19 木立に賢者
ささめく枝葉と清涼な流水の音がせせらぐ森林の只中。
木々の合間を縫うようにして移動していると、木立の中でキョロついているコミュ障ちゃんとヒノエを発見した。
朝食の調達序でに森の歩き方、食べられる山菜や魚の取り方、火の熾し方を教えている途中で、何時の間にやらみんなから逸れてしまっていたヒノエとコミュ障ちゃん。
そんな二人を迎えに来てみれば、迷子で御座いとでも言いたげな二人の姿がそこにあった。
「おやおやおや、いけませんねぇ」
心細そうな前傾姿勢を取っていた背中に声を掛けると、大げさにビク付いたコミュ障ちゃんが瞬時に振り返った。
そうして僕を認識するとおどおどと行動を怪しくして行く。
「いやー申し訳ないっす、まさか見失ってしまうとは……」
「そんな日もあるさ。今度からは逸れない程度にみんなの近くに居ようね? 先生との約束だよ?」
「ぁ っ っ」
繰り返し頷くコミュ障ちゃんに手を差し出した。
「戻りますよ」
「師匠、なんかキモいっす」
「な、なんだと!?」
差し出された手をじーっと長々見下ろした猫背なコミュ障ちゃんが、近くに寄ってきて手を掴んだ。
ヒノエも伴って、成る丈優しく手を引いてみんなの元へ戻って行く。
等と歩んでいると、鷹が甲高く鳴いた様な、高い音が立て続けに鳴り響いて来た。
それは僕へ救難信号を送る時の為に、心刃らへ与えた笛の音だった。
続けて”師匠”と呼ぶ声も聞こえて来る。
ヒノエとコミュ障ちゃんを小脇に抱えて秒で彼女らが居る地点へ戻る。
すると……なんだ? なんだろう……
森で突然熊さんに遭遇したかの様に慄く少女らが、森で突然遭遇した賢者を前にして、立ち向かおうとしていたり腰を抜かしていたり蜘蛛の子を散らす様に逃げ出そうとしていた。
「んあっーーー師匠!!」
「たしゅけて選ばれます!!!」
師匠師匠と叫び狂って、一目散に逃げて行こうとしていた元気っ子と甘食モソモソがそのまま飛びつきタックルをかまして来る。
そして肩とか腹へ蝉の様にへばり付く小鬼共。
「どう言う状況だよこれは……」
「ど、れ、に、し、よ、う、か、なって順番に指差してきましたっーーー!!」
ヒノエが”うわぁ……”と慄く。
「それは流石にこえぇ」
腰を抜かして動けなくなっているのは恐れちゃんと普通のビンタ、半分腰を抜かしていたり足を震わせているが何とか持ち応えて心刀を手にしているのがシノブとガチお清楚だった。
そしてガチお清楚はシノブを庇う様な位置取りで心刀を賢者へ差し向けていた。
最後に、両手にしたでっけー得物を釣り竿の様に肩へ担いで、一番先頭で突っ立っている恐れ知らずが一匹、こいつはもう生まれながらに最強の部類だった。
取り敢えずは体にへばり付いた二体の荷物を後方へ降ろし、野太刀の前へ出て賢者の対応をする。
すると何故か僕の前へ躍り出た野太刀。
「ん?」
取り敢えずは野太刀の前へ出る、すると更に前へ出た野太刀。
「何なんだよお前は!!」
「任せろ」
「身の程を知れ!!!ッ」
無理やり移動させると”うわー……”とか悲鳴を上げた野太刀を後方で待機させた。
改めて賢者へ向き直る。良い感じの枝を片手に突っ立っているわんぱく坊主スタイルの賢者に。
「お前はお前で何なんだよ!?」
「…………」
「なんかしゃべれッ」
「……想像以上に怖がられて傷ついている」
「……元気出せ!!」
「人生について、少し考えてきやがります」
踵を返した賢者が、とぼとぼと森へ帰って行った。
「げ、元気出せよぉおおおおおッ」
僕はそう言わずには居られなかった。
結局あいつ、何しに来たんだろう……遊びたかったのかな?
