04 駆け巡る修行の日々2

 ざわめく木々と舞い飛ぶ葉の渦の中心で、拝む様に合わせた両手を握り締め、瞳を閉じて精神を統一していた。


「………………」


 今までとは違う手応えを感じていた。

 繋いだ腕と体で作った輪の中を巡って消費されて行く魔力の実感が、段々と遠退いて行く様な、細く長く引き伸ばされて行く様な、不思議な感覚を齎していた。


 本当に不思議な感覚だった。

 見る事も触れる事も出来ず、感覚的にしか存在を感知出来ない器の変化が、こうも鮮明に感じられるなんて。


 きっと今までも感じていたのだろう変化、けれども変化の速度が遅過ぎて、それを変化と気付けずにいた変化が、器がゆっくりと拡張されて行く実感が、今は実感出来ていた。


 更に集中して魔力保有量の拡張に努め、魔力が枯渇する息苦しさを覚えた所で拝んでいた両手を解く。


 瞼を開くと、魔力の渦に巻き込まれて僕の周囲を舞い飛んでいた木の葉の渦が、万物に宿った魔力の気配としてではなく、実際の視覚として認識出来た。


「おー……いつも以上に回ってる」


 そんな木の葉の嵐の中心で修行していた我。


 これは誰がどう見ても少年漫画の修行をしている主人公だ。間違いない。


「ぐふふ、我が覇道の礎となれ……しかし漸く形になったか」


 新しい修行方法の訓練を始めてから、気付けば僕も8歳に成ろうとしていた。


 速く循環させた魔力から遠心力じみた抵抗力を感じた頃から、上手く行く確信自体はしていた物の、形になるまでが長かった新しい精神統一の方法。


 しかしそれだけの時間を掛けた価値はあった。


 新たな修行法の拡張効率は、従来の修行とは比較に成らない高効率に感じられたのだから。


 新しい訓練法は”修行の性質”と言う点でも、従来の訓練法とは大きな違いがあった。


 従来の修行が保有限界値以上に魔力を詰め込むやり方だったのに対し、新しい修行法は魔導に頼って魔力を消費しながら保有限界量を引き伸ばす。


 魔力を使わない修行から、魔力を使う修行に変わったのだ。


 多分だけど、これは今までの常識を覆す大きな変化の筈だった。


「父さん絶対驚くだろうなぁ」


 帰ったら即行で上手く行った事を報告しよう。


 不意に視線を感じて其方を見て見ると、僕から少し離れた枝の上で精神統一していた女男が、アホみたい顔をして此方を見ていた。


 のでちょっとドヤってやる。


「……今の何?」


「いつもやってる”無駄な修行”って奴ですが?」


「違うっ 何か、何かが広がる感覚がした」


 思わず瞼が下がってしまう。

 野郎の感知能力が僕の知っている奴のそれよりも強くなっている、この女男も伊達に修行を続けてきた訳ではない様だ。


 もしかすると奴の魔力保有量の最大値は僕の最大値を上回っているかも知れない。


 まぁ、まっとうな拡張修行を重ねて来た奴に対して、僕は今日まで無駄とも思える修行で長い時間を消費して来たのだから、それは仕方のない事かも知れなかった。


 だが負けているのは今だけだ。直ぐに追い付き追い越してやる。


 そうして行く行くは永遠に追い付けない圧倒的な差を付けるのだ。


 新たに編み出した修行方法で。


「お前はお前の修行でもしてろよ、話しを掛けて来るな」


「お兄さんと敬称で呼べっ 私の方が年上だ」


 高々一年二年早く生まれた位で何を言う、エルフの数年なんて、只人換算で下手すりゃ数日レベルだろう。


 見た目年齢が殆ど変わらない時点で上下の関係なんて考慮する必要がないまではあった。


「今の魔導は何だッ」


「教えてやーんないよッ」


「教えろッ 何かズルをしただろうッ」


 立ち上がって家に帰って行く。


「おい待てッ」


「やだッ」


 どうして苦労して作った修行方法を教えないといけないんだ。それだと何時まで経っても差が埋まらないじゃないか。


 野郎が木から飛び降りて追い掛けて来る気配がしたので、此方も駆けて帰路を急ぐ。


「待てって言ってるだろうッ」


「やだぁああああッ」


