13 覚悟は出来ていない

 奥の院へ続く長い山道を下った先にある、温泉の滝が落ちる広場、その広場にある平たくて長い木造の建物、霊泉館へと踏み入った。


 広い玄関を上がり、右から左に走った廊下を横断すれば、その先はもう幾つもの柱が立ち並ぶ畳の大広間だった。


 その広間の一角に纏まっている四人の心刃を発見する。


 どうやら乙女組の二人は未だにダウンしている様で、その傍に彼女たちの身を案じる様にして座るわんぱくチームがいた。


 甘食モソモソがふとした様子で此方に気付き、元気っ子の肩をめちゃくちゃ揺さぶり出す。


「お師匠様が戻ってきました」


「あうあうあう、やめて、やめて目が回


「あっ 一人心刀を持っています」


「えぇええええええええええ!!」


 そこまで? と思うほどオーバーに驚いた礼儀の子が、ヒノエを指差して二度驚きの声を上げている。


 そしてヒノエはヒノエでちょっと得意げに腕を組んで、手にしていた心刀を主張する様に上げた。


 その反応を見るまで気づかなかったが、ヒノエが心刀を具現化させたままだったのは、仲間に心刀を自慢する為だった様だ。


 ヒノエにも年相応な所がある様で、何故だか少しだけ安心してしまう。


「そ、そんな……あの試練を乗り越えられるなんて……」


 甘食モソモソが両手を握り締めて元気いっぱいに”私を置いて直ぐに逃げて居ましたっ”と報告している。


 甘食さん、そう言うのは言わなくて良いんだよ?


「いやー、勇気を出すと本当に刀が出て来るみたいっす。あ、今後私を呼ぶ時はヒノエでお願いしますーっ」


「ヒノエっ」


「ヒノエっ」


「名前で呼ばれるのも変な感じっすねぇ」


「よし、取り敢えずお前たち、次の試練を考えるのでそれまで精神統一をしていて下さい。やり方は部屋を出る前に二人に説明してたのを聞いたな?」


 挙手したモソモソが”魔力なんて感じません”と至極真面目なキメ顔で主張した。


「そこを感じられる様に頑張るのが修行なのですよぉ」


 その辺にあった座布団を大きな人見知りと小さなコミュ障に掴ませ、二人を四人の元へ向かわせる。


「そしてヒノエは僕と一緒にお部屋移動です」


「あぁ、先行組の方へ合流する感じっすね?」


 そうそうと頷き、ヒノエと共に館を後にして行く。


「じゃあお前ら、戻って来るまで仲良くしているんだぞ」


 元気っ子が”分かりましたっ”と答え、モソモソは”はいっ”と言って、大きな引っ込み思案が聞えない位小さな声で何かをモソモソと言って、コミュ障ちゃんは”ぁ……”と言った切り先の言葉が続かなかった。


 館の引き扉を閉め、出入口前の屋根に掛かった暖簾を潜る。


 本堂へ続く石畳と石橋で出来た道を歩んで行く。


「師匠」


「なに?」


「聞いていいっすか?」


 ”だから何だ?”と聞いて振り返ると、両手を後ろにして、少し距離を置きつつ付いて来るヒノエの姿があった。


 何だろう? なんか突然妙に距離感が遠いな。


 前に向き直って先を行く。


「どうして師匠は私達を助けてくれるんですか?」


「だから助けた訳じゃないって言っただろう。僕は僕の趣味の為にお前たちを連れて来たんだ」


「こっちから見れば同じことっすよ、結局延命を図れるんすから。その趣味って言うのも良く分からないし」


「何れお前にも分かる時が来る」多分、恐らくは。


 ヒノエの気配が辺りをきょろきょろ見渡し始める。


「……此処もすごい所っすよね、どうして他人にあげようなんて思うんですか?」


「なんだお前は、僕は疑ってるのか?」


「私は別にコレクションにされても良いんっすよ、でもそうならそうと初めから言っといて貰いたいと言うか。ほら、後で勘違いしてたのに気づくのって、結構来るかも知れないじゃないっすか」


「…………ふむ」


 ふと立ち止まってしまった足を再び動かす。


「確かに僕は刀が好きだ。奪うとまでは言わないが近くに居て見ていられる環境を整えようとしている。その状況をコレクションと思うなら思えば良い、でも、だからと言って私物化して支配するつもりはない。


お前たちがちゃんとしていれば、僕は何れこの仙境で必要とされない者になるだろう。そしたら山に籠ってる妖怪か何かだと思って、たまのお祭りで里一番の心刀を見せてくれたら超嬉しいよ、切れ味とか刃の美しさを見せる演武してさ」


「つまり師匠を称える祭りは作れってことっすね?」


「言い方……ちょっとくらい良いじゃないか、僕だって日本刀に関わりたいんだ」


「日本刀?」


「僕の故郷での心刀の呼び方」


 ヒノエが”へー”と興味あり気な声を上げる。


「師匠の故郷はどこにあるんっすか? ヒノエも何時か行ってみたいです」


「無理だな、僕も帰れない位に遠い場所にある」


「そうっすか」


 まぁ死んだら次の転生でワンチャン帰れるかも知れないけど。


「因みに、僕はこの場所をお前たちに渡すつもりだけど、だからと言って全てをタダであげようとしている訳じゃないぞ?」


「あれ? それは前提が崩れる話しじゃないっすか?」


「何でもかんでも他人に整えて貰った物で生きても仕方ないだろう。そう言った環境で育った奴は他力本願の文句言いになるって相場が決まってんだ」


 ”えぇー……”とか、だるそうに唸るヒノエ。


「お前たちが今後大部屋で共同生活を送る話しはしたな?」


「っす」


「この仙境で、現状のお前たちが自由にしていい部屋はあの塔の広間だけだ。言わばあの部屋が初期設備ッ 此処から先お前たちが強く賢く育って行けば、成長に合わせて個室や施設の使用権を与えるつもりだ。