「朝食位誘っても良かったかも知れん……」
一難去った事を確信した心刃らが、ほっと脱力した気配が伝わって来た。
振り返ってみると、心刃達は野太刀以外ほぼほぼ全員へたり込んでいる。その反応はガチで熊に遭遇した者の其れだった。
まぁ危険度で言ったら熊以上だからなあの賢者、無理も無いかも知れない。
それはそれとして。
「心刀が出せる様になったか」
「え……ぁ、はい」
頷いたガチお清楚の膝の上には、打刀よりも少し短い程度の心刀が置かれていた。
大脇差だろうか?
「いや、これは……」
ガチお清楚の前で膝を畳んだ。
心刀を見ても良いか確認を取って、了承して貰えたので頭を下げて刀を手に取る。
「ふ、ふーむ……鎬造りか」
「しのぎ?」
「どうやら始まった様っすね……」
ガチお清楚の刀は刀身が細かった。
刀身の身幅がほっそりとしていて、切っ先に近付くほど更に細くなっている。
そしてしっかりと湾曲した刀身の反りは、反りの中心が手元の方に寄って見えた。
切先に近付くほど身幅が細くなり、腰反りの刀となれば……
「太刀……小太刀、なのか?」
「木立……?」
ここまで形が太刀に似てるなら、もう小太刀と判断しても良いかも知れない。
でもガチお清楚の心刀の拵えは、柄も鞘も打刀の物だった。
いや、小太刀だけど打刀の拵えをした刀の画像は過去沢山見た覚えがある。実際の歴史でも、打刀拵えが流行し、太刀を打刀拵えに直すのが流行った時代があった。
拵えだけじゃなにも判断できない。
「茎を見てみるか」
こんなこともあろうかと、今朝外出する前に持って来ていた目釘抜きを懐から取り出し、心刀の目釘を抜いて行く。
小太刀か脇差か、茎に銘が彫って有れば多くの場合は判断できる。
それでなくとも茎の長さで判断できるかも知れない。
「結局茎は何なんすか?」
「刀身の柄に隠れた部分、そして今抜いたのが目釘。目釘を茎と柄に空いた穴に通す事で、刀身が柄から抜けない様にしているんですなぁ」
誰かが言った。”聞いてない説明が入りましたっ”と。
だったらそれが何だってんだ。
切先を高くして刀の持ち、持ち手の手首を反対の拳でトントンと小突く。
すると柄から浮いて出た茎、早速柄や切羽や鍔にハバキを抜いて茎とご対面する。
「こ、これは……!!!」
「こ、今度は一体何が
「しっ 驚く準備をしておくっす」
銘はどちらの面にも打たれていなかった、しかし一目で分かるその茎の短さ。
脇差も茎が短いが大脇差のサイズとなれば話しが変わって来る。
しかし此処にある心刀は、打刀より少し短い程度のサイズ感なのに、茎の短さは片手で握る事しか想定されてなさそうだった。
となれば、きっと、恐らく、間違いない筈。
「間違いない、こいつぁ小太刀だぁ!!!」
と判断して面を上げてみたが、ガチお清楚の反応が芳しくない。
あっけに取られているその様子は、突然元気になった僕に対してただ純粋に驚いている様子だった。
等と鑑定していると、ガチお清楚の隣へすすす……とやって来たヒノエが、肘で彼女をクイクイした。
「驚くっす」
「え?」
「驚いてあげるっす」
「…………わ、わぁ木立???」
「小太刀だぁ!!!」
いいねヒノエくん、君はいつだって僕を喜ばせてくれるよ。
そして何故だか周囲を見渡しているガチお清楚、君はどうして景色を眺めているんだい?
刀は此処だよ?
