第4話 ミニマリスト

 失礼だとは思いつつも、口に出さずにはいられなかった。

 ここにあるのは加工もされていなそうな丸太と、部屋の端に草と羽を混ぜたものが置いてあるだけだったから。


 ディプロスは気を悪くした素振りもなく、首を傾げただけだった。

 ミニマリストなのかな。


「家自体が大事なんであって、他に特に必要なものはないからな。とりあえず足が痛いなら座れ」


「ううう。美少女が優しい……」


 丸太に座ると急に疲れが押し寄せてきた。びっくりしてばかりで気が付かなかったけれど気が張っていたのだろう。


 置いただけの野性的な丸太の椅子、硬いけど癒し……。

 いや、やっぱり硬い。


「単純に体が痛い……。甘いもの食べたい。異世界転移も、お菓子食べてからにしてくれれば良かったのに……せめてコンビニ帰りでお願いしたかった……」


 お腹は空いたし歩きすぎて足は痛い。日頃の運動不足が効いている。


「菓子類はないが、街に行けばあるし、体力が戻ったらこの辺は果物もなっている」

「わーありがとう。嬉しい!」


 ディプロスは優しい。

 二人で座っているだけで気づまりな感じもしないし、ふざけても相手をしてくれる。たまに笑ってくれる。


「……お友達と居た時みたいで、楽しいな」


 思わずつぶやいた言葉に、ディプロスはじっと私を見つめた。


 作り物のようにきれいな金色の瞳がこちらを見ていると、なんだか見透かされてしまったような気持ちになる。


「ミツキに友達はいないのか?」


 さらっと聞かれた言葉には、同情も困惑もまざってなくて。それが私の口を軽くさせた。


 誰にも言っていない、ずっと我慢していた。


「お友達はいたんだけどね、私が遠ざけちゃった。連絡も無視して、電話も無視して。だからもう、誰からも連絡はないんだ。今お友達は、居ない」


「お前はそんな事をしそうには見えない。何か理由があったんだろう」


「……そうかな」


「ああ、話しやすいし、馴れ馴れしい」


「馴れ馴れしいって! ……でもそうだよね。ここは異世界だもんね。安全だ」


「お前の世界は、そんなに大変な事ばかりだったのか?」


「世界としては……少なくとも私の国は安全ではあると思う。だけど……仕事でかかわった人が、最初は普通で、割と話しやすくて、打ち合わせとかでよくご飯を食べに行ったりもしてた。少したって、私の事を好きって言ってきて、でも私は好きじゃなかったから断ったの」


「うん」


「そうしたら、地味女のくせに! って怒鳴られて、ああ断ってよかったって思った。それで終わりだと思った。でも、その後、顔を合わせるたび、段々変になって、待ち伏せされるようになって……」


 どこに行くにも、彼を見かけるようになった。

 じっと私を見て、どろりと暗い目で。

 ただ、じっと見てた。


 最初は気持ち悪いなぐらいだった。けれどそれが続くと、彼の執着が怖かった。

 話しかけてこない事も、不気味だった。


「最初は、誰かと一緒に居るようにしていたんだ。だけどお友達と遊んだ帰り、家の近くで現れて、久しぶりに声を聞いた。話しかけてきたの」


「……そうか」


「お友達と遊んで、楽しかった? って。君の楽しいこと全部なくしてやるよ。って。あの人、ナイフを持ってた。心臓がどきどきして、走って逃げて、急いで部屋に鍵をかけた。多分、追ってこなかった。けど、振り返った時ナイフを持ったまま、笑ってたんだよね。嬉しそうだった」


 彼がお友達を襲うかもしれない思うと、誰とも会う気になれなかった。

 いい会社だったけれど転職して、会社の近くにも引っ越した。


 そうやって、仕事以外は引きこもってた。

 会社がブラックな所も、忙しいと気が紛れてやめられなくて、でも忙しくて。

 なんだかよくわからなくなっちゃってた。


「そうか」


「両親も亡くなっていたし、お友達もいない。更にそんな人と離れられたから、良かったのかもしれないよね。異世界なら追ってこないから安心だもんね」


 私がおどけて言うと、ディプロスは真面目な顔で頷いた。


「追ってきた場合は、僕が倒せるからな。そう考えれば、むしろ来てもらった方がいいぐらいだ」


「え? ディプロスが倒してくれるの?」


「それはそうだ、僕が負けそうに見えるのか? そんな奴はいない方がミツキはすっきりするだろう」


 何が疑問なのか、という顔でディプロスが首を傾げた。


 何かあったら倒してくれる、守ってくれる。


 さらりと言われた言葉に、だからこそ本当だと思えて。

 何年も感じてなかった安心感が、心の中に広がっていく。


 ずっとずっと怖かった。誰かと話す事さえ、仲良くなったらどうなってしまうのかと。


 でも、ディプロスなら大丈夫。ここなら、大丈夫。

 ずっと心の底で望んでいた、怖くない場所だ。


「あんなに悩んでたのに……嘘みたい」


 私は思わず、大きく笑ってしまった。

 笑って、笑って、涙が出てくる。


 ディプロスの一言で、私は安全を約束されたような気になった。私からあふれる涙を、ディプロスがそっと拭ってくれた。


「大丈夫だ、ミツキ」


「ねえ、ディプロス。……私とお友達になってくれないかな。変な人もついてこないし、今ならお買い得だよ一緒に居たら楽しいよ」


 私が必死に訴えると、ディプロスは目を細めて笑って、頷いてくれた。


「ふふ、仕方ないな、なってやろう」


「ありがとう! 嬉しい!」


 嬉しくて思わず抱きついて感謝すると、ディプロスはちょっとひんやりしていた。


「わわわ何してるんだお前は!」

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