16 愉快な仲間が増えました
「ごきげんよう、西方教会より静謐の塔の管理を任されていました。賢者フィクチャー・カチェーティアです。今後は貴方達と共同生活を送る事になります、私の事はお気軽にお賢者先生さまさまとお呼びください」
「これ以上ないほどカッテぇ……」
共同部屋に集められた9名の心刃達は、挨拶をした賢者に対し、戸惑った反応を見せていた。
まぁそれも仕方が無い話しだろう。
挨拶をして来た相手が、野太刀を攫って、今も寝ているシノブを気絶させた張本人と知れば。
襲撃を受けた為に急遽中止となった今日の修行、当然その理由を聞いて来た心刃達に、事のあらましを包み隠さず話していた。
どの道野太刀とヒノエが知っている事だし、彼女らに事情が伝わるのは時間の問題、それにこの仙境は彼女らの物になる土地だ。
まだ幼いからと言って、この土地で起きた事を伏せるのは、彼女たちに対する嘲りであり、僕からすれば前言を撤回する行為だった。
当然、事情を隠すようなことはできない。たとえ幾つかの不可解な点に気づいて、仲間内に裏切り者がいる可能性に気づく者が出たとしても。
元気っ子が礼儀正しく挙手する。
そんな元気っ子を、賢者が据わった眼差しを更に細めて眺める。
すると元気っ子の手が段々と下がっていく、黙々と見下ろされるのが怖いらしい。
「……ふむ、貴方は中々見所がありますね、夜に私の部屋へ来なさい。特別に魔術の指導をしてやります」
「絶っっっ対に行くなッ」
「は、はいッ 絶対に行きませんッ」
元気っ子がちょっと腰を上げて、甘食モソモソの少し後方へ移動し、彼女を盾にする様な姿勢を取る。
それで良いのか元気っ子、多分お前の方が年長だろう。そしてモソモソは恐らく心刃達の中で一番幼い。
モソモソは元気っ子へ”なんですか?”と純粋に疑問を覚えた様子で尋ねつつ、元気っ子が怖がっているのを何となく察すると、彼女を慰める様によしよしと招いた。
それでいいのか元気っ子……
「……それで、質問はなんです」
「流石に無理だろう、もーよぉ」
「怖がる必要はありません。共同生活を送るとは言いましたが必要以上に干渉するつもりはありませんので、寧ろ安易に賢者先生を頼らなように、私を一人にしろ。たまに其処ら辺でなんか良く分からねー事をしている姿を見掛けるとは思いますが、深くは突っ込まずいない者として扱ってください。
であれば私も貴方々にとって都合の良い者としてあり続けるでしょう。私の事は、山に住んでいる妖怪か何かだと思ってください。いいですね?」
おーとかはいとか何とかかんとか、返事を上げたり躊躇したりであまり良くない反応を見せる面々。
「……でもたまに近づいてきた時は仲良くしてください、孤独で変なことをし始めるかもしれません」
竹の水筒で水を飲んでいたヒノエが突然吹き出した。
「うわすっげぇ……この位置からだと霧に虹掛かって見えるじゃん」
「ゴッホッゴホッ ずいませんッ言ってることが全く同じでッ コホッ」
永遠にケンケン言っているヒノエの背を摩ってやる。
「大丈夫か?」
「ふむ、咳を止める時はトントンするのが良いらしいですが」
ヒノエの背をトントンと叩いた。
「どうだ?」
「けほっ……大分、落ち着いたっす、んんっ」
「結局ふぁっくはなんだ」
「お前はまだ言うか」
勝手に膝の上へ座って足を遊ばせていた野太刀の頬を摘まんで引っ張る、するとやる気なく”うぃぃ……”とか唸り出す野太刀。
「お師匠っ」
甘食モソモソがシュピっと効果音が付きそうな勢いで挙手した。
「はい何でしょう」
「どうして二人だけそっちの方に座っているんですか?」
「む……」
言われてみれば確かに、他の心刃達は僕と賢者の前に座っているのに、野太刀とヒノエだけ大人組の側へ座っていた。
