第7話 ウラウラ料理

「人の家でこんなにくつろげるものなのか?」


 あきれたようなディプロスの声で目が覚めた。ふてくされて寝ていたはずなのに、思った以上にすっかり寝入っていた。昨日も野性的な寝床での目覚めは、案外悪くはなかった。


「……おはよう、ディプロス」


「もう早くない」


「おそよう。というかさっきはあいさつしなかったから。おはようディプロス」


 なんだか身体も軽いしお腹もさらにすいている。

 こんな時なのに、妙に健康的だ。


「おはよう、ミツキ。……食材は用意できたぞ」


 何故か照れ臭そうにしながら、ディプロスが後ろにしていた手を出す。


「わーわーわー毛の塊! なにこれなにこれ」


「……これか? ウラウラと呼ばれてる鳥と魔物の中間ぐらいの生き物だ」


 ディプロスが手にしていたのは、白鳥ぐらいに大きい黄色い鳥だった。すでにもう死んでいるみたいだけれど……思った以上に鳥そのものだ。


 野性的な材料に慄いていると、ディプロスは自慢げに笑った。


「ふたりはこれが美味しいと言っていたからな。血抜きもしておいた。羽は魔力をかけると抜けるから、寝床に入れる用にそのままなんだ」


 私が引いているのにも気が付かず胸を張っていうから、なんだか微笑ましい気持ちになる。

「凄い凄い! 鳥が捕まえられて捌けるなんてすごい」


 ディプロスがもともと猫だと思えば狩猟本能っぽい気もするけれど、言ったら怒られそうだから黙っておく。わたしは黙っていられる女子。


「魔力を流せば毛が抜けるって不思議だね。でも便利」


「敵を見かけると毛を飛ばしてくる習性があるから、そのせいかもしれないな」


「こんなふわふわな毛を飛ばして何か意味が……?」


 黄色い羽毛は寝床にふさわしくふわふわだ。これが飛んできたところで、驚くだけじゃないだろうか。目くらましなのかな。


「魔力をまとっているから木にも刺さるぞ」


「えっ、こわい」


「見た目は可愛いけど危ないんだ。……でも、ふたりはこれが好きだったから、ずいぶん狩るのがうまくなった」


「ぐぐぐ、そうなんだ」


 ふたりが好きだから。

 ディプロスの二人を思う気持ちと、三人で長く続いただろう食事風景が思い浮かぶ。


 ……もやもやなんて、してない!


 こういう時は料理だ。


 こう見えても精神的に弱った時は、無心になれる料理をしていたのだ。色々な物をさいの目に切ったりすると、なんだかすごく成果が得られた気になる。


 簡単に達成感を得られて、美味しいのが素晴らしい。

 そして健康になった気になる。


 とはいえ難しいものは作れないけれど。さいの目は何でもスープにしてしまえば間違いない。


「ディプロスは、これで何を作ってくれるの?」


「……丸焼きだ」


「まるやき」


「そうだ。火の魔法で焚火を作ってそれで焼く」


「勇者、意外とワイルドな料理が好き」


 驚きになんだか片言になってしまう。


「いや、ふたりが居た時は聖女が料理を作っていた。僕は見ているばかりだったから、焼く事しかできない」


 勇者、美少女(聖女に関しては想像)二人を囲んで手料理……!

 驚くべきリア充……!


 なんだか勇者に対する好感度はどんどん下がっていく。


 でも、ディプロスはどうやら勇者に料理は作っていなかったみたい。

 私の勝ちに違いない、降参しろ勇者め!


「丸焼きとはいえディプロスの手料理だもんね。すごい楽しみ、ありがとう!」


 人が作ってくれる料理なんて久しぶりだ。どんなものでもやっぱり楽しみで。思わず笑顔になる。まして、久しぶりにできたお友達のディプロスの手料理だ。


「……外で作るぞ」


「おけおけーいえーい」


「テンション高いな」


「お腹もすっごくすいてるし、楽しみだからねー。それに魔法が見られる……これは地味に嬉しい」


「まあ、僕は魔法の制御は苦手だから期待するな。まずは羽を抜くぞ」


 ディプロスは雑に寝床に鳥を寝かせる。


 ……先程まで自分が寝っ転がっていたところに大きい鳥が寝かされているのは、なんだか複雑だ。


「この羽ってそのまま使うの? 虫とかいない?」


「居ない」


「……そっか」


 詳しい説明はなかったけれど、今ある羽もきっと同じ方法で置いたものだろう。良く寝たけど虫とかにやられた感じはなかったので、信じよう。


「じゃあ魔力を流すから、ちょっと離れてろ」


「おけおけ」


 魔法の世界では何があるかわからないので、ディプロスの後ろに隠れる。


「……邪魔だ。人を盾にするな」


「危ないかと思って」


「邪魔だ」


 大人しく離れる。残念。遠いけれど、代りに鳥の姿は良く見える位置をキープした。

 流石ミニマリストの家、何も遮るものはない。


 ディプロスの後ろ以外は、皆特等席並みに作業が良く見えそうだ。


「じゃあ、流すから」


 そういうと、ディプロスは鳥の首のあたりに手を置いた。

 鳥が少し膨らんだように見えた次の瞬間、ふざけて葉っぱを巻き上げたかのように、ばーんと黄色い羽根が舞った。


「わー……きれい」


 ふわふわの毛がゆっくり落ちていく光景は不思議で、思わず口を開けて見入ってしまう。


「……馬鹿面だ」


 ディプロスはそう言って可笑しそうに笑った。


「もー、もともとこういう顔なんだよ。慣れてよね」


「……慣れるまで、居ないだろ」


 鳥の羽の黄色に見入っていた私は、ディプロスが呟いた言葉には気が付かなかった。

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巻きこまれ召喚したOLだけど可愛い女の子と楽しく過ごしています 未知香 @michika_michi

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