06 生き急ぐエルフの話し

 正面に見える広い泉を眺める。

 色々な謎の用具が運び込まれ、地面や幹に変な目印が刻まれて、争った跡も目立つ様になった泉の畔。


 気付けば此処も、僕達の訓練場としてすっかり私物化されていた。


 今更だけど誰かに怒られないか心配になってくる。


 木とか倒れてる所もあるし、あれは流石に見る人が見れば何かしらの問題になりそうだった。


「……あの折れた木隠蔽しない?」


「あれは私の家の物だぞ」


「………………」


 どうしよう、冷や汗出て来た。


「今更気にする事でも無いだろう。お前の無茶は何時もの事だ」


「そんな軽い判断で良いの?」


「家屋として利用出来るサイズでも無いからな、でも謝れ」


「ごめんなさい」


 後日改めてお菓子とか持って謝りに行こう……


 と言うか改めて思うけど、無茶苦茶な僕に良く付き合って居られるよなこの男。


 前世の記憶もあってか、ファンタジーな世界観がまかり通っているこの世界で、ゲームするみたいに己の育成を楽しめている僕と違って、奴はファンタジーな理屈が当たり前の状態で生まれた人生一度目の遊びたい盛りの筈だ。


 そんな子供が何故トレーニング狂の日常に付いて来れるのか、真面目に意味が分からなかった。


「……お前ってどうして僕と友達になろうと思ったの? ほら、僕ってこんなだし、半分ダークエルフだし」


「別に友達になろうとしていた訳じゃない」


「…………」


 マジか……何故だ? 付き纏って来る野郎を迷惑がっていた筈なのに、地味にショックを受けている己がいる。


「我が家の持ち木に怪しい奴が忍び込んで居たから監視をしていたまでだ」


「……もしかして虚で修行してる所、結構前から監視してたとか?」


 野郎は頷いた。

 どうしよう、一人だと思って恥ずかしい独り言を沢山呟いていた気がする。


 知らぬ間に黒歴史を作っていた実感を今更覚えてしまう。


「見ない髪の色をしていたからな、お父様やお母様に聞けばそれはダークエルフの特徴だと話していた。私はダークエルフの部落と私達の集落が小競り合いを繰り返している事を聞いていた、だからこそ、ダークエルフのお前が悪さをしない様に監視していた訳だ」


「うわぁ……すごい偏見で敵視されてるじゃん」


「お前は魔導でばちばちに争いたいとも言っていたな」


「…………」


 言ってたかも。

 なんか獣みたいに威嚇した覚えもあるわ。


 やたら戦う方法を思案していたし、最強とかなんとか呟いて居ただろうし、今に思えば疑いが深まる様な言動ばかりしていた様な気がしてくる。


「ダークエルフは野蛮で好戦的だ。強く成る事に貪欲で、放っておくと何をしでかすか分からないと理解した」


「理解してしまったか……」


「だから私も強く成ろうと思った。父様母様は気にする必要がないと言って、子供であるお前を侮っている様だったが、お前の野蛮さを知る私は安心が出来なかった」


「だからって僕の隣で修行するなよ……すごく迷惑だったんだぞ」


「お前が強く成ろうとする限り私も強く成ろうとする、すると年下のお前は一生私に敵わない訳だ。理に適っているだろう」


 高々数年のリードに対する信頼が厚過ぎた。


「しかし今では認識を改めた」


「おーん?」


「お前がダークエルフだから野蛮で好戦的だった訳じゃない、お前が個人的に危ない人間だっただけだ、その事に私は気が付いたのだ」


「………………」


 薄々自覚はしていたつもりだったけど、面と向かってヤバイ人間って言われるとやっぱ心に来る物があるな。


「そして友達になって良かったとも思っている」


 結局友達として認識してるのか、ややこしい奴だな。


「修行を重ねて強く成った結果、お父様とお母様は前よりも褒めてくれる様になった。私は自慢の息子なんだ」


「……そう」


「お前は変わっている。私の知る人は皆ゆとりを持って生きている気がする、お前の様に活発に動き続けている者は見ない。お前と行動を共にする様になって、父様と母様は焦らなくて良いと心配してくる事も増えた。気付けば私も可笑しな森人だ」