「刀身が細いだけじゃなくて切先も狭い、太刀の中でも古い時代の物を想定しているのかも知れない……」
「小太刀にはどんな特徴があるんすか?」
「小太刀と言うより太刀の特徴が出ているんだ。小太刀は太刀の小さい版だな」
へーっと驚くヒノエくん。
のでその特徴をご紹介する様にガチお清楚の心刀を差し出す。
「こいつを見てくれ、刀身の横幅が先に行くほどスーっと細くなってるだろう? 同時に反りが強めで、控えめだけど反りの中心が柄側へ寄っている」
「そうっすね、私の心刀とは反りの位置が逆に見えなくもないっす」
「太刀はこう言う姿をしているんだ。そして茎を見て欲しい」
「握る部分っすね?」
ガチお清楚とヒノエ、序でに何時の間に集まって居たちびっ子たちが茎の部分を覗き込む。
「柄よりだいぶ短いだろう、片手で使うのがちょうどいい位に」
「師匠が握るとそう見えるっすね」
「両手で使う事を想定された打刀と違って、太刀は馬に乗って使う武器なんだ。だから馬上戦が主流だった時代の古い太刀は茎も片手で握る程度の長さが多かったらしい。とは言っても小太刀は実戦では使われず護身武器や祭具として重宝されるケースが多かったみたいだけど、馬上で短い得物振っても相手に届かないからね」
「お師匠の手おっきいです」
元気っ子が拳の甲に掌を乗せて来て”ほんとにおっきい!!”とか驚いている。
「小太刀に似た脇差と言う刀もある、こっちは打刀の小さい版、脇差の茎も片手で扱う想定の短い物が多いんだけど、此処にある刀のサイズ感は脇差の中でも大脇差に分類される物なんだ。大脇差は両手でも扱う想定で茎もそれなりに長い物が多い、時代や作風で違いが出るとは思うけど、こんなに短い茎の大脇差は少ないと思う」
不意に肩を突かれた。
振り返ってみると、野太刀が肩に担いでいた野太刀を此方へ差し出して来た。
「これも太刀?」
「そうだ、野太刀の心刀は特に分かり易い、まんま太刀の形をしてるからな」
「おー……」
大きく掲げられた太刀に視線が集まる。
普通のビンタが驚いた様子で呟いた”本当に、後ろの方が反ってます……”と。
「柄の方まではっきり反ってるじゃないっすか」
「持つ所が長いですっ」
野太刀を持ち直した野太刀が、両手を鍔の直ぐ下へ詰める様にして、鞘を握り締めた。
「両手だとこうやって持つのが正解」
「芯になる茎が短いから、振った時柄が折れない様に気遣ったって訳ね? 良い感性だけど野太刀の場合は別ッ 太刀は大太刀になると茎が長くなるんだ」
「根が深いのか」
「そう言うことー。うん、良い例えだ」
ヒノエが引っ込めていた心刀を改めて出して、鞘から刀身を抜いた。
「私の物とは色々逆っすね」
「折角だし比較してみるか」
僕の正面で鏡合わせの形で座っていたガチお清楚の膝に小太刀を寝かせ、野太刀から借りた太刀を僕の膝に寝かせて、しゃがんだヒノエが両刀の真ん中に薙刀直しを並べる。
「こうしてみると形が全然違うっす」
「同じ太刀でも大きい方がすごく曲がっていますっ」
「刃も太いっ」
「反りが深いのも太いのも個性だな、特にここまで身幅が広い野太刀は珍しいと思う」
甘食モソモソが薙刀直しの切っ先付近を指差す。
「こっちは先の方が反って居ますっ」
「そうそう、こっちは薙刀直しって言うんだぞぉ? 刃も切先に向かうほどスっと細く成るんじゃなくて逆に太くなってるだろう?」
「薙刀直し?」
「今度私が教えるっす」
野太刀を野太刀に返して、小太刀をもう一度貸して貰う。
そして木漏れ日に透かした刀身を斜に眺めたりした。
「うーん……みんなの心刀より刀身がちょっと白い気がする。刃文は……うん、やっぱ良く分からねーな、乱刃位しか分からないわ」
「乱刃はなんっすか?」
「刃に波打ってる焼き付きみたいな物があるでしょう、その焼き付きを刃文って言って、刃文が波々していたら乱刃、真っ直ぐなら直刃って言うんだ。シノブの心刀は直刃、シノブ」
シノブが右手へ心刀を出し、するりと抜刀して観覧フィールドへ刀身を差し出した
今気づいたがシノブは左利きなのか、でも賢者に立ち向かっていた時は右で握ってた気もする。
