08 心刃の隠れ里

 枝葉がそよぐ音がした。

 黄葉した樹海の中で、修学旅行に来たちびっ子達の様に並んで座った少女たちが、東方の趣を感じさせる巨大な山門を前にしていた。


「っと、言う事でッ 此方がお前たちの新しい根城になりますッ」


 門の向こうに広がる神社仏閣の施設群。その大自然と調和した景観を指で差し示し、主張した。


 一人の心刃が”はいッ”と元気に挙手する。


「うむ、そのお行儀の良さに免じて発言を許そう。なんだね?」


「ここは何処ですかっ」


「仙境。怖い精霊野郎が住んでる秘密基地みたいな場所です。普通の人じゃまず見つけられないんだぞ?」


 気弱そうな心刃が”怖い精霊……”と呟く。


「心配は要らぬ、僕が予め和解しといたから、今は改心……とかじゃないけど困った事はしないよ、多分」


 ”多分って言いました”と、誰かが誰かに報告している。


 しかしなんだろう? 連れ帰れた人数が思いのほか多くて、心刃らの顔が全く覚えられないな……


 予想では片手の指で足りる程度の人数になると思っていたのに、何だかんだで9人もの心刃がいた。


 120年もの間見つからなかった割りに、見つかったら見つかったで一気に現れ過ぎな感が否めない。


「はいはいっ」


「はい引き続きお行儀が良いお主」


「どうやって見つからない場所を見付けたんですかっ」


「ふむ、お主は中々目敏い奴だな。でもそのお話はまた今度、仙境編のお話しはすごく長いから」


「どれくらい長い?」


「ざっと80年余り」


 お行儀の良い子がカッと目を見開いて動揺を露わにした。


 先に目を離した方が負けを認めた事になる獣文化の住人みたいに、今の今まで此方をじっーーと見ていた子が手を上げる。


「なんで助けた?」


「助けた訳じゃないぞ? 心刃って人種がかっこよくて好きだから、僕の為に連れ帰ったんだ」


「自己満足」


「そうだ。お前たちは心に刃を飼っているんだろう?」


 じっと見て来る系少女の手の中に刀が出現する。


「そうそう其れがかっこいいからって言うかデッッカ!?」


 じっと見て来る系少女が取り出した刀は、野太刀の様に長くて、鞘に収まっている状態でも刀身の幅が広い事が分かる太刀だった。


「お前それ、えぇ゙……見かけによらず豪気な心刀……」


 自重で傾いた大太刀を両手で掴み直した少女が、掴んだ太刀の重さに振り回されている。


 彼女はビックな心の持ち主の様だったが、肉体的にはまだ少女相応の力しか持たない様だった。


 刀の重さに耐えきれず”うわー……”とか言って倒れている少女。


 取り敢えずあの子の今後には注目しとこう、得物は使い難そうだけど雰囲気的に頭角を現す予感しかしない。


「……で、仙境へ連れ帰った目的だけど、僕はお前たちに心刃の誇りを持って生きて貰いたいんだ。その為に環境を用意した、そして奪われない為の力を与える準備もある」


「誇りってなんだ」


「難しいこと聞くなぁお前、お前のそのでっけー刀だよ、そのかっこいい刀に釣り合う自分になりたくないか? 強く逞しくなって、自分の処遇を自分で決められる人生を歩みたくないか?」


「歩みたい気もする」


 僕は腕を組んで大きく頷いた。


「そんな感じで、自分で自分を守って支えられる力とか姿が、誇りって言うんだと思う、多分」


 ”力、どうやってくれるんですか”と発言してみた物の、それで注目が集まったのを恥ずかしがる様に声が小さくなって行く子が訪ねて来た。


「僕がお前たちに修行を付ける。抗う力が必要になった時の為に戦い方を教えるんだ。それに折角かっこいい心を持ってるのに上手に扱えないなんて勿体ないだろう?」


「心を……」


「お前たちはまだ幼い、暫くは僕の方針に付いて来て貰う。けど、その後は修行や戦いに関わる物事にしか干渉しなくなるから、それ以外はお前たちで決めてくれ」


「自由なのか」


「おう、とは言え仙境で仲良くやって行くための最低限のルールは守って貰う、でも、このルールも時代や状況に合わなくなったと判断すれば変えて貰って構わない。生き方はお前たちで決めろ、この仙境が心刃族の帰る故郷になるんだ。帰る場所に成る様に築いて行くんだ、今日からお前たちが」


