15 賢者2
「……ごめん、やっぱり師匠負けるかも」
「いやーははは……大人はみんな化け物っすねぇ、生き残るのムズ過ぎっす……」
「万事休すなのか?」
男は野太刀の問い掛けに”そうだよ”と応えた。
「いやに落ち着いてやがりますね。貴方たちは死ぬことが怖くないのですか?」
「怖いに決まってんだろう、なに言ってんだお前は」「怖くない訳がないっすっ 見逃して欲しいっすっ」「早く怪しい知識を教えろ」
野太刀だけはしっかりしばいて教育した賢者が辺りを見渡し、男へ背を向け辺りをうろうろと散策し始める。
その余裕綽々とした態度は、自らが敗れてしまう可能性を欠片も考慮して居なさそうだった。
「迷いますね、この環境と条件は潰してしまうには余りにも惜しい」
男が小脇に抱えていた二人の少女へ必死に耳打ちした”今だ行け! 命乞いをするんだっ”と。
「うわー、死ぬの怖いーみのがせーっ」
「みんなと一緒に大きくなりたいっすぅっ」
「わーわー我も生きたしーっ」
「一人きめーので根絶やしたい欲に3ポイント入りました」
生き延びたい少女らから脇腹を繰り返し小突かれてしまう男。
「貴方のその膨大な魔力保有量、それほどの素質を持ちながらなぜ魔術師を志していないのか、そもそも魔術師でもない者がどの様にしてそれほどの魔力を得たのか。その他諸々……」
「…………」
「精々百何年かの命でしょう。エルフとは言え年端もいかないガキでその魔力量はあり得ません。てめーは私の持っていない知識を持っている筈、これを知らずに殺してしまうのは損失かも知れません」
そして賢者は地面に転がっていた自らの死体を拾い上げる。
「……本当によく切れていますね。この結果が貴方本来の実力なのか、骨董品の真価と見るべきか、残念ながら魔術師の私では判断のしようがありません」
「心刀はすごいんだぞっ」
「すいません師匠、黙っておいた方が良さそうっす」
「ふむ、貴方は出世するタイプのがきんちょですね。てめーだけ飼殺したい欲に6ポイント」
「心刀はすごいんっすよ!!」
「その様ですね、私の障壁を割断するその切れ味、俄然興味が出て来た訳です」
「心刀はすごくないっす!?」
男が突然ヒノエに噛み付き始めた。
「ぃッ痛い?! 痛いっす師匠!!!」
「ヒノエこのッ このぉッ死んでもそんな事を言ってはダメだ!!!」
「ぁっすいませんっ すいませんでしたっ ヒノエが間違っていましたぁっ」
「……貴方々はその者の後を追い掛けて後悔しませんか?」
「トんでておもしろい」
「……ふむ、それもそうですね」
余りにもあっさりと、そしてすんなりと納得してしまった賢者が、自らの屍を蹴り退けて、男が元々立っていた地点へ向かっていく。
「環境も良い、力ある精霊が居る様ですね。道理で居場所が見つからなかった筈です。森には潤沢な魔力が満ちており、術者が籠るには理想的……」
「…………」
噛み付き男が抱えていた者共にひそひそと相談し始めた。
「どうしよう。気の所為かも知れないけど、立ち上がった魔物が仲間になりたそうに見て来るのと同じ雰囲気を感じるぞ」
「立ち上がった魔物は仲間になりたそうに見て来ることがある???」
「すまんいい加減なことを言った。一旦ワクワクは抑えてくれ」
「絶対ダメっすよっ どう考えても爆弾になるっす、絶対に追い出すべきっすっ」
「でも帰したら帰したで仙境の位置が他人に知れ渡らないか?」
「もう知れ渡ってるかも知れないじゃないっすかっ だってっ……」
「分かりますよ飼い懐かせて行く行くは側近に置きたいタイプのがきんちょ」
突然会話に介入して来た賢者、ヒノエはひぃひぃ漏らしながら噛み付き男へ縋りついた。
「見つからない筈の土地に何故私が入れたのか。貴方は私をこの場所へ招いた裏切り者がいる可能性を考えているのですね? 幾ら何でも追っ手の到着が早すぎると」
「おいおい、いきなり内部分裂を煽るなよ。まだそうと決まった訳じゃない」
「所がどっこい裏切り者はいます」
「…………」
賢者がしゃがみ込み”ふむ……”等と漏らして地面を抉った足跡を観察して行く。
「教会のクソ老害……基、一部のお偉方から有事の際にがきんちょ共の回収と痕跡の隠ぺいを頼まれている訳ですが、どうですかね、この環境があれば塔に拘る必要もないかも知れません」
「……お前みたいな奴が誰かに縛られているのか?」
「想像してみてください。やろうと思えば何時でも国を滅ぼせる力を持った個人が、その辺をほっつき歩いてよく分からねー事を好きにしている状況を」
ふとした様子で黙ってしまう三名。
「有象無象が群がって来る訳です。何かに付けて抑えつけられる理由を探し、力を削ぎ、鎖に繋いで、コントロール下に置こうと遠回しな知略を巡らせて来ます。そんな脅威に一々気を払う人生とはどんな物でしょうか」
「……クッソ疲れそう」
「クソ疲れる訳です。したいことが何も手に付けられなくなる程に、だから私は教会を頼ります、教会の庇護を得る事で居場所を得て、有象無象の些末事を私に変わり払い退けて貰う為に」
「なるほど」
