20 笛の音が二つ
お食事も済んで修行の時間。
座禅を組み、膝の中央で両手の甲を重ね、その掌の上で、一枚の木の葉を放出した魔力によって浮かせていた。
僕の前では、四人の心刃らが、各々が一番落ち着く姿勢で精神統一を行っている。
「……どうだ野郎ども、魔力は感じ取れそうか?」
「黙れ、集中を乱すな」
「おい野太刀、流石に師匠傷つく、強い言葉を向ける時は語尾にわんとか付けて語感を柔らかくしてくれ」
「黙れにゃん」
「…………う、うん」
「それでいいんすか師匠……」
そんな行動を取るつもりはなかったのに咳払いが出てしまった。
瞼を開けて先行組の様子を伺う。
正面に陣取っている野太刀は枕に頭を預け布団を身に掛け仰向けに寝ていた。お前は本当に……
その隣にいるヒノエは胡坐を掻いており、僕が取っている体勢と似た格好で精神統一に励んでいる。
更に隣りには正座して俯き加減に精神統一に励んでいる小太刀、こいつはちょっと肩に力が入り過ぎているかもしれない。見えない物を何とかかんとか見ようと努力している雰囲気が感じられた。
そうして野太刀に戻って反対隣りには落ち着いた様子で精神統一しているシノブがいた。でも女の子座りはちょっと違う気がする。
「魔力を感じ取れる様になった奴はいますかいって」
「黙れわん」
「分からないっす」
「……感じられません」
「……見えない、です」
「うーん……」
想像以上に苦戦している心刃達の姿。
生まれた瞬間から何となく魔力を感じ取れていた僕にとって、精神統一は……意識的に魔力を感じ取り、干渉しようとする行為は、やればやるだけ魔力の感知力が高まる修行だった。
だから、何が分からなくてどう教えたら彼女たちも魔力を感じ取れる様になるのかが分からなかった。
或いはこの違いが、エルフが魔導に愛された種族と言われている所以なのかも知れない。
思い返せばライアの所のあいつも、エルフは強い子を作る為の番として狙われてるって言ってたっけ、その意味が漸く分かった気分だった。
視覚的にも魔力の存在を感じやすい様、放出した魔力で木の葉を浮かせてはいるが、こんなやり方ではダメなのかも知れない。
いっそのこと
……いや、あいつは天才の様だし、エルフと同じで出来ない者の気持ちは分からない側の人間である可能性が高そうだ。有意義な話しは聞けないかも知れない。
「不味いな……」
昔、僕が消費型の精神統一を習得した時、いの一番で父にもやり方を教えたが、結局父は消費型精神統一を習得する事が出来なかった。どうやら、消費型精神統一に必須の技術である、魔力の高速円運動を制御し切れない様だ。
父だけではない、野郎の家族も含めて、あのやり方を伝え聞いた大人の全てが消費型の精神統一を習得する事が出来なかった。少なくとも僕が故郷を出て行くまでの間では。
対して僕と共に修業に励んでいたライアの倅は消費型の精神統一を習得出来た。
世の中には、幼少期にトレーニングする事でしか習得する事が出来ない、或いは習得するのが困難になる技能が存在する。絶対音感なんてのはその最たる例だろう。
恐らく消費型の精神統一もその例に漏れない。
只の精神統一ですら躓いてしまっている心刃達、この躓き様では、彼女たちは消費型の精神統一を習得する事が出来ないかも知れない。
それは余りにも大きな損失だった。
あの修行方法を覚えられるか否かで、最終的に得られる強さの上限に大きな差が生まれてしまう。出来る事なら習得して欲しいが……
「…………ん?」
鷹が甲高く鳴いた様な、鼓膜を引き絞る高い音が二度立て続けに鳴った。
それは僕へ救難信号を送る時の為に、心刃ら全員へ与えた笛の音だった。
どうやら熊が出没した様だ。
座禅を解いて立ち上がる。
「呼ばれたから行って来るよ」
おーとかはいとか各々応えた先行組を残して、岩の上から飛び降りて、二つあった反応の内、まずはより騒がしい方へと駆け付けた――
――現場の森林へ駆け付けると、”掛かって来いよ賢者野郎! お前なんて怖かねぇ!!”と書き殴られた板を首から下げた甘食モソモソが、半べそを掻きながら賢者から逃げ回っている姿があった。
モソモソが僕に気付いて即行で縋り付いて来る。
「んあーーーっ お師匠ぉ!!」
腰にタックルを噛まして来たモソモソが脇腹から背中の方へよじ登って行き、背中へ蝉みたいにへばり付いたまま動かなくなる。
心刀を握っていなかった所を見るに、どうやら覚醒には至らなかった様だ。
前に向き直ると魔法瓶っぽい水筒を両手で抱えた賢者の姿があった。
何も知らない者が見ればマイ水筒を抱えて散歩している少女の様に見える賢者、しかし奴の中身を少なからず知っている僕から見ると、本来は可愛げに映る筈の水筒が、怪しげな物に見えてしまって仕方なかった。
一体奴はモソモソんへ何を飲ませるつもりだったのか……
「お前の好みがちょっと分かった気がするよ」
「心外ですね、私を何だと思ってやがります」
「百合ロリコンの変質者」
「最悪じゃねーですか」
なんだ、最悪と思える感性はあったのか。
賢者が水筒で一服して一息吐く、それも普通の水筒だったのか。
「行く先々で悲鳴を上げられる人生とはなんでしょうか?」
「そもそも森の中で出没する時点で怪しいんだよ」
「つまり部屋の周りをうろつけと?」
「極端か」
賢者が水筒で一服した。
「賢者を安く利用して貰っては困りますね、これでも私はお高い人材なので」
「悪かったな、もうしないよ」
踵を返した賢者が森へ帰って行く。
「そうだ賢者、魔力を感知できない子に魔力感知を覚えさせるにはどうすれば良いと思う?」
「ふむ、訪ねますかこの賢者に。であれば答えましょう」
「なんだ答えてくれるのか」
「その様な子があれば夜が更けた後に私の部屋へ向かわせるのです、であれば一晩の内に
「あ、やっぱいいっす」
「ふ……」
賢者は失笑を漏らすと、今度こそ森へ帰って行った。
大きな代償と引き換えに力を与える系の物の怪かな?
背中をよじ登って来たモソモソが頭の上に顎を乗せて来る。
「ずず……みーつけました。って声を掛けてきました」
「もう絶対狙ってるだろうそれは……」
「賢者は嫌いです」
”脅かしてきます”と報告してくる甘食モソモソ。
「先行組の所へ帰るか」
「試練は良いんですか?」
「このやり方も失敗だったかも知れん、もう一回考え直すから、取り敢えずはみんなと一緒に精神統一です」
「精神統一も嫌いです」
「でも凄く強く成れるんだぞ?」
甘食モソモソに精神統一が如何に重要かを解きつつ、先行組の元へ戻って行った。
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