03 駆け巡る修行の日々1

 父によれば、新しい魔導を発見したり、その魔導体系を築きたいのであれば、星読みの力を発現させるのが手っ取り早いとの事だった。


 星読みの力は、魔力との関わりが特別に強くなった者が発症する病気の様な物であるらしく、発症すると命の在り方が星に近づき、これによって星の意思を読み取れる様になったり、魔力の扱い方が直観的に理解出来る様になるらしい。


 通常、魔導の新しい理論は偶発的な発見でしか得られないらしいが、星読みの力を発現させた者であれば、どの様に働き掛ければ望んだ通りの現象が得られるかが予想出来る”場合”があるそうだ。



 つまり新しい魔導理論を発見するのは、星読みの力にでも目覚めなければ極めて困難な様だった。



 そして星読みの力には欠点もある様だ。

 星読みの力に発現するとその者の在り方も星に近づいてしまうと言う話し、これによって星読みの力を持つ者は人間らしさが失われてしまうらしい。


 人間らしさを失うと言うのが、具体的にどんな状態なのかは今一分からなかったが、父は”出来れば息子にはそんな風になって欲しくない”と言っていた。


 星読みの力を発現させた者は、力を得た代償として、結構悲惨な状態になるのかも知れない。


「…………」


「…………」


 まぁ僕は発現を目指すけどね!

 何かを代償にして得た強大な力……それは紛れもない主人公の素質だった。


 世界最強を目指すのであれば当然得たい箔と言えた。


 星読みの力を発現させる条件である”魔力との関わりが特別に強くなった者”とは魔導を深く探求し続けた者と理解して良さそうだ。


 だから今現在行っている精神統一の修行も、星読みの力を発現させる修行の一環と言えた。


「コホォ……」


「…………」


 話しを聞けば聞くほどに重要性が高まって行く精神統一の修行。


 ただ精神統一をするだけじゃなくて、魔力の収集効率が良い精神統一を行う方法だったり、その勘所も、早い内から掴んでおいた方が良さそうだった。


 何時かはそれが大きな違いとなって結果に現れる気がしてならない。


「…………」


「…………」


 と言うか。

 僕の隣で僕の真似をする様にして精神統一している例の男か女か分からない子供は、一体何を考えているのだろうか?


 例の子供に精神統一している所をまたもや発見されたかと思えば、何時の間にやら修行を真似されていた状況。


 僕がしている修行は子供が楽しめる様な物じゃ無い筈だけど……この子はつまらない修行に付き合ってまで友達が欲しいのか……


 まぁ、エルフって出生率がめちゃくちゃ低いみたいだし、


 馬鹿程長く生きる長命種だけど10代前半までは只の人と同じくらいの発育スピードだしで、


 僕達くらいの幼子が出会う機会なんて滅多にないから、友達チャレンジが諦め切れない気持ちも分からなくはないけど。


 でも正直気が散るから一人にして欲しかった。


 たまに相手をするくらいなら良いけど、このまま毎日付き纏われたどうしよう……不安だ――



「――父さん」


「なんだ息子よ」


「なんか女か男か分からない子供に付き纏われるんだけど、あの子何処の子?」


「……付き纏われるなんて言っちゃダメじゃないか、お父さんは悲しいぞ」


 等と言って頭を撫でて来る父、未来の最強を子ども扱いするとは何事か? 無礼な掌を放り投げてやった。


「恐らくその子はライア様の所の息子さんだな」


「ライアってどう言う意味がある名前?」


「静かな雨だ」


「……ふーん」


「木を沢山持っている家の子だ、失礼が無い様にするんだぞ?」


 この森に生える巨木一本一本は、前世の世界で言う所のビルやマンションの様な物だった。


 この集落で沢山の木を持っている家と言えば、それはお金持ちの事だ。


 つまりあいつはボンボンの家の子だったらしい。


 美形でボンボンで気位の高い子とか、びっくりする位腹立つ要素しかない。

 やはり敵か……


「最近毎日修行の邪魔してくるから撒きたいんだけど、何か良い方法ないかな?」


「ふむ……強くなりたいのは大変に結構だが、そればかりだと何時か倒れてしまうぞ?」


「倒れない為に修行をしています」


「人が倒れるのは戦いに敗れた時だけじゃない。私達に許された時間はとても長い、一つの道を追い求める内に駆け抜けられる様な物じゃないんだ。最強以外にも目を向けるのだ倅よぉぉ」