 と言って門の向こう側を指差すが、心刃たちの反応が薄い。


 不安を覚えて振り返ってみると、半数位の心刃がぽかんとした顔で此方を見ていた。


 何だろう……ちょっと不安を覚える反応だな。


 ”ワクワクするだろう?”と尋ねてみると、漸く頷いてくれた心刃たち。


 まぁ彼女たちの境遇を思えば、いきなりこんな状況に立たされてもピンと来ないだろうし、反応が薄くなるのは仕方ないのかも知れない。


 切り替えて心刃たちに向き直る。


「じゃあ、目前の大きな目標として、グループ分けの試合に備えて互いに切磋琢磨しよう、試合までの修行期限は三月だ」


 ”グループ分け……?””なんですか?””はいっ”とか、隣に尋ねたり首を捻ったり元気に挙手したり、各々が其々の反応を見せている心刃たち。


「どうどう落ち着け者どもよ、説明はまだ終わってない。グループ分けはお前たちの修行相手を決める行事だ、今後お前たちには三か月に一度試合をして貰う、その際の順位に応じて、上から順に二人組のグループを組む、そうして次の試合までの間、相手が必要な修行をする際実力が近い者同士で修行を行って貰う」


 三名の心刃が一斉に挙手する。

 誰を当てようか迷ったが……此処は野太刀のインパクトがでかかった、じっと見て来る系心刃を当てた。


「何だね」


「一人炙れる」


「そこを指摘してしまうか……」


 出来る事ならぼかしておきたかったその説明、しかし聞かれたとあっちゃ説明をする他なかった。


「あぶれた子は……先生と組んで訓練ですッ」


 火の玉ストレートで言ってしまった。

 今から未来が見える様だ。一人だけみんなの輪に入れず隅の方で寂し気にしている心刃に”先生と一緒にしよっか?”と優しく声掛け気を使っている己が姿が。


 心刃たちもそんな未来が直観できてしまったのか、ふとした様子で黙ってしまって、互いに互いを見合っている。


 でも残酷な話しをしてしまえば、炙れ者が出る状況は強く成る上では良い環境だった。


 みんな炙れ者にはなりたくないだろう、その心が焦りを生んで、彼女たちの修行の質を高めてくれる筈だ。


 生真面目そうな子が”先生”と挙手する。


「はいなんでしょうか?」


「グループ分けは”実力が近い者同士”で行われるんですよね?」


「うむ、その通りだ」


 ふとした様子で考える仕草を見せる幾人かの心刃、そんなに考える事があっただろうか?


「日々の予定も伝えて置くか。まず朝起きたら掃除、後に朝食、そしたら修行ッ 昼頃飯と座学、したら夜まで修行ッ 風呂とか夕食とか諸々夜のごたごたが終わったら虚無時間後に就寝です。ただし七日に二度連続で座学は無しの日を作ります。勉強は面倒だものね? 分かったかい?」


 頷いたり頷いていなかったりする心刃たち。


「よし、一番大事な説明も済んだな? 寧ろ修行以外どうでも良いまではある。取り敢えずはお前たちが生活を送る部屋を紹介するから、それが終わったら早速修行をしよう。座学とかなんかややこしくて大切なのは全部修行に慣れてからの後日追々だッ」


 心刃たちに”立て立て”とジェスチャーで伝え、彼女たちを率いて門を潜って行く。


「あと、今後僕の事は師匠と呼ぶ様に」


 はいと返事をしたお行儀が良い子を褒めると、他の心刃たちも疎らに返事を上げて行った。

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