10 初めての試練1
見果てぬ樹海の一角に、ポツンと纏まって存在する神社仏閣の施設軍。その中に、周囲の施設から孤立して建った奥の院があった。
鬱蒼とした緑に囲まれた奥の院は、日中であろうと常に暗い影に覆われており、ひんやりとした森林の空気も手伝ってか、孤立した者を黙らせる程度には雰囲気がある場所になっている。
そんな施設に、山道を登ってやって来た二組の心刃がいた。お行儀が良い元気っ子と甘食モソモソだ。
奴らはやんちゃ派閥の中でも特に元気が良い二人だった。その内の一人である甘食モソモソは野太刀と同じで特に小柄な心刃だ、いや、或いは野太刀よりも小さいかも知れない。
まさか一番最初にこの奥の院を訪れる二人組が奴らになるとは……
でも考えてもみれば妥当かも知れない。
ぱっと見一番のやんちゃ者に見える野太刀は、いざグループを組めと言われたら、みんなから少し離れた所で状況を眺めて居そうな雰囲気があるし……いやあいつはそもそもこの試練をする必要がなかったか。
今はシノブと一緒に、精神統一によって魔力の感知能力を養いつつ魔力量の引き上げを図っている筈……奴が修行をサボって居なければ。
残ったやんちゃ派閥最後の刺客であるスッスも周りの様子を見てから動きそうな雰囲気があるし、消去法で、特別に好奇心が強そうな二人が惹かれ合って一番にやって来たのは、考えてもみれば当然かも知れない。
しかし元気な筈の二人は驚くほどにだんまりを決め込んでいた。
心細いのか手を繋いで移動する彼女たちは、この奥の院の、ひいては奥の院へ至る山道の雰囲気に当てられてしまった様で、ただの気弱な少女みてーな雰囲気を醸し出していた。
歩くスピードもやたらと遅い。
互いが互いに手を引き確認を取り合って、一歩ずつ交互に進むかの様なとろさだ。
身を寄せ合って移動するその姿は、ちょっと物音を立てるだけで泣いてしまいそうにも見えた。
「く、く、く……」
これは面白い物が見れそうだ。
恐らくスタート地点に居た頃は何だかんだで楽し気にしていたのだろう二人。
そのまま意気揚々と山道へ繰り出したは良い物の、時が立つほどに怖くなって来て、二進も三進も行かなくなってしまった光景が目に浮かぶ様だった。
そんな二人に覚醒あれと願いつつ、木々の影から彼女らを伺っていた僕は、木々の闇へと消えて行った。
悪役みたいにくつくつとした忍び笑いを漏らしながら――
――床のきしむ音が立った。
長い時間を要して漸く奥の院に脚を踏み入れた二人組が、暗い廊下を軋ませながら、目的の物を探して奥の院を探険していた。
その様子を精密な魔力感知で鮮明に観察して行く。
そのまま融着してしまうんじゃないかと思う位に身を寄せ合っている彼女らは、甘食モソモソが声を出せば”うっーーーッ”と鳴りそうなにっがい顔を浮かべて居り、元気っ子に至っては既に若干泣いていた。
元気っ子はもう帰りたそうだ。
しかし甘食モソモソよりも年長(恐らく)の自覚が、彼女をギリギリの所で踏み止まらせているのか、何とか逃げ出さずに探索を進められている様子。
元気っ子の中身は弱虫なのかも知れない、この子も覚醒まで時間が掛かりそうだ。
気付けば簡単には施設から出られない位に奥の院の奥までやって来ていた二人、其々の度胸も大体分かったし、そろそろ狩るか……?
とか、そんな事を思っている僕が、彼女たちの直ぐ背後で奥の院を共に捜索している事に、二人は何時になったら気付くのだろうか?
ちょっとずつ、ちょっとずつ、二人の足音に重ねていた足音をずらして、第三者の存在を匂わせて行く。
そうしてどれ位経っただろうか? 甘食モソモソがふと疑問を覚えた気配を見せると、そのまま少し歩んだ先で、急に立ち止まってしまったのだ。
急に動かなくなった相方を不審げに確かめる元気っ子、そんな彼女はもう取り繕えない位にグズっていた。
そうして甘食モソモソが震えていた事に気付くと、蚊の鳴く様な声で”大丈夫?””何かあった?”と尋ね始める。
何も言えない甘食モソモソは俯き、泣きそうになっていた。そりゃ怖くて言えないだろう。後ろに誰かが立っているかも知れないなんて。
そんなモソモソの姿から何かを感じ取ったのか、元気っ子の様子も可笑しくなって行き、黙して震える幼子と、荒れ掛けた息を必死に抑えている少女を取り巻く辺り一帯に、心臓が冷たく鼓動する様な緊張感が蟠って行く。
いい加減と背後に何かが居る可能性を感じ取った元気っ子が、後ろを確かめるそぶりをして失敗し、後ろを確かめる素振りを繰り返して失敗している。
その末に元気っ子は必死に、しかし静かに何度もモソモソの腕を引くと、仕切に耳元で”いこ?”と訴えた。
此処で僕も仲間に入って”いいよ”とでも囁いてやろうかと思ったが、此処はスルーしておく。
甘食モソモソは何とかかんとか頷くと、元気っ子に引っ張られる様にして、二人で一歩踏み出した。
その後に僕も一歩踏み出す。
「…………」
「…………」
「…………」
”ふ……ふ、ふッ”と、段々とエンジンが温まる様にして息を荒らした元気っ子が、突然悲鳴を上げて飛び出した。
慌ててその後を追おうとした甘食が転んで額を打ち、”んあっーーーーーーーー!!!”とか泣き叫びながら廊下を駆けて行く。
だから僕は追ったッ それはもう四足獣の様に四肢を駆け回してドタドタと二人を追った。
明確に第三者が居る事を確信した少女らの悲鳴がまた一段と高くなる。僕は叫ばずには居られなかった。
「ぼぉおぉおお!! ぼらぁッ 早ぐ守っでぇッ どぢらかがどぢらがを守っでぇ!!!」
恐怖に駆られた少女らが背後を確かめる。
そして彼女たちは見る事となる。二つの下半身を上下に繋ぎ合わせた様な物体が、四足獣の様に駆けて追い掛けて来る光景を。
少女ら叫ぶ、叫びまくる。
調子を良くした僕は二足で立ち上がった。そんな程度でも叫ぶ少女ら目掛けて、上の下半身をクネクネ揺らしながら猛然と二人を追い掛けて行く。
僕がどれだけ守る様に訴えても、二人は互いを気遣うことなく、斜面を転がり落ちる石の様に、蜘蛛の子を散らす様に、奥の院から脱出して山道を駆け下りて行った。
僕と言う怪物は奥の院から出られない設定を自らに課している為、逃げ去っていく二人を見守る事しか出来なかった。
両手に嵌めていた下駄を落として、頭から被っていた袴を脱ぐ。
「ふぅ……一組目はどちらも覚醒成らず、か……よし次だッ」
次なる挑戦者を求めて、僕は奥の院の闇へと還って行った。
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