12 太陽の火

 結果から言ってしまえば、スッスが覚醒した。

 なんてことはない、前の2パーティーと同じ様に脅かした結果、スッスは普通に二人を守ろうと立ちはだかって来たのだ。普通にとは言っても、恐怖を押し殺しては居る様だが。


 そんな結果を僕自身求めていた筈なのに、前二組分の反応と顛末を知っていた為か、実際に立ち向かって来た姿を目の当たりにすると驚愕してしまった。この子スゲーわと。


 まだ僕の事を化け物だと勘違いしているスッスが、目覚めた力を手に飛び掛かって来る。


 そうして鳩尾へ真っ直ぐ差し出された刺突。その刀身を掌の甲で払って、手首を捕まえ刃を外へ逃がし、勢いが止まらずにタックルして来た体を受け止めた。


「ぼおぉぉ……すごいじゃないかぁ、師匠びっくり」


 僕が”師匠”と口にしたのと同時に、或いは背中を優しくトントンした時点で、スッスはバケモノの正体に気付いたらしく、激しい抵抗を見せていた肩から緊張が抜けた。


「っ そう言うとこっすよ、師匠」


「ほぉ? お前に僕が分かるのか!!」


「これまでとか、今ので大体分かった気がするっす」


 若干涙声になっているスッスに腹を貸し、落ち着くまで待った。


 恐らくはプライドもそれなりにあるスッスの痴態が守った二人に聞こえない様に。


 暫くして、一旦奥の院の縁側に集まった僕達は、覚醒したスッスの心刀を見せて貰える事になった。


「いやー、こうしてみると中々不思議っすね。本当に私も出せるんだーと言った感じで」


「心刀は?!」


「ちょっと待ってください、えーと……」


 ”どうやって呼び出せばいいっすか?”等と言って、此方を見上げて来るスッス。


「……分からぬ」


「あぁ出たっす」


「おぉッ」


 刀を乗せる様に掲げられていたスッスの両手の上に、日本刀が忽然と現れた。


「打刀だッ」


「分類があるんすか?」


「ある!!」


 ”へー……”とか言いつつ己の心刀を見下ろしていたスッスが、刀を此方へ差し出してくれた。


 縁側に腰掛けているスッス、その前で片膝付いて頭を下げ、心刀を恭しく受け取ってお礼を口にする。


「そこまでっすか……」


「そこまでなのだよ、なぁお前たちッ」


「え゙……」


「ぁ……」


 突然話しを振られた引っ込み思案ズが、しどろもどろに何かを言おうとして結局何も言えず、頷いたり顔を逸らしたりした。


 心刀に向き直る。


「ふむぅ……よく分からんが華がある拵えだぁ」


「拵えとは」


「鞘とか柄やらの刀身を納めている皮全体のことです」


 鞘は朱、漆塗なのか艶が強い質感をして、下緒は黒い物が巻かれ結ばれていた。


 柄巻と呼ばれる柄に巻かれた紐は黒で、その奥には朱に染まった鮫肌が見える。


 柄の両端に嵌まっている金物、縁頭は金で、鍔金具も金色をしていた。


 鮮やかな姿をしたスッスの心刀。


 鍔には何かの紋様っぽい透かしも入っているし、知識があれば更に深い所まで分かるんだろうが、残念ながら僕にはそれがなかった。


「僕にもう少し知識があれば、もっとお前を分かってやれたのに、くっ……これほど悔しいことはない」


「うわぁ……」


「小柄と笄はないのか……」


 忍者刀は無駄な装飾品を省くだろうから小柄(極小さな刃物)や笄(身嗜みを整える為の串)がないのは分かる。でも一般的な打刀拵えをしてるスッスの心刀にその二点がないのは少し引っ掛かった。


 もしかすると、心の刃はあくまで一本と言う事なのかも知れない。小柄があったら心が二つになっちゃうし。


「全体的に赤っぽいのは、スッスの魔力性質が火炎だからかも知れない」


「私の魔力に性質なんてあるんすか?」


 頷いて応えた。


「ある、他のみんなにも既にあるみたいだ」


「心刀の外見には魔力の性質が関係するんすか?」


「分からない、只の予想、逆にお前たちはそう言う知識何か知らないか?」


 スッスが肩を竦ませる。振り返ってみると此方を遠巻きにしていた他二名も首を振った。


 家畜だった者達に、要らない知識を態々与える筈も無いか。


 スッスの心刀に一礼入れて、刃を上にして刀を抜く。


「ん? なんだこれ……」


 刀身を一目見た瞬間、姿の不自然さに眉を潜めてしまう。


「どうかしたっすか?」


「いや、刀の反りが切っ先の方へやけに寄ってるなって……菖蒲造りっぽいけど、それにしたって反りが深い様な……」


 鞘から抜いた刀身のサイズ感は、やっぱり打刀位はある様に見える。


 となれば60cm以上の刀、でも打刀程度の長さで反りの中心が切っ先へ極端に寄っている刀なんて、僕程度の知識では心当たりがなかった。


 まぁ忍者刀もありの浪漫種族にそこまで正確な日本刀を求めること自体が間違っているのかも知れないけど。


 それに僕が知らないだけで、こう言った造り方の刀もあったのかも知れない。


 いや待て。


「刀身の横幅が根元よりも切っ先付近の方が広い、その切っ先も横手がなくて菖蒲造りにそっくり……これもしかしてっ」


「菖蒲造りはなんっすか?」


「刀を想像してみてくれ」


「……はい」


「その刀の先っぽ付近、刃先が急激なカーブを描いている所にさ、刃の面を区切る線が一本走ってない?」


「……良く見るっすね」


 スッスの心刀を彼女に見せる。


「ないだろう?」


「……ないっすね。先っぽまでぬるっと同じ面です」


「刃の先に入っている境界を横手って言って、そう言う打ち方の刀をしのぎ造りって言うんだ」


「横手が入ってなかったら菖蒲造り?」


「とも言い切れないけど、菖蒲造りの特徴として、しのぎがあるのに横手が入ってなくて、切っ先に近づくほどに刃が細くなって、鎬が切っ先まで続いてるってルールがあるんだ。その姿が菖蒲の葉っぱに似ているから菖蒲造りって名前になったんですなぁ」


