第6話 大きい猫

 目が覚めると、手にはふわふわの何かの感触があった。


「なんだろう? サクラ……は、もういない、かぁ」


 ぼんやりした頭で考えながら目を開けると、目の前は真っ白な毛の塊だった。


「わー! なにこれなにこれ!」


 絶対サクラの大きさじゃない。

 実家で飼っていた、可愛い雑種の猫とは段違いの大きさにびっくりしすぎて目が覚めた。慌てて立ち上がる。


 毛の塊の全体が見えると、かなり大きな生き物だということがわかる。


 寝床に使っていた草が足元でガサリと鳴り、そこでやっとここが自分の部屋ではなく異世界的などこかだという事を思い出した。


「……大きいネコ科のなにか、かな……」


 大きな生き物は丸まっているが、遠くに大きい耳がピコピコ動いているのが見える。

 全体的な毛色はきれいな金だ。


 目の前に白く広がっていたのは、お腹のあたりの毛だったみたいだ。

 お腹の周りだけ白いのが、可愛い。


 まだ寝ているのか、柔らかなお腹がゆっくりと上下している。


「ディプロスのペットなのかな? この寛ぎよう、魔物が勝手に侵入って事はないよね。……んん?」


 金色の彼女を思い出して、ひらめく。


「もしかして……これ、ディプロスなの!?」


「朝からうるさいなお前は……」


 迷惑そうな声で大きな毛玉が首を上げてこっちを見た。ディプロスは薄い色合いがきれいな、とても大きな長毛種の猫だった。目もそのまま金色だ。


 猫の目のような印象だった昨日の瞳となんとなく重なる。

 ……ライオンより大きいけど。


「やっぱりディプロスなんだ! 猫だっただなんてびっくりしたよ教えてよ! いや、昨日は女子会気分だったからあの姿で良かったのかな……? そして今日は猫カフェお泊り会!?」


「ネコとはなんだ? 言おうも何も、お前は特に元の姿について何も聞かなかっただろうが」


 ため息をつかれた。


 猫が伝わらない。この世界に猫はいないのか。猫好きとしてはとても悲しい。


 ディプロスが街中にはあまり行かないとの事なので、そちらに期待しよう。

 そもそもディプロスが猫みたいだし、居なかった場合はそれで我慢することにした。


「かーわーいーいー」


 大きい猫とか夢の生物だ。大きさがそのまま可愛さにも比例している。ふわふわした毛が揺れて私を誘っている。


 毛を撫でると、とってもふわふわしている。肉球はどこだろう。


「こんな大きい猫だなんてびっくり……伸ばしたら二メートルぐらいあるんじゃないかな」


「ネコじゃないって言っているだろう」


「どう見ても猫だよ。わーちゃんと尻尾もあるし、立ち耳だねえ」


「話を聞いているのか?」


 誘われるままに思いきり抱き着いて、ぎゅうぎゅうとしながら毛に埋もれる。

 頬に触れる毛がくすぐったくて、思わず笑ってしまう。


「ううう……サクラとは違う猫の匂い……」


 でもどちらもいい匂い。サクラはちょっと甘い匂いで、ディプロス猫はなんだかお日様でよく干した布団みたいな匂いがする。


 もっと嗅ぎたくて、別の場所にもぎゅっと顔をうずめる。


「いい匂い……んん」


 なんだか身体全体がぷるぷると震えている。おトイレ?


「や……やめろーーーーー!!!!」

 大きい声がして、ぱっと視界が白くなったと思った瞬間目の前には人間のディプロスが居た。


「へんしんした!」


「変身した、じゃない! 人のことを……ぎゅうぎゅうと……」


 真っ赤になったディプロスが震えながら低い声で呟いている。


 ご立腹だ。

 ……というか、すっかり猫だと思い込んでいたけれど……。


 私は青くなった。


「だいぶセクハラだった!」


「どっちの姿も僕だぞ! むやみに抱き着くな!」


「ううう……ごめんごめん」


 人間の姿の時で想像すると、可愛い女の子に抱き着いて匂いをかいだ。もう間違いなく良くない。


 平謝りに謝ると、ディプロスは赤くなったままもういい、と目を背けた。

 可愛い。


 自分の愚行を忘れて、思わずその拗ねたようにぷくっと膨らんだ頬に見入ってしまう。


 人間の姿でも可愛くて、元の姿も可愛いなんてずるい。

 私もどちらかなりたい。


「私も猫も変身とかできる?」


「……元の世界でもできたのなら」


「かなしい」


 しょんぼりしていると、ディプロスが胡乱な目で私の事を見ていた。

 気にしたら負けだ。

 無になってやりすごしていると、ぐう、とお腹の音がした。


「……お腹すいたな」


「お前はこの森に居てもお腹がすくのか?」


「えっ。ディプロスはお腹がすかないの?」


「ああ、この森の魔素があれば大丈夫だ。食事は必要ない。お前もこの森で普通にしていたから、魔素で動けるのかと思っていた」


「……私はどうも、魔素食べてないみたい。お腹すいたし、魔素で生きてる人間も聞いたことないよ……」


「そのようだな。……僕は簡単な物しか作れないが、何か食べるか?」


「えっ。魔素を料理……!?」


「失礼だな、ちゃんと人間用だ。多分な。……前にここには人間が居たこともある。その時に作ったものだ」


 眉を下げて困ったように、それでも少しうれしそうにディプロスが言うから、私はなんとなく面白くない気持ちになる。


「前にここには誰か住んでいたんだ。一緒に」


「……住んでいたものはいない。ただ、……昔は、今では勇者と呼ばれるようなものがたまに遊びに来ていた。聖女も一緒に」


「勇者と聖女……その人達は、今は?」


「……今はもう居ない。本当にすごく昔の話だ。勇者も聖女も所詮は人間だ。もう生きてはいないだろう」


 その声があまりにも苦しそうで、聞きたいけれど続きを促す言葉を飲み込んだ。


「じゃあ、材料を取ってくる」


 逃げるように早口で呟いて、ディプロスはさっと扉から出て行ってしまった。あっという間に姿が見えなくなる。


 危なそうな森の中に彼女を追って出ていく勇気もなくて、私はもう一度草に寝転がった。

 草の香りがさわやかで、意外とリラックスできる。

 ……さっきまで、ディプロスも隣にいたし。


 今はいないので、なんとなくもやもやしたままだ。


「勇者と聖女、かあ」


 ディプロスにあんなつらそうな顔をさせる奴らは、悪いやつに違いない。


 ……楽しい思い出もあるなら、いつか話してくれるといいけど。

 いや、彼らについて嬉しそうに話されたら、それはそれで……。


 出会ったばかりなのに、謎の独占欲がうまれていることに、自分でも驚く。


 私はぎゅっと目をつむり、二度寝することにした。

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