 突然背中に衝撃が走り、体勢を崩して草の上を転がって行く。


「ぬわぁあああああああああああ!?」


 咄嗟に確かめた背中は何故か濡れていた。振り返った先には此方へ右手を翳した状態で立ち止まっている女男の姿。


 野郎の固まった表情は”やってしまった”とでも言いたげだった。


 どう考えても奴は水に関連する何かしらの魔導を行使した様子だった。


「き、貴様っーーーーッ 遠距離魔導に手を染めようとは、それでも武士の端くれかぁあああああああ!!! 見損なったぞぉ!!」


「武士ってなんだ!?」


「煩い!! 覚えておけよ水使いのッ この借りは必ず返してやるもんねぇえええええッ」


 ”これで勝ったと思うなよ”と魂の咆哮を上げながら、余りにもみっともなく、そして大人げなく。


 遠距離魔導で転がされた悔しさを胸に帰路を急いだ――



 ――家の荷物部屋で見つけた熊手の様な道具、これに縄を結んだ代物を投げ飛ばしていた。


 高い放物線を描いて落下した熊手が枝の向こう側に落ちて行き、縄が枝に引っかかって、そのまま枝に巻き付いて行く。


 何となくのタイミングで手にしていた縄を引っ張ると、熊手が良い感じに枝を噛んで捉えた。


「おっ へへへ、やれば出来るもんだなぁ」


「……なぁ、これは怒られる奴なんじゃ」


「じゃあお前は帰れば良いだろう」


「お兄さんだ」


 ちょっと距離を置いて、助走を付けて崖から飛び出し、それなりに太い枝と熊手縄で作った即席のブランコで泉の上を飛んで行く。


「いやぁああああああッ 結構楽しいぃッ」


「楽しい時の声じゃないんだよな……」


 そうして枝は僕の重さに耐えきれず折れてしまい、体が泉まで落ちて行く。


「うわぁあああああああ!! ぼぼぼぼぼぼぼぼぼ!?」


 入ってみると結構深かった泉から上がってみると、崖の際から此方を心配そうに見下ろしている野郎の姿があった。


「今度は私の番だぞッ」


「おい年上せめて心配をしろッ と言うか貸さないぞ、一応これも僕にとっては訓練なんだ」


 そう、別に僕は遊んでいる訳じゃなかった。


 魔力消費型の精神統一は効率が良いが、魔力が切れるとその日はそれ以上の訓練が出来なかった。


 この虚無時間を活用するべく始めた訓練の一つが、現在行っている軽業の真似事だった。


 まだまだ筋トレを始められるような年齢じゃないけど、体技的な技術修練ならそろそろ手を付けても良い筈だ。


 そう言った時間を確保出来る消費型の精神統一はあらゆる面で効率の良い修行と言えた。


 おかげで精神統一以外の修行を無理なく予定へ組み込める様になったのだから。


「僕は遊びでやってるんじゃない、やりたいなら自分で道具を用意しろ」


「…………」


 野郎は此方を指差すと、指先から生み出した水滴を顔へ打ち込んで来て、執拗にあぷあぷさせてきた。


 野郎め――



 ――それは精神統一を終えた後の虚無時間に、野郎と組み手の修行をしている時の出来事だった。


「はッ」


 掌底を打ち込んだと同時に、精神統一時にも使う魔導で掌に集め圧縮していた魔力を全力で放出した。


 咄嗟に防御を取って掌底を受け止めたライアの倅が、軽く跳ね転がって行く。


「おぉッ すごい効果だ」


 通常、魔力は万物に宿る事はあっても、万物に物理的な干渉をする事がないらしい。少なくとも、魔導を経由して何かしらの現象に変換させない限りは。


 しかし魔力は魔力に干渉する、だから大量に放出した魔力を物体へ宿った魔力に干渉させれば、結果的に強い打撃を与える事が出来る気がして試した新技。


 その思惑は狙い通りに嵌まって、野郎を飛ばす事に成功していた。


「これは……色々応用が利きそうだな」


「ぅっ……今のは、何を……」


「消費型の精神統一してる時さ、魔力の流れに沿って木の葉がぐるぐる飛ぶだろ? 魔力を動かすだけで物体が動く理屈が分からなくて色々考えてたんだよ、そしたら木の葉に宿った魔力に魔力が干渉してんだなって気付いて、そう言えば僕が動くだけでも魔力の流れが僅かに乱れて居たなって」