「鎬はなんすか?」


「刀身の背中に沿って一段高くなっている面、それが鎬」


 ”これはどんな造りにみえる?”と尋ねてスッスの心刀を彼女自身に見える。


「……菖蒲造り、っぽいっすね」


「だろう? でも只の菖蒲造りにしては反りが深い、それに刀身の横幅も元より先幅が広くなっている、序でにこの短い樋の入り方……多分これ、薙刀直しだッ」


 ”薙刀直し?”と復唱するスッス。


「或いは薙刀直し造りだ!!」


「「「薙刀直し造り!?」」」


 僕は興奮を抑え切れないまま”あぁッ”と答えた。


「とんでもねーよ、こいつはよぉッ 薙刀直しは薙刀を刀に仕立て直した物、基本的に短刀か脇差になる。でもここにあるのは打刀だッ こいつは元々大薙刀だった可能性がある!! とんでもなく珍しい代物だぁ……!!!」


「は、はぁ……その薙刀はなんですか?」


「薙刀は長柄武器! 槍と刀の中間に位置する……とも言い切れないけどッ 切っ先が反った刃を長い柄に取り付けた、薙ぎ斬って使う武器なんだ! 大小の違いは刃の長さによって変わる! 大薙刀は野太刀の大太刀と遜色が無い程に大型の得物! コイツは元々そう言う存在だったかも知れない。すごくね???」


「そ、そうなんっすね……?」


「この薙刀直しを模して打たれた刀が薙刀直し造りィ! 仮にこの心刀が薙刀直し造りだったとしても、打刀で薙刀直し造りなんて中々打たない筈だから結局珍しい。こいつは、すごいぞ……」


 スッスに刀を振って良いか尋ねてみた。

 快諾を得られたので早速振ってみる。

 満足するまで数度振る。


「うん、良く分からん。重心が切っ先に寄ってるから振った手応えも大きく変わる気がしたんだけど……実際に何かを斬ってみないと……」


「師匠師匠」


「どしたー???ッ」


「どうしてそんなに心刀に詳しいんすか?」


 思わず半笑いで”いやいや”と言ってしまった。


「僕は別に詳しくないよ、僕の生まれ故郷じゃこれ位誰でも知ってる、男の子の教養みたいな物だからな。だから甘い知識で間違った事言ってたらごめんね?」


「はぁ……師匠は私たちのご先祖様か何かなんすかねぇ……?」


「うーん……あながち間違ってない解釈かも知れない。 刃文も乱刃がしっかり出てる、この波打ってる刃文は何て名前なんだ? 悔しいなぁ……幾つか名前を知っていても見定める目がない。刃文難しい」


 大変に満足が行った所で、スッスの両手に乗っていた鞘を貸して貰い、大変に素晴らしい御刀を鞘に納めて、心刀を彼女へ返した。


 そうして頭を下げた。


「ありがとう、ありがとう……良き物を見た」


「いやー、なんか照れるっすね、見せただけで其処まで感謝されると」


「今度茎も見せて下さい、或いは磨上げた跡が見られるかも知れない……」


「茎? あ、いいっす。また今度っすね?」


「む……」


 説明したい口になって居た所を止められてしまう。


 まぁ確かに、このままでは永遠にしゃべってしまう予感がするし、ここ等で抑えておくか。


「仮名は何か思いついてるか?」


「付けて欲しいっす」


「じゃあお前はひのえだ」


「丙はなんっすか?」


「火だ」


 赤い瞳に艶やかな黒髪を持ち、将来が楽しみになる美形な顔立ちをしたスッスが”此処まで引っ張って薙刀と関係ない?”とか何とか驚く。


「実際かなり迷った、けどヒノエの方が似合っている気がしました。それも只の火じゃないぞ、太陽の火だ。みんなを暖かく照らしてくれる、優しいお前にピッタリだ」


「私はお調子者なキャラじゃないっすよ?」


 肩を竦ませているスッスの頭上に掌を乗せた。


「広い視野を持っていると言う意味です。騒がしさだけが場を和ませる訳じゃない」


「……すか」


「よし、そろそろ戻るか、もうなんか今日は満足だっ このままみんなで宴会かぁ?」


「結局何人心刀が取り出せる様になったんすか?」


「……お前一人だったわ」


 どうしよ宴会とかしてる場合じゃない。


 早くみんなに覚醒して貰わないと、たらたらして居たら先行している子らとの実力差が、競わせられる範疇を超えてしまう。


 肝試しは精神的なハードルが高過ぎた様だし、何か新しい試練の方法を考えないと。


「……取り敢えずみんなと合流するか」


 各々返事を上げたり言葉に躓いたりしている子らと共に、薄ら暗い山道を降りて行った。

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