座る場所なんてどこでもいい気がするけど、少数が実力以外の目立ち方をするのはそこはかとなく気持ちが悪い気がしないでもない。
ので野太刀とヒノエも他の子らと同じ位置へ向かわせた。
賢者がのっそりと立ち上がる。
「では私はこの辺で、その内制服の件と私を殺した件で尋ねると思いますが、無理にでも都合を合わせないと暴れちまうかも知れませんのでご了承ください」
「最悪じゃねーか……と言うか何処にいるつもりなの? 使ってほしくない施設とかあるんだけど」
「妙な所を下手に弄るつもりはありません、これでも争いたくはないと思っているので。そうですね……一先ずは一番過ごしやすそうな部屋へ籠ろうと思います」
賢者は”ではまた何時か”と言ってシノブに近づく。
「おい何をする」
「様子を見るだけです」
賢者が”ふむ……”等と漏らしつつシノブを見下ろした。
「……こいつは中々見所があるかも知れません、私の部屋へ連れ帰って」
「いい加減にしろ」
危険な野郎が部屋を後にして行く、その道すがらにいたコミュ障ちゃんを回収して
「おい」
「おっと失敬、監禁していけない幸せを教え込むのに丁度良さそうな素材だったので、つい」
「ついじゃねーよッ おいて行って下さいお願いしますぅッ」
やれやれとでも言いたげにため息を吐いた野郎が、コミュ障ちゃんを解放して今度こそ部屋を後にして行った。
見えなくなったその姿を追って、襖の角からちびっ子たちと共に廊下を覗き込み、去って行く野郎の後ろ姿を眺める。
そうして奴はT字路を右に曲がって……と見せかけて左に曲がって行き、再び引き返して来て右の通路へ消えて行った。
「一体何なんだ、あのふざけた野郎は……」
「シンパシーを感じる」
「懐いちゃダメだぞ」
眼下にあった野太刀の頭に掌を乗せると秒で払われてしまった。
あれ? なんか既視感を覚える……
「好きに歩かせて良いんすか? 仲間を呼ばれるかも知れないっす……」
「……どうだろうな、放っておくのが一番良いタイプに見えたけど、ヒノエが言う通り応援を呼ばれるのを含めて色々怖すぎるし……正直何が正解なのか僕にも分からない」
「前途多難過ぎますっ」
「なんだモソモソ難しい言葉を知ってるな? ごめんね、あんな化け物が居るとは思っていなかったんだ。僕も世界の広さに驚いている所です」
「モソモソっ もそもそはなんですか?」
見上げて来た甘食モソモソの頭に掌を乗せてみると、撫でやすい様に頭を寄せて来るモソモソ。
こやつは一々可愛いな。
「もう魔導士には絶対負けない位の感覚でいたんだけどな……師匠自信なくしちゃう」
ガチお清楚が恐れた様子で”そんなに強い人なんですか?”と問い掛けて来る。
「師匠が真っ二つに斬って殺した、でも同じ姿をした人間がぬるっと現れて復活していた。あと自分の死体を蹴って遊んでた」
恐れちゃんが”ひ……”とか漏らして、体を部屋へ引っ込めたのが伝わって来た。
振り返ってみれば、少し離れた場所にいたコミュ障ちゃんもカタカタと震えている。柱に手を添え支えにしている姿はとても弱くて心細そうだ。
野太刀の気配が見上げて来て”どうやったら魔導士に負けなくなる?”と問い掛けて来る。
前へ向き直って野太刀を見下ろす。
「このタイミングで聞かれてもなぁ……自信持って答えられないよ。一般的な魔導士との戦いを例に挙げるなら、魔導は行使する際に魔力の乱れを隠せない弱点があるから、そこを利用する」
「魔力の乱れを感じ取って魔導を避ける」
「そう言う事、魔導行使に伴う魔力の乱れは、大気を漂ったり物に宿っている魔力とは異なる気配を帯びる。魔導士同士も乱れを感知し次の魔導を読み合って戦う。だから物理的な手段が弱点になる」
「魔導を使わず、死角から物理的に斬ってしまうって事っすか」