「ふーん」


 僕の父も同じような事を言っていたのを思い出した。


 只の人間の時間間隔で動いている僕の姿は、寿命がアホ程長いエルフからすれば忙しないのかもしれない。


「励む姿は悩みを抱えている様に見えるらしい。何かに囚われ、焦っている様だと」


「実際僕が悪い事しないか気が気じゃなかったもんなぁ」


 ”ふん”とか何とかニヒルな感じで失笑する女男。


「今なら100%の確率でお前を捕える事が出来る」


「今でもワンチャン暴れると思ってるのかよ……でも負けたじゃん」


「私は訓練の為に近距離で戦ってやったんだ、あんな物は全力じゃない」


「…………」


 何時かその自信をへし折ってやる。


「そう言えば知っているか?」


「何をだよ」


「お前が気に入っているその曲刀、実在するらしいぞ」


「……え゙!?」


 思わず野郎を二度見してしまった。

 ”詳しくッ”と尋ねるとちょっと得意げにドヤる野郎。


「良いから速く教えろくださいっ」


「本当にお前は忙しないな。とは言ってもその刀は……かなり特殊なんだ、何でも生きた武器らしい」


「……どう言うこと?」


「うん……心刃しんじん族と呼ばれる者達がいるらしい、その者達は精神の形を刃として具現化出来るそうだ。その刃の形状が、お前が普段話している武器の特徴に酷似しているらしい」


「それ確かな情報なの? 何処から知った?」


「お爺ちゃんが心当たりがあると言って教えてくれた」


 心の刃? 何だよその設定かっこ良すぎかよ。


 と言うかこの野郎、お爺だけは様じゃなくてちゃん呼びなんだな。さてはおじいちゃんっ子か?


「ちゃん、か……」


「……お爺様は同時に可哀そうな者達とも言っていた」


「どう言う事?」


「心刃の人々が具現化する刃はとても強いらしい、だから、これを求める人が沢山いる様なんだ。心の刃は特殊な工程を踏む事で心刃から分離出来る様だ、そうして取り出した武器を売りさばく者があるらしい」


「……ふーん、で、何処に行けば会える人たちなの?」


「お前……」


 僕を見下ろして来た野郎は、何故かドン引いた目をしていた。


 僕は思わず首を振ってしまう。違う違うと、別に人から奪ってまで刀を握りたい訳ではないのだと。


 ただ、既に取り出された物を偶然入手してしまったのなら、それは仕方がないと言う話しなのではないだろうか???


 もう取り出されてしまった以上は、せめて大切に扱うべきと言う話しになるのかも知れない気がする。


「ダメだぞ」


「何がだよ、お前は恐らく僕を勘違いしているぞ」


「心刃の人たちは刃を奪われると考える力を失ってしまうらしい。そうした者達は子供を孕まされ、完全に価値が無くなると捨てられるんだ。そうやって家畜の様に飼育されて商売の道具にされている人たちなんだ、可哀そうだと思わないのか? 刀を買ったらお前も同罪だぞ」


「…………そう」


「心刃族は国も定住も持たないさすらいの民で、今生きている心刃族の人々は、その全てが家畜化された者達だと言われているらしい。お爺様が外の世界を見て回ったのはもうずっと昔の事なんだ。だから本当に、今ではもう」


「…………」


「彼らは僕達と同じ人間なのに、生きた道具として扱われているんだ。こんな商売に加担しちゃダメだ」


 野郎の話しで何となく察してしまう。恐らくこの世界は、多くの土地で奴隷制が認められている世界観なのだろう。


 でなければ人間の家畜化なんて、人の社会が許す状況とは思えなかった。


 僕は異なる世界に転生したのだ。一つの世界の、一つの国しか知らない狭い価値観で、奴隷制の善悪を決めつける様な未熟さを覗かせるつもりはないけど、でもやっぱり心が痛んでしまうのだけはどうしようもなかった。