 息子だ倅だ等と冗談めかしに呼んで、我が子の名前を全く呼ばない父、しかしそれは仕方のない事だった。


 エルフの文化では、子供の名前は成人式に付けるらしい。


 その際与えられる名前には、その者の功績であったり、人物像であったり、持てる力を表す意味が込められる様だ。


 名前を与えるまでの呼び方に付いては集落間で違いが出る様だけど、僕の生まれた所では”誰々の子供”と呼ぶのが一般的だった。


 例のがきんちょの親であるライアさんは、静かな雨と言う意味の名を持つらしい。


 となれば水に纏わる魔導に長けて居そうだった。


 あの子もいざと言う時は水系統の魔導を使って来るのかも知れない。


 水使いと戦う術か……


「…………」


「……おい息子よ、何を考えているんだ?」


「修行してくりゅ!!!」


「待てッ 待ちなさい倅よぉッ」


 僕は父の静止を振り切って家を飛び出した。

 世界最強を目指す以上は一日だって休む事が出来ないのだ。


 僕は僕の育成ゲームに夢中なのである――



 ――精神統一の修行効率を良くしたい件で父に相談してみると、保有する魔力が満タンな状態で修行するのは大前提として、


 大気中の魔力濃度が高い場所で修行を行うと効率が良いとの助言が得られた。


 それは単純に、密度が低いと引き寄せられる魔力の量が少なくなると言う意味でもあったが。


 魔力には密度の高い所から低い所へ移動しようとする性質がある様で、そう言った理由でも魔力密度が高いと修行効率が良くなる様だった。


 そして、星の生命力に満ち溢れたこの森は、元より大気中の魔力が潤沢な環境の様だ。


 結局の所、僕は元々恵まれた環境で効率の良い修行を行えている事が分かった。


「…………」


「…………」


 と言うか隣にいる水使いの末裔、何時まで修行に付き合う気なんだろう?


 僕とか全然相手してないけど、つまらなくないのかな?


 まぁいい。

 良く分からない子の事は放置して、僕は僕の最強を目指す為に努力を重ねるまでだった――



「――父さん、教えて欲しいんだけど」


「おお倅よ、到頭ぽんぽん魔弾を習いたくなったのか、偉いぞ? ぽんぽん?」


 頭をぽんぽんして来た父の腰に正拳突きを食らわせた。


「ふ……ぬるいぬるい」


「修行してて気になったんだけどさ、魔力を動かすと、周囲の魔力も巻き込まれて動く物なの?」


「そうだな、その通りだ。魔力は魔力に干渉する」


 ”やっぱりそうなのか……”等と考えが口に出てしまいつつ、己の両手を見下ろす。


「どうやって気付いたんだ?」


「精神統一をしてる時に、干渉した魔力より多くの魔力を引き寄せている気がしたんだ。あと僕が動いてる時も纏わり付いてくる気がする」


「ふむ……外部魔力の微細な動きまで感知できる様になったか」


 父が頭を撫でて来る。その手を秒で投げ捨てる。


「もしかして魔力って粘性とかもあるの?」


「難しい言葉を知っているな、誰に教えて貰ったんだ?」


「…………」


 前世で確か小学生か中学生くらいに習った知識だった筈。


 六歳児の子供がいきなり粘性なんて言い始めたらそりゃ驚くか。


「それよりさ、この粘性を使ったら、もっと効率よく精神統一出来ないかな? 粘性摩擦で器へ一気に魔力を注ぎ込む感じで」


「やりたいことの理屈は分かる。でも言葉で言う程簡単な事じゃないぞ? 魔力保有量の拡張訓練は風船を膨らませている様な物だ、それは大体イメージが付くだろう?」


「うん、毎日引っ張って来た魔力を体に力づくで詰め込もうとしてるし」


「保有量の超過分は常に外へと出たがっている。魔力保有量を大きくしたいのであれば、この出たがっている魔力を如何にして抑え込むかがポイントになるだろう。魔力が持つ粘性によって、摩擦で周囲の魔力を引き込もうにも、魔力を注ぐ口を大きく開いた状態では、器に魔力を詰め込む所か詰め込んでいた超過分が飛び出してしまう。当然早々上手くは出来ない」


