第8話

 吉高が目覚めたのは朝日が昇りきらない早朝だった。


 部屋に差し込む日光に目が刺激され、少しずつ脳内が覚醒していく。布団の中でおもむろに寝返りを打つと目を開けた。


 自分で布団の中に入った記憶はない。


 針仕事をしている糸とレイコに見送られて馴染みの鍛冶屋へ赴き、刀の手入れをしてもらった。


 帰って来てからはおつかいに行くと言うレイコに同行し、商店へ向かった。


 草むらから現れたゴロツキに絡まれ、玉彦にレイコを預けた。


(……くそっ)


 針でさしたような痛みにこめかみを押さえる。


 我を忘れ、レイコの前で本性を明かしてしまったことを思い出した。


 血まみれの刀と着物。戦場いくさば以外で血を散らしたのは初めてだった。


 それにしてもここのところ妙に絡まれる気がする。


 レイコは逃げ出しただろうか。あんな姿、できれば見せたくなかった。獣のような一面を知ったら今まで通り接してもらえるとは思えない。


 彼女が耳を押さえてうずくまる姿を思い出し、心臓が鷲掴みされたように痛くなる。


 布団からそっと起きだし、静かに奥の部屋をのぞいた。レイコは布団にくるまって眠っている。穏やかな寝顔に小さじ一杯分だけ安心し、笑みが浮かんだ。


 自室に戻ると枕元の着物に袖を通し、縁側に出た。台所からは糸が米を洗っている音が聴こえた。


 庭では昨日の着物が風に吹かれていた。綺麗に洗われ、一点のシミも残っていない。


 爽やかな朝の風がまとめてない髪をなびかせて気持ちよかった。


「おはよう。もういいのか?」


「ノリさん……。迷惑をかけてすまない」


「迷惑なんて思ってない。誰もな」


 永則は顔に泥をつけ、ほほえんでいた。朝餉用に畑で野菜を収穫したらしい。手に持った平たい籠には葉がついた大根、ごぼう、ねぎが盛られている。


 そこで昨晩のことを全て聞いた。


「レイコちゃん、お前のことをずっとおとなしく聞いてたぞ。もっと早く知りたかった、ってさ」


「聞いたとして……どうするのだ。未来に帰った時の土産話にするのか」


「あのコに限ってそんなバカなことはせん。一緒に住んでんだから事情を知っておきたかったんだろう。それにあのコはお前のこと────」


 彼はそこで言葉を切った。そこからは本人同士でやれ、というように。


 吉高は眉間にしわを寄せると、山間から顔をのぞかせた太陽を見つめた。


「それがどうした。所詮は時代が違う者……」


「いつまでそんな態度を取り続けるつもりだ? 本当は好いてるんだろ」


「バカなことを言うな!」


「親に向かってバカとはなんだ!」


 今まで育ての親に反抗したことはない。口答えの一つすらしたことなかった。


 永則は大きく息を吐くと、優しい表情になった。


「堅物で事情持ちのお前を変えるコが現れた、と思ったんだがな」


「ぐっ……!?」


 さすがの吉高も育ての親には敵わない。思いもよらない言葉に顔が火照ってきた。朝の冷えた風がほどよく冷ましてくれた。


 何も言い返せなくなった吉高は頬をピシャリと叩き、腕を組んだ。


「この間忠次様から頂いたお話、受けようと思う」


「なに?」


「俺は駿府へ行く。レイコのことは頼む」


「急に勝手な……! 見捨てるのか!」


 永則は縁側に音を立てて籠を置いた。その拍子に大根が板の間に転がる。


「レイコを巻き込むわけにはいかない……」


 一方的に言った吉高は家の中へ戻り、二振りの刀を腰に帯びた。台所の糸に声をかけると、彼女は慌てて板の間に飛び出した。


「本当にいいのか? 見送りもせず、レイコちゃんがいなくなったら────」


「よいのだ」


 吉高は振り向くことなく答えた。糸が名前を呼ぶのが聞こえたが、柄の先を握りしめた。


「よいに決まっている。あいつはここにいるべきではないのだから」


 それだけ言い残し、永則たちの返答を聞くことなく足早に去った。











「バカ……」


 この日も一番最後に起きたレイコは一言だけ罵倒した。いつの間にか消えた男のことを。


(巻き込みたくないって何よ。あたしが怖がるとでも思った? こちとら二次元で耐性ついてんだからね)


