ガラス越しの夢を見る

第2話

ーーーー約50年前、政府は人体への遺伝子操作を許可した。




初めは珍しい物好きの一部の富豪たちが、その後は少し裕福な一般家庭の人々が、子供の幸せを願って、その技術に手を出し始めた。


どんどん安価に、そして手軽になっていった遺伝子操作と言う技術は、今ではちょっとしたプチ整形みたいなものになっている。


少し頭が良い子供が生まれるように操作したり、少し運動神経が良い子供が生まれるようにしたり。

よくある例はこんな感じだけど、常識を逸脱した例としては、フィクションに憧れを抱いた親によって付け加えられた、獣耳なんかがある。


幸いなことに私の場合は、少し容姿が整うように操作されただけで、大きく常識から逸脱するようなことはなかった。

まぁ遺伝子操作に大金をかけられるほど、裕福な家庭ではなかったおかげもあると思うけど。






そんなことをつらつら考えながら、いつものように街中を通り、どんどんと人気の無くなっていく坂を抜け、門を抜け、馬鹿みたいに広い敷地内を歩いていった。


顔認証やら、網膜認証やら、生体内チップやら、色々な認証が必要な扉を何枚も通り、ようやく目的地に着く。




そこは無機質な部屋だった。


だけどそれに反して、中央では淡いスカイブルーの液体がキラキラと揺れて、乱反射していた。

そうして円筒状の大きな水槽に満たされたそれは、「彼」を優しく包んでいる。


私はここが好きだった。


たまに微睡みから目覚める彼の、ゆらゆら揺れる金髪を見ながら、保存用溶液と同じスカイブルーをした彼の瞳を思い出す。


歳は私と同じ18だったろうか。

人類として、完璧な頭脳と、完璧な運動神経と、完璧な容姿を持たされた彼は。




ーーーー完璧だったが故に、一生その水槽から出ることは叶わない。




何故ならば人間の脳は本来、100%の能力を発揮すると不具合を起こすように出来ているからだ。


そのリミッターを、遺伝子操作で勝手に外したらどうなるか。

彼の脳は、ありえないスピードで情報を処理し、ありえない運動能力を発揮する代わりに、自らのありとあらゆる細胞を破壊するらしい。




らしいなんて曖昧な表現なのは、訳がある。

実はとある人から軽く説明を受けていただけで、実際に彼があの水槽から出たのを見たのは1度しかないからだ。


あの日は、彼が生きるのに必要な機器のメンテナンスをする日だった。

そのせいで一瞬水槽から出された彼は、殊更ゆっくり動くように意識しながら床に蹲り、静かに鼻血を垂らしていた。


そしてまた水槽に戻る時、初めて彼と目が合った。

純粋日本人にありえない部分は、髪色だけでなく、目もだったんだなぁなんて、スカイブルーの瞳を見ながら思った。


私は、皮肉げに、自信なさげに苦笑する彼の表情が、いつになっても忘れられなかった。




だから彼が生きるためには、動きと思考を鈍らせるこのスカイブルーの水槽から、出られないことを私は知っていた。


そうして優秀な助手で、後継者となれる者だけを欲していたある研究者は、自らの子供最高傑作を、役立たずの失敗作として捨てたことも、何となく察していた。

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