その時に何処の部屋、設備、立場や権利を得られるのかは、全部お前たちの努力次第だ。当然頑張り結果を残す者は優先的に欲しい物を得て行くだろう。そうやって少しずつこの仙境をお前たちに明け渡して行くつもりなんだ」


「なるほど」


「ふ、因みに僕はこの仙境で一番良いだろう部屋を根城にしている。そして僕に勝てた者にはその部屋の権利を明け渡すつもりだ」


 ヒノエが甚く納得した様子で”なるほどーっ”と応えた。


「そうやって師匠を山に追い出せたら、仙境の完全な支配が完了するんすね?」


「良く分かってるじゃないか、果たしてお前たちに嘗ての師を追い出す胆力があるかな?」


「多勢に無勢なら何時か勝てる気はして来たっすーっ」


「うーん師をボコすと言う精神的なハードルは考慮する必要すら感じませんか、この子らマジで情け容赦しなさそう……」


 ヒノエが小走りに近づいて来る魔力を感じ取ったので、僕も小走りに駆けて逃れて行く。


「いやいや、どう言うことっすか?」


「僕の前を歩くんじゃねぇッ この景色だけは一生誰にも明け渡さねーぞ!!」


「うわぁ……この師匠だけは信じちゃいけない気がするっす」


「ひぃ、ひぃっ 何とでも言いやがれってんだ、お前が走る限り僕だって走る、そうっ この差だけは一生埋められないッ 僕だって屋根のある場所で寝たいッ」


「へへ、驚く位に覚悟が決まってないっすぅ」


「ん?」


 ふと違和感を覚えて、高い緑天井の隙間に覗いた塔を眺めた。


 その塔には今し方話しに出て来た共同部屋があり、その部屋では現在、野太刀とシノブが教えた魔導を習得しようと励んでいる筈だった。


 つまりは今まさに向かおうとしている目的地だった。


 追い付いたヒノエが左手を抱いて身を寄せて来る。


「どうしたんすか?」


「……野太刀の魔力がある様なない様な気がする」


「? どういうことっすか」


「それが分からないから困惑している。ぱっと見た感じはシノブと一緒に部屋にいる様に感じる、でも、近づくほどに段々と……」


 僕の様子から不穏な空気でも感じ取ったか、ヒノエが黙ってしまう。


 改めて、意識的に魔力の感知を試みる。


 そうして漸く自覚が出来た。野太刀が部屋からいなくなっていた事に。


 しかもただ居なくなっている訳じゃない、野太刀の魔力が其処にある様に見せ掛けた上で居なくなっている。


 これは野太刀が修行をサボる為にやった悪戯ではないだろう。


 僕を平気で蹴り転がして来る子が、魔導に精通しているとは思えない。


 野太刀は未だ、魔力感知すら出来ない子の筈だ。


 そんな子が魔力を偽装する術を持っているとは思えない。


 これは明らかに問題が起こっている。


「ヒノエ」


「はい」


 懐から取り出した笛をヒノエに掴ませる。


「温泉まで戻ってみんなと一緒にいる様に、問題があれば鳴らせ」


「嫌っす」


「ん?」


 思わずヒノエを二度見してしまった。


「……危ないからぁ、戻っててって」


「嫌っす」


「ん?」「はい」


「……うーん」


 どうしよう、この子が一番聞き分けが良い個性の持ち主だと予想してたんだけどな


「ヒノエも心刀が出せる様になったっす。きっと師匠の役に立てます」


「……多分この先に魔導士がいる、僕の魔力感知を欺ける魔導士だ。丙が近くに居たら僕は全力を出せないかも知れない」


「可笑しいんっすよ」


「? 何が?」


 ヒノエは何事かを逡巡する様な間を見せた後に、頭を振った。


 そして割かし真面目な面持ちをして訴えて来る。


「連れて行かないと駄々をこねるっすッ」


「……時と場所ぉ」


「誰が何処に潜んでいるかも分からないんすよね、なら戻っても同じ事じゃないっすかっ それとも師匠は足手纏いを一人抱えただけで敵に勝てなくなるんすか? そんな弱さで私達を連れて来たんすか?」


 あんまりな言い草に絶句してしまう。


「師匠に付いて行けば安心出来るんだって、証明してください」


「ゆっ 言うじゃねぇかぁ……後悔するなよヒノエ」


「大丈夫っすっ 心も体も死なない限りはハグで大体回復します」


 ”え゙? 何そのインチキ”等と驚きつつ丙を小脇に抱える。


「心刃はそう言う種族っすっ 所で師匠、この抱え方はどうにかならなかったんすか? ヒノエ藁束みたい」


くぞ!!ッ 笛とシノブをみんなの所へ届け次第野太刀の追跡だッ」


 悠長に話している場合ではないので三次元的に駆け出して行った。

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