「私たちも他人事じゃない。生まれながらに魔導の素養が高い私たちは、強い子を作る道具として外の人間に狙われる事があるそうだ。お前も誇りある森人の一員なら、野蛮な人々の片棒を担ぐ様な事はするなよ」


「……うん」


 どうやらこの世界にも日本刀に似た武器は存在した様だ。


 けれどもそれは、絶対に握ってはいけない武器の様だった――



 ――それでもやっぱり、夢は捨てきれなかった。


「本当に行くのか?」


 何かを言いたげに尋ねて来た野郎に”うん”と頷いて答えた。


 改めて向かい合ってみると、昔より精悍な顔つきになっていた野郎、背丈もぐんと伸びたその姿は、其処ら辺をほっつき歩いている若い大人と大差ない見た目年齢に育っている。


 育ったのは野郎だけじゃない、気付けば僕も14歳になっていた。


 まだ朝霧も晴れてない早朝に、僕は十年余り世話になった集落から旅立とうとしていた。


 無論父には内緒だ、滅茶苦茶反対されたから。


「……少し、焦り過ぎなんじゃないのか」


「どうでもいいから結界すり抜けるの手伝ってくれよ、旅立ちは時間との勝負なんだぞ」


「それは逃亡の間違いだろう」


 思わず顔を逸らしてしまった。


「私達は期待されているんだ。きっと将来、この集落を背負うことになる」


「それ将来的に争う奴じゃないの? リーダーは二人も要らないだろう」


「……出自で何か、嫌なことでも言われたのか?」


「そんなんじゃない。もうずっと話していただろう、僕は心刃族を探しに行くんだ」


「…………」


 何も言わない野郎の胸を小突いた。

 なんか気付けば僕より圧倒的に背が伸びてくれちゃった野郎の胸板を。


「心に刃を飼ってるんだぜ? そんなにカッコいい人たちを見捨てておけるかよ、だから掬い上げて居場所を作るんだ」


「……只の良い訳だろう」


「実益半分義侠心半分、道ってそうやって見つけて行く物だろう?」


「キバさんはどうする。お前が居なくなると一人に成るんだぞ」


「うーん……」


 それを言われちゃ何も言い返せなかった。


「たまには帰って来るよ。それにさ、お前のじいちゃんの世代で心刃族って既に家畜化された者しか居なくなってたんだろう? それから技術も発展して、魔導一強の時代で、近接武器がどれだけの価値になるって言うんだ。心刀は骨董品の類で、その売買はすっかり廃れた商売なのかも知れない。要らなくなった家畜は処分されるだけだ、そして心刃族の話しはお前のじいちゃんしか知らなかった。もしかすると心刃族は、もう絶滅しているのかも知れない。或いはしそうなのかも知れない」


「……でもそうと決まった訳じゃないだろう。どこかで細々と、人知れず暮らしているかも知れない。お前の助けなんて要らないかも知れない……」


「エルフの人生は長い、何処かで決断しないと、気付いた頃には100年経ってたなんて事もあるかも知れない。僕は余り此処の生活に染まりたくないんだ。急がないといけない物があるなら尚更に、だから僕は此処で決断するよ」


「…………」


 何時の間にやら俯いてしまっていた野郎が面を上げた。


 そうして集落全体を囲う魔導結界が感知出来る方へ向き直って、結界に干渉し、人ひとりが通れる分の穴を開け始める。


「森には魔導士対策のブービートラップも張り巡らされている、ぬかるなよ」


「そんな物に引っかかる訳ないだろう? 物理的な手段は僕の専売特許だぞ」


 野郎のGOサインが出た瞬間結界の穴を潜り抜けた。


 後ろには振り返らず駆け抜ける。

 ボロの木刀を片手に、寄せ集めの荷物を肩に担いで、まだ見ぬ広い世界を目指して故郷の森を掻い潜って行く。


 きっとその先に、僕の追い求める理想がある事を信じて。

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