「あぁ、とは言っても僕達の身体や得物にも魔力は宿っている、だから視覚的な死角は意味を成さない」
元気っ子が”結局どうすればいいんですか”と質問して来た。
「個人的な魔力の量を増やせば良い、魔力保有量が多い奴が近くに立つと、魔力感知だけじゃそいつが何処に立っているのか分からなくなるんだ」
「なるほど良く分からん」
「例えば泉だ。泉を魔力に例えるとして、その泉へ放り込んだ小石を魔力の持ち主だと考える。魔力感知で泉から小石を見つけて来いって言われて見つけられるか?」
「…………」
野太刀に”難しいだろう?”と問い掛けると、彼女は頷いた。
「魔力量が多い奴が近づくと、魔導士は泉に放り込まれた状態に陥る訳だ。四方八方から小石の魔力を感じて、本体の小石が何処にいるのか分からなくなる。後は魔導障壁とか何か良く分からねーインチキ防御を物理的に断ち切る力があれば、死角から仕留める事も出来るんですなぁ」
「すごい技とかじゃなくてただの脳筋だった」
「よせよせ褒めるんじゃねーよ」
「師匠、多分褒めてないっす」
「野太刀???」
咄嗟に逃げ出そうとした野太刀の首根っこを掴んで持ち上げ、部屋へ戻す。
「身に着けている物を自分の魔力で覆ったり、他にも細々気を付けないと行けない所はあるけど、大体はそんな感じだよ。最終的にはでっかい体で即行轢き殺しちゃうのが一番強かった」
「結局ぱわーが全てなのか」
「おぉ、決して間違ってはいない理解だぞ、野太刀は賢いなぁ」
「褒められた」
「覚えました、力こそぱわーです」
「そうだモソモソ、その調子だぞ」
二人のちびっ子の頭を撫でる、すると一方は掌を投げ捨てて来て、もう一方は取り敢えずと言った感じで頭を差し出して来た。
「だから、魔力を増やす事が出来る精神統一の修行が重要になって来る訳ですなぁ、僕が居ない間にサボらずやってた子は挙手」
直ちに手を上げたモソモソん。
乙女組も普通に手を上げる。どうやら二人は目が覚めてから修行に合流していたらしい。
恐れさんもおずおずと手を上げ、コミュ障さんも顔を反らしながら少しだけ手を上げた。
しかしその手は細かく震えていた。なんか口も一文字に引き絞ってるし、この子は怪しいな。
そうして最後にゆっくりと手を上げた元気っ子は、彼女の背後から表情が見れそうな程に顔を逸らしていた。
いやもはや振り返っていた。
「でも最後までよく分かりませんでした、本当は魔力なんてありませんっ」
「あるから引き続き真面目にやろうな? 精神統一で魔力の量と感知力を高めて、序でに扱い方にも慣れれば、魔導を覚えなくたって色々な事が出来る様になる。騙されと思ってもう少し頑張れ」
「騙されるのは嫌です」
「……騙さないから頑張ってください」
「仕方がないのでもう少しだけ付き合って上げます」
僕はありがとうと言ってモソモソんへ頭を下げた。
「野太刀は?」
「実はサボっていた」
「僕も実はそんな気がしていた」
「今は後悔をしている、魔力はとても大切」
「……そう。僕も説明不足だったかも知れない」
今ならワンチャン頭を撫でられる気がしてチャレンジしてみたがやっぱり秒で掌を投げ捨てられた。
やはりダメか……
外の空模様を確かめる。
まだまだ日も高く、時間は沢山ありそうだけど、今日はもう試練をする気にはなれなかった。
「……取り敢えず今日の所はみんなで精神統一しとくか。それで魔力を感知するコツとか逐一一々教えて回ろう」
”さぁ輪を作れ”と指示して、寝ているシノブの周りを囲む形で者共に座って貰い、精神統一を開始する。
その様子は怪しげな儀式を行う宗教団体の様で、中心で寝かされたシノブは生贄の様だった。
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