「くっ……ッ」


「魔力は物体に物理的な干渉ができないけど、物体に宿った魔力を経由する事で結局干渉しまくってたんだなって分かって、だからぶつけてみた……と言うか大丈夫?」


 中々立ち上がらない野郎に近づいて”大丈夫?”と声を掛けると、奴は苦虫を噛み潰した様な顔をしたまま”大丈夫だ”と返した。


 全然大丈夫じゃなさそうだった。


 流石に心配になって野郎の元へ駆け寄る。


「ごめん……」


「ぅっ……息、が……」


「息?」


 呼吸自体は出来ている様に様に見える。でも息苦しいとすれば酸欠、酸欠は魔力切れでも起こる症状だった。


 組み手をしているのだ。消費型精神統一をした後とは言え動ける程度の魔力は残している。出なければ他の修行がままならない。


 とすれば僕の魔力で野郎の魔力が強制的に弾き出された様だ。


 魔力は万物に宿る。裏を返せば魔力は物質に引き寄せられる性質を持つのだろう。そして取り込まれた魔力は通常超過分でもなければ器に留まろうとする。


 魔力性質の変化を済ませた魔力を器から強制的に飛ばせるとなれば……やっぱり色々応用が利きそうだな。


「っッ……あの修行を終えた後で、どうしてそんなに魔力が残っているんだッ」


「お前の魔力量が低すぎて修行で全部使いきれなかったんだよ」


「!? う、嘘だッ」


「嘘じゃない。今日は組手をする予定だったから仕方なく修行を切り上げたんだ、お前に合わせて修行の予定を組んでやってる僕の身にもなれ、悔しかったら早く魔力量増やして下さい」


 ”ぐぅぅ……”とか唸って蹲ってしまった野郎は、心底悔しそうにしていた。


 勝ったな。

 心の底から勝った確信を胸に抱いて、何時ぞやの借りを返せた気分を味わう。


 野郎のしつこさに負けて消費型の精神統一の方法を伝授してやったが、あれはやり方が分かったからと言って直ぐに再現出来る様な簡単な修行じゃない。


 野郎が消費型の精神統一を出来る様になるまでの期間で、僕の最大魔力量は野郎の魔力量より大きくなっていた。


 そして僕は一生修行を怠る気が無かった。

 つまりこいつはもう一生、最大魔力量で僕に勝てないのだ。


「ぐふふふ……ふふ、ふひひ」


「く、くぅ……ッ」


「ふはっーーーーーーーーーーーーはははははははぁ!!! 帰った後も魔力使い切るまで修行してますぅ!!!!!!!ッ」


 僕は蹲った野郎に高笑いを浴びせてやった、最高にいい気分だった。


 同時に、どうしてコイツはこんな野郎と友達を続けているんだろう? と、思わなくもなかった――



 ――近頃気付いた事だったが、もしかして僕って、集落の人々に避けられていないだろうか?


 ふと思い当たったが、話しが出来る相手が父と野郎くらいしかいない。


 まぁ面識のない他所のがきんちょに態々声を掛ける大人なんて少ないだろうし、僕は暇さえあれば修行ばかりしているしで、知り合いが増えないのは当たり前と言えば当たり前なのかも知れないが。


「ふむ……」


 鏡の中の己とにらめっこする。

 見慣れたその面は黄色系のほんのり濃いめな肌色をしており、髪の毛は黒だった。


 ちょっと日焼けした日本人位の肌の特徴を持つその容姿は、改めて考えると、この集落の中で浮いた存在の様に感じられた。


 そもそも黒髪のエルフとか僕以外見かけないし。


 父の話しによれば守り手の母はダークエルフだったらしいが、もしかしてダークエルフって普通のエルフと仲が悪かったりするのだろうか?


「父さん」


「なんだ息子よ」


「ダークエルフって嫌われてるの?」


 父が近づいて来る気配がして、廊下側から寝室の入り口へ顔を覗かせた父の姿が鏡越しに見えた。


「いきなりどうした、誰かから何か言われたのか?」


「言われてないけど、なんか避けられてるかも? って最近感じる」


「ふーむなるほどぉ」


 直ぐ背後までやって来た父が頭をポンポンやってきた、無論頭上の掌は即行で投げ飛ばした。


 ”うぅ”とか悲し気に呻く父。


「確かにダークエルフとハイエルフは対立しがちだ、とは言っても、それは部落間での問題に限った話しで、同じ部落で住む者にまで嫌悪感を抱く者は稀だと思うぞ? 私たちは其処まで愚かでは無い」


「ふーん」


「それでなくとも森人は個人主義な者が多い。みんな人から邪魔をされたくなくて、人の邪魔もしない訳だ。何かを言われた訳ではないのなら、余り気にしなくても良いんじゃないか?」


「少し疑問に思っただけだから」


 ”そうか”と言って頭をポンポンして来た父の掌は取って教えてくれてありがとうの握手をした後に当然投げ飛ばした。


「どうだ息子よ、寂しいならたまには父さんとも遊


「修行りゅりゅりゅりゅぅううううううううう!!!」


「倅よぉおおおお!!!」


 僕は家を飛び出して行った。

 今日も修行で忙しかった為に。

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