたいのであれば、事情はてめーが信頼を築いて直接聞くべきでしょう」
「……いきなり正論パンチ食らわせて来るじゃん」
「なので教えましょう。私は他人の理想が崩れて行く様を高い所から見下ろすのが大好きなので」
最悪じゃねーか……
「あの界隈は血統を大切にします」
「血統? そんな物があるの?」
「はい。骨董品にも種類があるみてーです。それは貴方自身知っている事でしょう」
「東海の果てにある秘匿された島国では、特別に血統の良い心刃が集められて居ました。しかしそれは、武器として優れているという意味ではありません。骨董家が喜ぶような珍しい逸品の血統が集められていた訳です」
「……心当たりがあり過ぎる」
「数多く生み出された種の中から、厳格な鑑定で選ばれ、心刀の目覚めを望まれていた彼女たちの背には、本人の自覚が及ばない所で多くの価値が背負わされています。その為に、生産者は掛けた価値に見合う価値を商品へ求める」
賢者は言った、鈴鳴りは本来小太刀として目覚める筈だったのだと。
「そう言う血統をコントロールできるって事?」
「はい、とは言っても確実ではない様です。それら骨董品は心の在り方に強く左右されるそうなので、稀に予想とは異なる心刀が目覚める事もあるそうです。私に似たあのちんちくりんの様に」
「お前も似ている自覚があったのか……」
「貴方が先ほど名付けた者もその一人でしたが、此方は前者と違って、骨董品に望まれる美術的な観点から見て、チグハグで見栄えの悪い一振りに落ち着いた様です。結果彼女は選択を迫られた」
「売り物にしても価値が低いから、見張る側にスカウトしたと?」
「はい。彼女には飼育される側から骨董品の監視を行う役目が与えられた訳です。強さと言う観点から見れば、この者は稀有な才に恵まれていますので」
「なるほど」
「貴方はもう少し早く辿り着くべきでしたね、であれば私がこの場所へ立つ事もなかったでしょう」
やっぱり仙境に閉じ込められていた期間が長すぎたのか……
「鈴鳴りが管理者側からどう言う扱いを受けてたのかは知ってる? 管理者が受ける制限とかは?」
「問い掛けますかこの賢者に、ですが答えません。私は謎が解けずにやきもきしている者を眺めるのも大好きなので」
「最悪じゃねーか……」
話し終わった賢者が僕を通り過ぎて、来た道を帰って行く。
「これで最低限の義理も果たせましたね? 私は礼節を重んじるレディ、仕事の後始末も完璧な訳です」
「自分の痕跡を断ちたかっただけだろう」
「心が汚れた者では穿った受け取り方しか出来ませんか」
ふぅやれやれ、とでも言いたげにやれやれ系のため息を吐いた賢者が森へ帰って行った。
いい加減森で何してるのか気になって来たな……
『手に負えなくなった時は引き取りましょう、その者の魔力は欲しいので』
「森の精霊みたいに脳へ直接語りかけて来るな。と言うか色々見聞きしてたなら被せて現れるなよ、折角整えた状況だったのに、意地が悪い」
『ふふふ……』
頭の中で響いていた声も聞こえなくなって、また賢者の居場所が分からなくなった。
「魔導士の癖に魔力を一切漏らさないとか、そんなのもうチートだろう……」
どんな魔導を使っているのかは知らないが、命がゲームの様な残機制で一人だけ生きている世界観が違う上に、魔導士最大の弱点である魔導を起こす魔力の気配すら隠蔽出来る。
おまけに全力で切りに行かないと破れない障壁を何重にも張っていて……恐らく賢者が本気にあったら、僕は為す術もなく殺されてしまうのだろう。
唯一の救いは賢者に元々争う気がなかった事だろう。奴の隠密能力と、僕の感知を欺いた術があれば、遠回しな手段に頼らず心刃を回収出来る。しかしそうしなかった以上、この環境を好ましく思っている事だけは本心だと思いたい。
寧ろ僕は、野郎が塔に戻りたくならない様に、配慮して行く必要がある様に思える
かと言って近付き過ぎても怖い、どう考えても中身が生粋の魔導士だし、気付かぬ間に心刃達が実験の材料にされていた。では笑い草にもならない。
一番良いのは隙を突いて殺してしまう事だけど、蘇る理屈が分からない状態で刃を向けて、復活の後決別してしまったら、地獄を見てしまうのは想像に難くない。賢者が明確な敵対行動を取るまでは手を出さない方がいい。
だから、結局の所は
「放置するしかねぇかぁ……」
付かず離れず、テキトーにふざける居心地良さげな関係を維持するのが、結局の所は一番良さそうだった。寧ろそれしか出来なかった。死なない理屈をこそこそと探る事もきっと出来ない、恐らく見られているだろうから。
魔導士一人まぎれ込んだだけで暗雲が立ち込めている心刃の里計画、頼りないにも程がある。これでも色々乗り越えて、世界で指折りの強者になれた自負があったんだけどな、上を見上げたら切りがない的な理屈は、どれだけ鍛え上げても付き纏い続ける様だ。
「世界が広すぎて嫌になりそうですよぉ、なぁ鈴鳴り」
「…………」
何も答えられない鈴鳴りを抱え直して立ち上がり、来た道を帰って行った。
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