スピンオフ レイヤーさんのプロポーズ
レイコと貴義は周りが引くくらいのスピードで結婚した。
それこそルカたちが”どんな心境の変化が?”と目を丸くするほど。あれだけ結婚や恋愛を遠ざけていたレイコのことだから、にわかには信じられなかったらしい。
「くっそ緊張した……」
「はは。うちのオトン、顔は怖いからね」
「……否定できない」
レイコがタイムスリップをし、貴義が前世の記憶を思い出した時から二ヵ月。
二人はレイコの実家を訪れた。
貴義が”ご両親にあいさつしたい”と言い出したのだ。
レイコの実家はマンションから車で20分ほどの場所にある。貴義の車で向かったのだが、行きの彼は緊張で若干震えていた。
それはレイコの両親と話している間がマックスだったようだ。
レイコは白い顔を青白くさせた貴義の背中を叩き、”大丈夫?”と笑った。
「ねぇねぇ、富橋まつりに行こうよ」
富橋まつりとはここ、富橋市で年に一度、10月の第三土日に行われる大規模な祭り。
レイコは高校生の頃まではほぼ毎年行っていたが、社会人になってからはぱったり。
貴義と付き合い始めて一週間経った今日。レイコは二人でバスに揺られていた。周りには目的が同じであろう家族連れが席に座っている。
「貴義は初めて?」
「あぁ。名前はよく聞いてたけど。土曜日の晩は特にすごいんだよな?」
「うん。総踊りって言って人がめちゃくちゃ集まる」
バスは富橋駅のペデストリアンデッキをくぐった。左方向には市電の線路がある。造花でめかしこんだ市電の中は人がめいっぱい乗り込み、重さのせいかのろのろと出発した。
バスを下りると階段を上がってペデストリアンデッキへ出た。駅方向にはテントがあり、富橋まつりのパンフレットを配布したり案内所として機能しているようだ。
広場には人がたくさん集まり、キッチンカーで買ったらしい五平餅やいなり寿司を手にしている人もいた。食事を楽しむ人たちの間を、派手な着物で鳴子や太鼓を打ち鳴らす団体がすり抜けていく。
彼らは白塗りの顔で目や口を赤や黒の塗料で縁取っていた。口々に”ええじゃないか”と、カメラやスマホに向かってポーズを撮っている。
レイコは市電が走っていく方向を指差した。
「総踊りではこの道を通行止めにしていろんな団体が踊るの。四曲を延々。上様の曲もある」
「上様……?」
二人は富橋駅とは反対方向へ歩き、階段を下りた。
普段は自動車が通る道路は歩行者天国になっていた。そこを家族連れやカップルが食べ歩きスナックを片手に歩いている。
道の両側にあるファーストフード店や居酒屋が店先にテントを張り、飲み物やコンビニスナックを屋台のように売り出していた。
プラスチックカップで酒を販売しているのを見たレイコはもちろん引き寄せられた。しかし、貴義に”後でな”と腕を掴まれてしまった。
「真っ昼間の酒~……」
「この酒クズが……」
「褒め言葉?」
頬を膨らませたレイコは貴義の腕に自らのを絡め、前へ進む。
付き合い始めて日が浅いのに、こうして腕を組んで歩くのが当たり前になっていた。
子どもが走り回る甲高い声がした。車が通らない道路では地元の高校生が考案したゲームコーナーがある。レイコはそちらを指差し、口を開いた。
「明日はここでパレードやるんだよ。あたしが高校生の時にレイヤーもパレードに加わってた。その時からコスプレっていいな、って思ってさ」
「俺も見てみたかった」
「うん、一緒に見たかったかも。そういえば貴義がコスプレを始めたきっかけは?」
「そうだな────」
貴義はあごに手をやり、わずかに上へ顔を向けた。しばらく考える仕草をし、レイコのことを見てフッと笑んだ。
「誰かに出会うため、だな」
「え。出会い厨?」
若干引きつらせたた表情で身をひくと、彼は”違う”と肩を抱き寄せた。
「いつからか……忘れられない誰かを探している気がした。それに元々アニメが好きだし。気付けばコスプレしてたな。今思えばずっとレイコのことを探していたんだな」
真面目な表情になった貴義は立ち止まった。同時にレイコも止まる。
「どうしたの?」
「ここに来たくて」
貴義が視線を上げ、つられてレイコも顔を上げる。
そこにはアンティーク調の店構えのジュエリーショップ。レイコが一度も入ったことのない系の店だ。
そういえば広小路を練り歩くとか富橋公園に向かうとか決めていないのに、随分迷いなく歩いていると思っていた。
「貴義……?」
「────本当は前世を思い出した時にすぐ言いたかったけど、レイコを驚かせると思ったから」
立ち止まった二人とは関係なく流れる人の波。その騒がしさが耳に入らなくなるくらい、貴義のことしか見えなくなる。
貴義はレイコの手を取り、彼女とまっすぐに向かい合った。
「結婚しよう、レイコ」
彼らしく、飾り立てていないストレートな言葉。
学生時代、レイコは乙女ゲームのような甘い言葉でプロポーズされることに憧れていた。
でも。彼からのシンプルなプロポーズはじんわりと胸に響き、目の奥が熱くなった。シンプルだからこそ、だりおうか。
「……うん」
涙を流してうなずいたレイコは、そのまま貴義の胸にしがみついた。
結婚式はレイヤーの友だちをたくさん呼んだ。
式なんてお金かかるし別にやらなくていい、と夢のないことを言ったレイコは貴義に怒られた。
一生に一度のことなんだから、と。
『それに俺はレイコのウェディングドレス姿が見たい……』
柄にもなく頬を染めた彼のお願いが可愛くて、レイコは”仕方ないなぁ”と赤みが移った頬でわざとむくれてみせた。
お色直しではレイヤーらしく、美少女戦士アニメ風のウェディングドレスとタキシードで登場した。
結局、誰よりも式を楽しんでいたのはレイコだった。
アパートを出て新居を購入した二人。
家事は大体レイコが担当しているが、休日は貴義がほとんど引き受ける。
正直、料理の腕前は貴義の方が上だ。
「あんまりレパートリーない内に実家出たからな……。オカンの手伝いもそこそこしかやらなかったし……」
「俺なんてほとんど手伝わなかったぞ。飲食店のバイトした時に包丁の持ち方から教わった」
ある日の晩御飯。この日は貴義の方が帰りが早かったので、彼が食事を用意した。
お礼に、とレイコが片付けをしていたら貴義が布巾を手に取った。
「ねぇ、本当にあたしでいいの?」
「何を今さら」
「コイツの料理微妙……とか」
「それは……正直」
「おい」
「聞いておきながらなんだよ……」
そう言うと貴義は、レイコの額に音を立てて唇を当てた。
彼女はバカ、と小さくつぶやくと彼の胸板を肘で小突く。
「けど、そのバカが好きなんだろ?」
「大した自信ね」
レイコは腕の力をゆるめられた隙に、自ら貴義の唇を奪った。
「そういうとこ……!」
不意打ちをくらった彼は手で口元を覆い、視線をそらす。
してやったり、という顔をしたレイコは背を向けて食器洗いを再開した。
互いの左の薬指にはシルバーのペアリング。ジュエリーショップで二人で選んだものだ。
(あたしはあんたの、意外と照れ屋な所が好きだよ……。貴義)
レイコは額まで真っ赤になった貴義の顔を盗み見てほほえんだ。
fin.
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