「教会は私を聖人として迎え、神の名の元に賢者の階位を賜らせ、私の人柄を保証し、私が静かに探究できる場所を与えました。その見返りに困った時の脅迫道具になってくれと」
「もしかして僕は、世界最強レベルの戦力を釣り上げたのか?」男が心刃らに”お前ら凄すぎ”と、呆れた様な驚いた様な声を掛ける。
「立場ある者はメンツを何よりも大切にします。事実良くも悪くも印象で回る世の中です。そのメンツにでっけー影響を与える骨董品が奪われたと来ました。当然無視はできない訳です。なるべくブランドに傷が付かない様、事が知れ渡る前に問題を解決したいのでしょう」
「あぁ……でっけー才覚を磨いた結果が使い走りの人生だったから言葉遣いも捻じ曲っちゃったんだなぁ……」「何だか段々と可哀そうに見えてきたっす。あぁ本当に可哀そう……」「結局ふぁっくってなに?」
「それ以上はぶち殺しますよ? 神の名の元に人柄を保証された賢者様とは言え」
男がふとした様子で野太刀を見下ろし”そんな言葉何処で知ったの?”と問い掛ける
口を噤んだ野太刀は何も答えず首を振るばかりだった。
男が威嚇する様に口を開くと野太刀がわちゃわちゃと暴れ出す、しかし脅されても口を割らなかった野太刀、結果齧り男から丸齧りにされてしまう。
「あー、助けろ賢者ぁ……」
「ここには頭のおかしい連中しかいねー様ですね」
「一緒にしないで欲しいっす!!」
心の底からと言った叫びを上げたヒノエに全ての視線が集まる。
ヒノエは遅ればせながらに”冗談っす”と言うが、もう色々と遅かった。
仕切り直す様に”ふむ”と漏らした賢者が、自らの亡骸の元へ瞬時に移動し、転がった腰を蹴る。
「都合が良い事に私を殺せる者が現れました。私の反応が絶たれた事は既に伝わっている筈、教会は私が死んだ物として処理するでしょう。面倒な柵を清算するにはこれ以上がないタイミング……」
「…………」
「どうするんすか師匠、仲間になりたそうな魔物みたいな目で自分の亡骸見てるっす、あれは絶対ダメな奴っす!!」
「そんなことは分かっているさ、でも敵に回したら多分めっちゃ厄介だぞ、此処が正念場と踏んで戦うことが本当に正解なのか……」
「おもしろいから仲間にする」
「野太刀、面白さだけじゃ世の中生き残っていけねーんだ」
”すん……”と漏らしてすんとする野太刀。
「今なら裏切り者を密告する特典付き……」
「あ、あいつ、遠回しな言い方を到頭止めやがった……!? でも目星は付いてるから要りません」
野太刀が”師匠”と言って、男の袖を引き引きと引っ張る。
「なんだ?」
「責めちゃダメ」
「…………」
「みんな、辛かった」
「……そうか」
男は野太刀を丸齧りにした。
「あー、助けろ賢者ぁ……」
「ふぅ……ここは中々良い環境ですが人が住むには設備が足りない様です。私が居れば開拓のスピードと生活水準が飛躍的に引き上がると言うのに、ふぅーうー……」
「なに?」「ダメっすよ師匠、甘言に惑わされちゃ」
「賢者はお菓子作りがとっても得意、ちょっと小粋なスイーツ店の一つや二つは指先一つで作れちまいます」
「なに?」「なに?」「おい馬鹿野郎どもっ 甘味で唆されるな、相手は自分の死体を蹴り転がす様なサイコパスさんなのだぞぉ???」
「てめーにだけは言われたなくねーですが、そうですね……」
賢者は自らの右腕を拾うと、腕を握った掌を袖に隠して、一見右腕だけ超長い人の様な振る舞いをした。
そうしてヒノエや齧り男、野太刀に視線を移して行く。
「何れは沢山の少女らが集団生活を送る事と成る秘境……ふむ、であれば、彼女らに似合いの服を用意しましょう」
「そんな物は要らぬ」「ふ、どうした賢者の、そんな条件では唆されんぞ。服など都合を見て外から調達すればいい」
「服とは言っても制服です」
男が不可解そうに”制服?”と聞き返した。
「少女が学園で身に着ける様な、その為に何時しか純情な少女性の象徴になっちまった服装の様に、永遠に可憐な乙女らが身に着けるに相応しい制服を製作し、これを民族の正装としましょう」
「…………そ、そんなことが、可能なんですかぁ?」「師匠?」
「魔導技術に頼れば量産体制を築
「採用です」
「師匠!? どう言う事っすか、絶対将来爆弾になるっすッ」
「くっ……そうとは限らない、かもしれないしッ 制服作れるなら採用です!!」
「師匠???」
「マジごめん、でも採用!! すごくッ……すごい未来が見えちまったんだよッ 長年忘れていた物の片鱗を思い出しちまう位の襲撃的な光景だったんだッ 或いは日本刀の次に見たい光景かも知れんん……ッ」
「ふ……オス等結局はこの程度の生物……」
賢者は自らの知性に恐れ戦く様にして、己の額に掌を宛がうと”やれやれ”とでも言いたげに首を振る。
取り乱したヒノエが男の裾を激しく押し引きし、苦い顔をした男は血を吐く様に謝り続け、賢者はニヒルににや付いた。
”久方ぶりに楽しくなりそうです”と呟きながら。
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