07 120年越しの宿願
東部列島から更に北東へ上がった先にある小さな島国、そこで心刃の飼育と心刀の出荷が行われているのを知ったのは、仙境から脱出して20年余りの時が流れた後だった。
心刀、それは心刃の精神によって形作られる刃の名前だ。
過去を紐解けば、そもそも心刃と言う人種はこの世界に存在していなかったらしい。
そのルーツを何度辿ろうとしても、とある時期を境に、痕跡がパタリとなくなる心刃は、知に深い種族の間では転生者が生み出したイレギュラーな生命と考えるのが定説の様だった。
そう、この世界には僕以外にも転生者がいた。
転生者は稀に現れる存在として、一部の種の間で周知されている様だ。
そうした転生者の中には、魔導が存在するこの世界の価値観から見ても、不可思議な力を持って生まれる者が稀に居るらしい。
何処かの国の歴史では、転生者の干渉によって新しい種が作られた記録も残っていた。
とは言っても、その歴史を持つ国の中では、転生者が神として崇められていたが。
それらの前提を知って改めて考えると、心刃は如何にもあちら側の人間が考えそうな設定をしている事が分かる。
今に思えば、野郎が”孕ませる”と言った時からヒントはあった様に思うが、世界を渡り、調べて知った心刃は、日本の男子が思いつきそうな設定を随所に織り込まれた人種だったのだ。
心刃、心の在り方を刃に変えて戦う人間。
その刃は日本刀の形を象って居り、おまけに心刃は、女性しか存在しない種族だった。
曰く心刃の子は必ず心刃として生まれる。
曰く心刃は一日に一度異性と接触しなければ心身の健康を保てなくなる。
曰く心刃は十代後半の若々しい姿から老ける事がない。
曰く心刃は、心刀が失われない限り永遠に近い命を得る。
僕の考えた最強、こんなヒロインが欲しい、そんな思いがにじみ出る様な人種的特徴を持った心刃は、きっと想像通りな考えの元に作り出された新種の人類だったのだろう。
国も定住も持たないさすらいの民の筈だ。何時か世界の片隅で、忽然と湧いて誕生した彼女たちに、そんな物は始めからなかったのだから。
「ここかぁ……」
実際に訪れた例の島国は、国と言うのもおこがましい面積しかない孤島で、人の魔力が極端に少ない所だった。
しかしそれは仕方がない話しかも知れない。この場所は一見様お断りの孤島なのだから。
この島は地図から抹消されており、心刃を飼育する為だけに機能している場所で、特別な資格を持った者しか渡る事が出来ない。
今の時代、心刃を知る者は稀だろう。
彼女達は既に絶滅した種と考えられており、多くの人々の記憶から失われる程の時が流れている。
しかしだからこそ、その市場価値には計り知れない物があった。
魔導理論が開花し常識が大きく変動した時代、心刀産業は廃れ、心刃は消えた。
そうして一度は必要とされなくなった骨董品は、時代の流れと共に、美術品としての希少性を高めた。
今の世に言う心刀産業とは、極々一部の富裕層をターゲットにした高利な商売だった。
そのイメージを保つ為に隠蔽された飼育場、需要と供給をコントロールする為に作られた環境、そうして作られた価値を所持するこの上ないステータス。
心刀は一部の界隈が箔を得る為に重宝している”権威や力の象徴としての品”に成り下がっている。
こんなに悲しい事は無かった。
その刃は立ちはだかる困難を切り払う為にあった筈だ、その勇気が形を成した設定だった筈だ。
ケースに飾られて人の見世物になる命では決して無い。
森を進んだ先にあった、欠けや綻びが覗く施設。この場所に島にいる人の殆どの魔力が集まって居た。
そのこじんまりとした施設の外見は、高級品が作られている場所にはとてもじゃないけど見えなかった、でも案外、作る場所は何処もこんな感じなのかも知れない。
飾って価値を演出するのは売る場所で、例え希少な物を扱っていたとしても、作る場所は意外と薄汚れている物なのかも知れない。
施設に入ると、壁に潜んでいた子供程度の魔力が襲い掛かって来た。
「やぁッ」
半歩足を引いて体を開き、少女の突撃を避けて、武器を真っ直ぐ振り下ろした少女の手をキャッチする。
冗談みたいな掛け声と共に振り下ろされた武器は、僕が良く知る刀と全く同じ外見をしていた。
「おぉッ 本当に日本刀だッ」
つまりこの子が心刃の様だった。
掴んだ手首を捻り上げて日本刀を奪い取る、すると手の中にあった心刀が霞か幻の様に忽然と消えてしまった。
「なるほどこんな感じなのか……」
「ぅっ」
恐れる様に顔を引き攣らせた少女が、大きく後退しながら、虚空へ忽然と現れた日本刀を掴み直す。
