05 じっ才とも成れば其れなりに動けるのが異世界基準です
長く細く削り出された棍、その切っ先が胴を目掛けて突き出された瞬間に、体を半身開いて手にしていた木刀を薙ぎ払った。
木刀で弾かれた棍の狙いが外側へ大きく反れる。
弾かれた棍に引っ張られる形で、棍を握っていた野郎の体勢が崩れた隙を狙って、互いの距離を一気に詰めに掛かる。
しかし早々容易くは近付かせて貰えなかった。
突如として感知した魔力の乱れ、その出所を追って視線を下げると、何もない所から現れ急速的に膨張して行く複数の水滴が、野郎の足元で横並びに生じているのが見えた。
瞬く合間に膨れ上がった水の塊が弾け、水の槍となって腰元へと迫って来る。
突然進行を阻んで来た水槍の馬防柵、出来る事なら地面から足を離したくなかったが、やむを得ず飛んで卑怯技を回避する。
それは咄嗟の回避を求められる状況だった。
真っ直ぐ前へ駆け寄っていた状態から、その慣性を殺して避ける余裕なんてなかった。結果前へ飛ぶ他に取れる行動がなくなってしまう。
仕切り直しなんて許されない状況を前にして、木刀を強く構え直し、野郎目掛けて刀の間合いへと飛び入って行く。
しかしその突撃も上手くは通らなかった。強い衝撃で体を横殴りに打たれた為に。
空中へ誘い出され、方向転換も効かなくなった体が、狙い済ました様に放たれた極太の放水によって打ち飛ばされてしまったのだ。
飛ばされた体が泉の上を水切り石みたいに跳ね飛んで行く。
視界は洗濯機にぶち込まれた様に滅茶苦茶に乱れていた。
そうして泉を横断した先の岸付近で漸く止まった体。
「ぅ、目が……」
「くっふははははッ どうしたどうしたキバの倅のぉッ」
「ぅッ うるさっ――――――いッ その卑怯コンボ禁止ッ 絶対近づけないじゃないか」
「貧弱な武器を握ったお前が悪い」
「!?」
「ふん、接近戦の練度を上げる為に態々近距離で競ってやっているんだ、もう少しは踊って見せろ」
や、野郎……絶対に許さない。
大きな泉をせっせと回り込んで野郎の元まで戻って行く、そしてそのまま野郎目掛けて突っ込んだ。
「成敗ッ」
「やれる物ならなぁッ」
野郎が下段に構えた棍で僕の足元を牽制し、接近を許してくれない。
地味だけど確実に強い行動ばかりをとって来る野郎は、何時の間にやら僕の天敵の様な存在になってしまっていた。
浪漫度外しで強い手段ばかりを優先する輩に育ってしまっていた。
「くッ 浪漫知らずめッ」
「浪漫で勝てれば理屈は要らないッ」
足元つっつき槍野郎が余りにもウザくて、棍の先を踏み抑えに掛かる。
しかし僕のスタンピングは、野郎が左と右の手首を後ろと前へ少し引き押ししただけでいとも容易く避けられてしまう。
野郎がすかさず一歩踏み込んで来て、同時に行われた両手の円運動で、スタンピングから逃がした棍の先が素早く脛へと戻って来る。
その瞬間咄嗟に後方へ擦り下がっていた。
踏み出した足へ重心を乗せ、腰を入れて棍を切り返してきた野郎。遠心力と重心が乗った打撃には相当の重みが伴って居そうだった。
足元への打撃だ、木刀で防げば切先付近で抑える事になる。それも防ぎ難い足元への打撃、とてもではないけど抑え切れる攻撃では無さそうだった。
受けたら確実に木刀毎足を打たれる。下手をすればそのまま足を掬い上げられて転ばされそうだ。
それらの予感を理屈ではなく、これまでの訓練で得た経験から直感した結果、咄嗟に後方へ擦り下がっていた。
野郎が盛大に空振った隙を突いて、此方の間合いへ飛び込んで行く。
と見せかけて横方向へ全力で駆けて例の馬防柵が届かないだろう地点まで逃れて行く。その予感は的中し、野郎の足元から一拍遅れで例の水滴が生じ始めた。
「あっ 逃げるなんて卑怯だぞッ それでも武士かッ」
「どの口が言うッ」
生じた水滴の列を回り込んで野郎へ突撃を仕掛けて行く。
その頃には棍を切り返して高く掲げていた野郎。掲げられた棍が、真っ直ぐ振って来る。
木刀で頭上をガードし、構えた木刀に付けた傾斜で、受け止めた棍を受け流しながら間合いへ飛び込む。
けれどもやっぱり懐へ入り切る事は出来なかった。
原因は例の馬防柵だ。物理攻撃の後に馬鹿の一つ覚えみたいに阻んで来るせこくて強い一手が、今度は前方と左右の三面を塞ぐ形で展開される。
結局僕は前と同じ轍を踏んでジャンプしてしまった。後に強めの魔導が控えているのは、感知した魔力の乱れで悟っていた。
悟ってはいたけど回避する事も出来ない攻撃を目前にして、絶対に負けたくなくて悪あがきをする。
結果出て来た行動は空中を蹴ると言う物だった。
消費型の精神統一時にも使用する、内外の魔力の行き来を絶つ、つまりは魔力漏れを防止する魔導を応用して、瞬間的に足の先で圧縮した魔力、これを強かなスタンピングと共に足の裏から放出し、大気中の魔力に干渉して空気を踏み飛ぼうと試みていた。
