最終話

「何その女神とか死神とかとある一族とか! 聞いててめっちゃ楽しいんだけど」


「こら。作り話じゃない、ノンフィクションだぞ」


「ごめんてごめんて」


 涙が止まったレイコは、瞳を輝かせて話を聞いていた。アニメのような展開と吉高の過去がエモすぎて、映画が一本作れると思った。


「一族の人、ただ吉高さんを置いていったわけじゃないんだね。普通の人間として暮らせるようにしてくれたんだ。お糸さんとノリさんに聞いて気になってたからさ……。良かった良かった」


 うんうんとうなずいたレイコは、改めて黒鷹のことを見上げる。


「で? それからどうしたの?」


「皆に事情を話したよ。俺は未来に行くことにしたって。お糸とノリさんは泣いていたが、玉彦はレイコによろしく、って。忠次様はレイコのようにこの時代に飛ばされたらまた酒を酌み交わそうとおっしゃっていた」


「わー言いそう」


「残念ながら記憶を保持してたわけじゃないけど、レイさんに初めて会った時、懐かしい気がしたんだ。よく言う、前世で会ったのかなとか運命の人かなって。それでレイさんのことばっか見てたら、意外と仕草が女らしいって気付いて」


「意外とってなんだ。分かってるけど!」


 ごめん、と笑った黒鷹は、二人のシートベルトを外した。左腕でレイコの肩を抱き寄せ、右手は彼女の後頭部に添えている。


「……好きだ。もう一度好きになってた。俺があの二人の神に願ったのはレイコと生きたい、なんだ。まだ叶ったとは言えない」


 黒鷹が何を言おうとしているのか、経験が浅いレイコでも察した。


 じわじわと体が熱くなってくる。そんな彼女の手を、黒鷹はそっと握った。


「俺と一緒に生きてほしい。……いいだろうか」


「いいに決まってるじゃない……」


 再びこぼれた涙を止めるように、黒鷹はレイコのまぶたにキスを落とした。


 およそ四百年前────想いを通わすも、結ばれることが許されなかった二人。


 時が流れ、こうして再び巡り会えたことを運命と言って何が悪い。レイコは黒鷹の胸にしがみついた。


「もう会えないと思ってた……。きっとこれで、一人で生きて行くんだろうな、って。元々こういうこととは縁遠かったから」


「俺が人間なら問題ない。もう突き放さないから……。レイさんが嫌だって言っても離さない」


「絶対? "俺たちは歳で隔たれているんだ……"とか重々しく言わない?」


「言わない。……その節は本当に申し訳ない」


「ていうか好きなら好きって早く言ってよ! そしたら付き合ったりして……黒鷹の前世ー! って違う楽しみ方できたかもしれないのに!」


「……そう言う辺り本当におもしれー女だな」


 笑い合った後、沈黙が流れた。


 どちらからともなく目を合わせると、衝動的に唇を重ねていた。求め合うように指を絡め合い、互いの距離が改めて縮まった。











 シーツのひんやりとする感覚と、包丁で何かを刻む音で目が覚めた。


 レイコは目を瞬せ、前髪をかきあげて時計を探した。


(そーいや自分の家違うわ……)


 布団にくるまり、ベッドから降りて自分のバッグをあさった。


 時刻は8時過ぎ。仕事が休みだからこそ起きられる時間。


 家の主はもう起き出しているようで隣にいない。


 寝室の扉を開けると、キッチンに立つ黒鷹の後ろ姿があった。同時にあたたかないい香りが広がった。


 一人暮らしは長いと聞いていたが、朝から手の込んだ朝食を作るなんてなかなかやる。


 レイコは一回り大きなシャツのボタンを留めながら、改めて寝室の取っ手に手をかけた。


「おはよ。くろた────」


『俺、今は黒瀬貴義たかよしって言うんだ』


『吉高をひっくり返しただけ?』


『……俺もそう思う』


「おはよ貴義!」


「わ!? おはよう。びっくりした……」


 冷蔵庫の前に立った彼をレイコは抱きしめた。広く大きな背中が目の前にあり、当たり前のようにこうしてふれられることが嬉しい。


 黒鷹もとい貴義は、レイコの突然の行動で冷蔵庫に軽く衝突した。


 テーブルを見るとオムレツにサラダ、トースト、コーンスープが二人分並べられている。


 昨日のイベントのことを話しながら食し、食後のコーヒーを一口飲んだレイコはハッとした表情になった。


「やっぱ家にコーヒーメーカーあるのいいな……。ウチも買おっかな」


「ここで淹れて飲めばいいじゃん」


「いちいち来るのウザくない? あたしもめんどくさいし」


 再びカップに口をつけると、貴義はわざとらしくため息をついた。


「何よそのため息。何気腹立つ」


「あ~……」


 貴義は苦笑いをしてカップを置き、レイコの瞳をじっと見つめる。その真剣な表情につられてか、レイコもカップを持った手を下げた。


「……何よ」


「昨日言質取ったつもりなんだけどな……」


「えっ?」


「その……俺と一緒に生きてほしい、って」


「あ……」


 レイコは車内での会話を思い出し、テーブル上のいちごジャムのように赤くなった。


 明確に付き合ってほしいとか結婚したいとか言われたわけではないので、貴義には悪いが深く捉えていなかった。


「ごめん、レイコがそこまで考えてないなら昨日のはなかったことにしよう。俺も唐突すぎ……」


「いいよ」


「へっ?」


「時代は違ったとは言え、もう同居した仲だし」


 貴義の珍しい素っ頓狂な声に、レイコは肩をすくめて笑ってみせた。


「それに私は……吉高さんだろうが貴義だろうが好きだよ。何を迷う必要があるの?」


 彼女が首をかしげると、貴義はフッと瞳を閉じてほほえんだ。


「……それもそうだな」


 レイコは柔らかい表情で口角を上げた。


 彼氏、もとい結婚相手は侍からコスプレイヤーに生まれ変わった男。


 一度悲しみを刻みつけられたが、時を越えて想いを届けに来てくれた。


 レイコは頬杖をつき、穏やかな表情をした貴義にほほえんだ。


(幸せって初めて思ったかも……)


 今までまともに好きな人ができなかったのはこの日のためか。


 黒鷹もとい、吉高もとい、貴義に出会うため。


 小説やアニメのような運命的な恋が自分の元におりてくるなんて。


 レイコの突然の笑顔に貴義は頭の上に”?”を浮かべている。そんな彼が愛しくて”にひひ”と笑いをこぼした。


fin.

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