「色々真っ直ぐです!」
「すごい真っ直ぐ!!」
「本当に真っ直ぐっすねぇっ」
野太刀がシノブの心刀を指差して”反ってねぇ”と指摘する。
「なんですか。文句があるんですか?」
「シノブらしいねって驚いてるだけだと思うぞ」
「どう言う意味ですか」
「真っ直ぐで良い奴」
「……」
照れを咳払いでごまかしたシノブが”じゃあ良いです”と言って忍者刀を鞘へ納めた
小太刀にハバキを通して、茎を諸々柄に納めて行く。
「しかしこの柄も面白い柄巻をしてるな、なんて名前なんだろう?」
ガチお清楚の心刀の柄は、日本刀でよく見るひし形の透きがある柄巻ではなく、一本の暗い藍色の紐が螺旋を描く巻かれ方をしていた。
その為に、斜に段々と並んだ紐の間に、同じ色に染まった鮫肌が良く見えている。
目釘を打って柄と刀身を固定する。
嘗ては目釘の頭にあったらしい金物の装飾、目貫は銀色をしている。
柄の頭と鍔は黒鉄の金物で出来ている、しかし縁頭の内の縁、鍔に接する側の柄の保護金だけ銀色で、やっぱり少し変わった拵えをしていた。
鞘も貰って納刀する。
鞘は黒くて鐺にも黒鉄の金物が嵌まっている。栗形を囲んで回されている下緒は柄巻と同じ暗めの藍色をしていた。
「……なんか、渋いな」
全体的に暗くて男前な拵えをしていたガチお清楚の心刀、イメージ的にはもっと明るくて清純そうな拵えになりそうな物だったが。
具現化した彼女の心刀は、小太刀と言う点も含めて、古風で奥ゆかしい美意識の様な物を感じる代物だった。
「うーむカッコいい心刀だぁ……」
頭を下げて小太刀をガチお清楚へ返す。
「いやー良い物が見れました」
「は、はい」
「師匠は何でもそう言いそうっす」
間違っちゃいないかもしれない。
今の今まで静かに話しを聞いてくれていたガチお清楚が、心刀をいそいそと受け取る。
「名乗りたい仮名はあるか?」
ガチお清楚は胸の前で右手を握ると、ちょっと真面目な面持ちをして”お願いします”とお願いして来た。
やっぱり反応が一々ガチっぽいんだよなこの子、それだけ真面目な子なのかも知れない。
「ならお前は小太刀だ」
「木立」
「お前には小太刀のイメージがピッタリだと思う。きっと気品にあふれた
桜色の長い髪に瞳を持つ優しそうな心刃、小太刀はありがとうございますと言って頭を下げた。
「うん……ちょっと熱中し過ぎたな、お前ら沢の所まで戻っといてよ、今日の所は師匠が秒で山菜とか魚とかかき集めて来るから」
疎らに返事を上げる心刃ら。
妙に遠い立ち位置にいた恐れちゃんが、か細い声を上げて挙手してくる。
ので”どうしたの?”と尋ねてみると、熊……基、賢者と遭遇した時はどうすればいいのかと質問してきた。
「その場合は全力で僕を呼んでくれ。塔を出る時全員に笛を渡しただろう、そいつを鳴らすだけでもいい」
「全力……」
「呼びますっ」
「得意ですっ」
二名のちっせー怪獣が元気に挙手した。二人の頭を良い子良い子と撫でる。
「手を貸しますか?」
シノブの声が聞こえて其方を確かめてみれば、実は腰が抜けていたらしい小太刀が、シノブとヒノエの手を借りて立ち上がっている光景があった。
「因みに、守って貰わなくても結構ですよ。私だって戦えます」
「はい……ごめんなさいシノブさん、私は酷い勘違いをしていました」
「? どう言う意味ですか?」
何も答えず首を振っている小太刀は本当に申し訳なさそうにしていた。
「……じゃ取り敢えず行って来るよ、ヒノエにシノブ、後は任せた」
「あ、はいっ」
「任されたっすっ」
「……何故我には任せない」
野太刀の額を指差し”適材適所だ”と指摘した。
「適材適所……何かの呪文」
野太刀の額へデコピンを食らわせる。
割と真面目に痛がっている野太刀の様子を見て反省し、次デコる時はもう少し弱くしようと心に決めて、僕は山菜を求めて行った。
後ろについて来ようとする甘食モソモソをみんなの元へ帰した後で。
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