とは言え本当に飛べるとは思っていない、昔結構な時間を費やして修行した結果、このやり方では空を走れないと結論付けたのだから。
しかし出来ないとは分かっていてもやってしまうのが悪あがきと言う物だった。
目前に迫った敗北の気配に追い立てられた僕は、負けるとは分かっていても、その事実を認めたくない余り空を蹴っていた。
結果体は跳ね飛んだ。
某配管工の有名キャラクターが空中で二段ジャンプするみたいに、盛大な破裂音と共に空中で跳ね飛んだ。
同時に僕は実感してしまった、己の成長と言う奴を。
魔力保有量が大きくなった事で、放出出来る魔力の量も前の比ではなくなっていた事を。
続けて空中を蹴り飛んで、野郎目掛けて魚雷の様に突っ込んで行く。
木刀は既に振り下ろしていた。
野郎が咄嗟に横合いへ飛び退き、上段斬りがスレスレの所で空振る。
受け身を取って瞬時に地に足付け、背後に感じる大きな魔力目掛けて背面飛びで距離を詰め、野郎が此方の間合いから逃げてしまう前に肉薄して行く。
そうして空中での振り向き様に袈裟懸けの一撃を振り落とす。
棍を水平に掲げて防御に回った野郎は、気付けば焦りの表情を浮かべていた。
「ははッ これが魔力の力ァッ」
「っッ 化け物めッ」
魔力の乱れを感じ、再び卑劣技で撃たれる予感を覚えて空を蹴る。
逃げ込んだ先は野郎の背後だった。
着地と共に再び感じた不穏な魔力の揺らぎ、これが振り返る様な円運動を見せている気配を覚える。
ので気配が回り込んで来る方向とは逆方向へと、背面飛びで野郎の脇へ飛び込んだ。
野郎の隣でしゃがみ込んだ事で目視で見える様になった浪漫知らずの姿、予想通りに振り返っていた野郎は、僕が辿った軌道をなぞる様にして掌を地面へ翳していた。
その手の中には揺らぐ水の玉が生じている。
此方の行方を追って来る掌が完全に僕を捉えてしまう前に、振り向き様の薙ぎ払いを打ち込む。
これまでの経験上、恐らく野郎の中で一番速く行使出来るのだろう水弾の魔導、その水弾が此方を捉えるよりも速く、木刀が野郎の胴を捉えた。
勿論情けで薙ぎ払いの勢いは殺してやって。
負けを確信した野郎が忌々しそうな顔をして、今にも水弾を撃ち出そうとしていた掌を下げる。
「僕の勝ちッ」
「281勝負中の74敗目だッ」
細か……
「それ毎回カウントしてたの? 引くわぁ……」
「最初にカウントし始めたのはお前だろう!? 負け数が多くなった途端に数えなくなったのは誰だッ」
思わず顔を逸らしてしまう。
そもそも遠距離攻撃使うのがせこいのだ。何時の間にやらせこいコンビネーション技ばかり使う様になって、僕をボンボコ圧倒して来やがり腐ってからに。
……まぁ、そんな言い返しをしても聞きたくない正論パンチを食らわされるのは目に見えてるから言わないけど。
「……さっきのは魔力放出で大気中の魔力を蹴ったの?」
「教えない」
どうして態々こいつが強くなる様な助言をしなければならないのか。
思い返せば消費型精神統一のやり方を教えたのが間違いだった、あれがなければこんなに負け越す事もなかっただろうに。
もう絶対に何も教えないぞ僕は。
野郎は僕の思い付いたやり方を吸収してくる一方で、遠距離魔導を覚えない誓いを立てている僕は、奴から吸収出来る物が一つもないのだから。
こんなの不平等だ。
”ふむ……”とか言った野郎が靴を脱いで、ぴょんぴょんとジャンプし始める。
恐らく僕がやった空中ジャンプを再現しようとしているのだろう。
と言うかなぜ靴を脱いだ?
野郎の足元を気にした為だろうか? ふと足元の風通しが良くなっている事に気が付き地面を見下ろして来ると、履いていた靴が弾け飛んで、ほぼほぼ素足になっている己の足先が見えた。
「…………」
なるほどそう言う事情か。
しかし何度チャレンジしても空中ジャンプを再現出来ない野郎、その姿を見てちょっと安心してしまう。
消費型精神統一が出来る野郎は、空中ジャンプを行う為の魔導を覚えている。
奴の事だ。僕が空中ジャンプをした際に生じた魔力の乱れも感知してる筈、そうして僕がまともに使える魔導はアレ一つだけだった。
となればやり方自体は既に分かっている筈、材料は揃っているのに出来ないと言う事は、奴の魔力保有量が空中ジャンプを可能とする域に達していないのだろう。
潜在能力的にはまだ僕の方が上なのだ、このアドバンテージだけは負けない様に励んで行きたい。
野郎が突然舌打ちをする。空中ジャンプが中々出来なくて、段々と腹が立って来た様だ。
「少し休憩するか」
「主導権を握るんじゃあねぇッ うむ……少し休憩でもするか」
と、野郎に提案して、木陰の方へすたすたと向かう。
”お前は一体何なんだ……”等と呆れ返っている野郎が遅ればせながらにやって来て、隣の木陰で幹に背を預けた。
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