「……そんな物気に成らない位に高速で魔力を引き込んだりとか」


「体内の魔力を高速で回転させるつもりなのか?」


 父の予想に頷いて返した。

 しかしこの父察しが良いな……もしかすると今の僕は、嘗て父も歩んだ成長の一過程に居るのかも知れなかった。


 僕程度が思いつく方法、魔力が当たり前にある環境で生まれ育った人たちなら、みんな当たり前の様に思い付いて試して来た事なのかも知れない。


 僕は胸の前で、見えない水晶を掴む様にして両手を掲げた。


「例えばさ、右手から放出した魔力を左手でもう一度取り込むんだよ。そうやって体の中を巡らせた魔力の放出と吸収の速度を極限まで高めれば、出て行く分より巻き込まれて入る量の方が多くなるかも知れない」


「それは無理だな、その理屈ではどうあがいても放出時の魔力量が多くなってしまう、放出した魔力は広範囲に散布してしまうからな。そして魔力の補填速度の問題もある」


「補填速度?」


 初めて聞く言葉だった。


「ああ。大気中の魔力が物質に取り込まれる際、魔力はその物質に合った性質に変異するんだが、この変異には時間が必要なんだ。この遅延が魔力を補填する速度に関わって来る訳だな。父も仕事でクタクタに疲れた翌日は一日ダウンしているだろう? あれは失われた魔力を回復するのに時間を要している為なんだなぁ」


「へー……」


「だからこそ魔力保有量の拡張も時間を掛けて大きくして行く必要が出て来る。早々簡単には強く成れない訳だ」


 魔力って個人によって属性の違いみたいなのがあったのか、知らなかった。


「息子よ、お前は大気中の魔力と万物に宿った魔力に違いを感じた事はあるか?」


「うん、命に宿った魔力と空気中の魔力は感じ方が違うから、誰かが近くに居ると目を瞑ってても分かる」


「それは魔力の性質に違いを見出しているからその様に感じる訳だ」


「……じゃあそれって、もっと感知能力が上がれば、其々どんな性質を持った魔力かも分かる様になったり?」


 腕を組んだ父は頷いた。


「因みにお前の魔力性質は深淵だ」


「深淵!!」


 マジかよ字面だけでももうカッコいい。深淵性質の魔力で何が出来るのかめっちゃ気になる……


 でもその前に質問の続きだった。


「じゃあさ」


 右手と左手の平を合わせて手を繋いだ。


「単純に、繋いだ腕から胸の間で魔力を輪状に高速循環させるのはどう? 遠心力的な力が働いて魔力を貯め込んでる器のサイズが無理やり引き伸ばされたりとかはしない?」


「詰め込むのではなく引き延ばして保有限界を増やすのか、面白い事を考えるな」


「出来るかな?」


 父は”ふむ……”と唸ると、考える風に天井を見上げ始めた。


「……父にも良くわからないな、そんな方法は試した事も聞いた事もない」


「やってみる価値はある?」


「ある……かもしれない。実際に試すとして、まず体内の魔力を高速で回転させることの難しさがある。保有スペースを引き延ばす程の速度を生み出すコントロール精度となれば、もう神業と呼んでも良いかも知れない。遠心力で外へ飛び出そうとする魔力を抑え込む必要もある。恐らく此方を実現するには魔導に頼らざる終えないだろう」


「なるほど……」


 なんかワンチャン行けそうな気配を感じるな、取り敢えず試してみるか。


「その魔力が飛び出さない様に出来る魔導教えて」


「使い所が無さ過ぎる魔導だから父も知らないなぁ、書に尋ねてみるまであるともないとも答えられない」


 父を指差す。


「じゃあ父さんは魔力が外に飛び出さない様に出来そうな魔導に付いて調べて下さい」


「うーん……父は息子の意欲に付いて行けなさそうだよ。森人はとても長生きだぞ? そんなに焦らなくても良いんじゃないか?」


「修行してきゅりゅぅううう!!!」


「息子よぉおおおおおッ たまには父とも遊ぼうよぉおおおお???」


 僕は静止の声を振り切って家を飛び出して行った。


 やはり最強を目指すともなれば、父に家族サービスをして居られる時間もないのだ。

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