その刀は鞘までしっかり存在する完璧な日本刀だった。
「うわその刀めっちゃ欲しい……いやダメだダメだ、人のを奪っちゃ」
少女が刀を抜いて、その切っ先を此方へ向けて来る。
差し向けられた刃の先は、恐れる様に細かく震えていた。
取り敢えずは少女を怖がらせない為に、両手を掲げて”まぁまぁ”と示す。
ちょっと落ち着きなさいよと、話しをしようじゃありませんかと。
「僕は敵じゃない、お前はこの島に居ると何時か殺されると思うんだ、だからさ、仲間を連れてこの島を出て行かないか? 隠れ住む事が出来る良い場所も知っているんだ」
「っ わ、私は殺されないっ」
「?」
「この島から、出て行けーッ」
”たやっーーーッ”とか気合を入れて突っ込んで来た心刃の少女。
此方の胸を真っ直ぐ貫こうとして来るのが怖いから、間合いへ入られてしまう前に施設の外へ逃げ延びて行く。
「待てッ 逃げるなっーーーッ」
「嫌だって怖いしッ」
どう言う事だ? なんか想像してた反応と大分違う。
もっと何と言うか、主人公がぼろぼろの獣人奴隷に手を差し伸べる時の様な光景をイメージしてたんだけど、何故かガチで刺されに来ていたこの状況。
「変な目の奴待てーっ どうやってこの島に来たっ」
「変な目って言うなよッ 大人だって傷つくんだぞ?」
「死ねぇええええッ」
「聞いちゃいないし……」
もしかしてだけど、この島は心刃の管理を心刃に任せて居たりするのだろうか?
殺さない……基心刀を奪わない事を条件に、心刃の中で支配層と管理対象を分ける事で、心刃が率先して従う様に仕向けているのかも知れない。
あながち間違った予想ではなさそうだった。
同じような事をして来た歴史を両方の世界で知っているし、世界が変わっても人間は人間だった、何処も思いつく事は大差ない様に思える。
「……もしかしてお前って、仲間を監視したり管理する立場なの?」
「だったらなんだ」
少女の背後で地面を一歩踏みしめて、血のりを振り払った曲刀を鞘へ納める。
「ごめんね、お前は手遅れそうだ」
過去、海を渡って侵略して来た者達から、奴隷として長く虐げられてきた民族が居たらしい。
その民族は革命を切っ掛けに一国の主となった。結果彼らの国では圧政が布かれ、過激な差別が横行した。
過去奴隷として虐げられてきた者達は、己が上の立場になった途端に、今度は同族間で支配階級と隷属階級を構築し直し、嘗ての主人の真似事をする様にして不自由に生きる事を選んでしまった。
認めがたい事実だけど、差別が認められてきた文化で差別を無くそうとしても、新しい差別を生み出してしまうし。
虐げられてきた環境で育った者が環境を作れる立場になっても、その多くが虐げる社会構造を構築する結果を残してしまう。
そんな歴史を、本当に、いやと言う程知っている。
彼女は見た目的には十代そこそこに見えるが、僕と同じで長く生きて来た者なのだろう。
人が変われる何てのは生ぬるい幻想でしかない、ある程度育ってしまった者の根っこにある価値観はもう変わらない。
彼女の身と心にはもはや変えようのない”欲しくない文化”の価値観が刻まれている。僕がこれから作ろうとする環境において、彼女は毒にしかならなかった。
しかし或いは、彼女は極少数の成熟した後でも変われる人間になれるかも知れない。
でも、組織の基礎を作っている段階で、後から毒は入れていた事に気付いても全てが遅い。
極少ない可能性に賭けて博打を打つ情け深さは、もはや優しさでもなんでもなかった。
「向かって来る者は全員斬った方が良さそうだな」
改めて施設に入って行く。
感知した魔力の動き的に、魔力感知出来る者は少数で、報告や連絡の指揮系統もまるで機能してない様だった。
余りにも杜撰な警備体制、裏を返せばこの島は、これまで外部の脅威に全く晒されて来なかったのだろう。
それだけ上手く隠し通して来た誰かの手腕に関心してしまう。
しかしそれも今日までの話し。
何も僕は正義感に駆られて行動を起こしている訳では無かったが、個人的にこの島のやり方が超絶気に入らないから、今日を以てこの島の心刀業は終わりだった。
法なんて物は知ったことじゃない。
仕組みを作る側の都合に合わせた理屈は、世の中が力で従わされている証明でしかなかった。
なら僕の力と競い合わせて、どちらが正しいことになるのかを試す所業を、非難される謂れは欠片もない。
道徳は結局の所、誰かが作った法の元でしか築かれないのだから。
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