 レイコは朝餉を食べることなく、縁側で膝を抱えていた。


 そんな彼女を心配し、玉彦が握り飯を持って隣に腰を下ろした。


「姉御、せめてこれだけ食ってくれ」


「……うん」


 両手で持つほど大きな握り飯は塩気がきいていておいしかった。


 玉彦は朝餉を食べ終えたらしいが、自身も握り飯にかじりつく。


「旦那は何考えてんだ……。男らしく去ったつもりかもしれないけど」


「そだね……」


「ということで旦那の所へ行かないか?」


 玉彦は握り飯を一気に頬張り、指についた米粒に吸い付いた。


「えっ……」


 考えもしなかった行動。玉彦の提案にすぐには返事できず、握り飯を持ったまま固まった。


「俺はこれから城へ戻る。だから姉御も行かないか? 旦那、すぐに駿府に向かうことはないと思うし」


「でも……会ってどうするの?」


「それおいらに聞く!? 会いたそうな顔してたのになー」


「そう?」


 疑り深い顔で横目を投げると、玉彦は二カッと笑った。


「おう! すっごく会いたそう。この際、思ってること言っちまえよ」


「思ってることって……」


「好きなんだろ、旦那のこと」


「へっ!?」


 米粒が気管支に入り、レイコは激しく咳き込んだ。台所にまで聞こえたのか糸がお茶を差し入れに来た。


「げっほ……。死ぬかと思った」


 レイコ用のお茶はぬるめで一気飲みしても火傷することはない。


 かすれがちの声で”あ~……”と発声し、若干の違和感が残る喉をさする。


「ほーほー図星か」


 玉彦は持ち上げたアゴをさすりながら片頬を上げた。糸はレイコの横で膝にお盆を立てて大きくうなずく。


「私は応援してるわ」


「ぐぅ……」


 レイコは握り飯を一気に口に放り込むと、ハムスターのように頬を大きく膨らませた。


 だが、このまま何も言わずに彼と別れるのは嫌だ。


 支度を終えたレイコはいつもの袴姿で玄関に立った。隣で玉彦も忍び装束をまとっている。


 クリーム色の髪は束ねずに下ろしていると、糸が自身の首元を叩いた。


「あら? レイコちゃん、髪飾りは?」


「この前とよ様にお会いした時に忘れちゃった。他の打紐も一緒に置いてきちゃって」


「あぁ、そういえばかんざしを挿して帰ってきたことがあったわね」


「ついでに持って帰ってこようかな」


 レイコはすっかり元気を取り戻し、いつもの調子で額に裏返した手を当てた。


「行ってきます!」


「行ってらっしゃい。気をつけてね」


「うん。私に黙って出て行ったから一発殴ってくるわ」


 レイコが真顔で拳を握りしめると三人は笑った。


「好きなだけ殴って来い。さすがに女の子相手じゃ仕返しもせんだろうし」


「じゃっ、遠慮なく」


 二人に見送られ、レイコと玉彦は鈴木家を出た。











 城の敷地に入り、本丸に向かう。


 レイコは門番と玉彦の会話を思い出し、彼の脇腹を肘でつついた。


「ちょっとちょっと! 嫁になるって何よ嫁になるって」


「嘘じゃないだろ? 嫁になりたいだろ?」


「いつ誰がそんなこと言ったよ!」


「出発前にそんな顔してただろうがよー!」


「会いたかっただけじゃボケー!」


 つい、少年相手にムキになってしまった。レイコはごほん、とわざとらしく咳払いをした。


「吉高さんに怒られるよ、そんなこと言ってたら」


「分かんないぜ? あの顔で本当は何考えてるか」


「え。ムッツリ……。いや、ない。吉高さんに限って」


「あのなぁ……」


 玉彦は頭の後ろで手を組むと、盛大にため息をついた。


「男なんて皆オオカミだろ。姉御みたいなべっぴん相手ならなおさらな。姉御は元の時代で引く手あまたなんだろ?」


「全くですけど」


「だったら尚更旦那と結婚しろよ」


「どうしてそういう話に持っていくのかね……」


 レイコは頬を引きつらせた。


 本丸に入ると見慣れた女中と会釈をし、彼女が去ると玉彦が膝をついた。


「玉彦、レイコ」


「とよ様!」


 レイコは華やかな打掛をまとったとよに頭を下げた。今日は長い髪を高く結い上げている。以前、レイコがポニーテールにしたら気に入ってくれたようだ。


 彼女は穏やかな笑みをたたえていたが、レイコに目を向けると眉を落とした。


「……吉高かの」


「……はい」


 玉彦は”竹島の屋敷に行ってくる”と言い残して消えた。


「今は殿と駿府行きについての話をしておる。こちらで待っているとよい」


 レイコはとよの自室に連れて行かれた。何度も入ったことがある部屋だ。


 お方様なら絢爛豪華な打掛やかんざしが数多くあると思いきや、部屋はすっきりとしている。豪華な打掛は数枚でシンプルなものが多い。小袖もだ。かんざしも玉飾りが一つついただけの質素なものばかり。凛としたたたずまいの彼女によく似合っている。


 レイコは侍女たちに小袖を体に当てられ、とよに似合うと言われたものを着付けられた。


 黄白色の着物に緋色の襦袢がアクセントとなっている。萌黄色の帯には赤い帯紐が巻かれた。さらに化粧まで施される。髪は和えて下ろしたまま。


 化粧筆を持った侍女たちの”お似合いです”という言葉に、レイコは自分の姿を見下ろした。


「なんで今日もあたしは着せ替え人形に……」


「いつものことじゃ」


 正座をしたとよは、袖口を口元に当てた。


「せっかくの美人が男のなりをするなどもったいない。これで吉高もイチコロだの」


「あの吉高さんを? それはさすがに……」


「お方様。玉彦です」


「入れ」


 ふと、部屋の外から少年の声がした。襖がスッと開き、玉彦が頭を垂れた。


 彼は身軽に立ち上がるとレイコに笑いかけた。


「姉御、旦那と御館様の話が終わったようだ」


「うん……!」


 レイコは帯の前で手を組み、上気した頬でうなずいた。


 お礼を言うととよが立ち上がり、レイコの肩に手を置いた。


「吉高と一緒に駿府へ行くも、連れて帰ってもよいと思う。レイコが後悔しないように」


「とよ様……。ありがとうございます!」


 優しく見つめる瞳は母のよう。彼女は糸と同じくらい心おきなく話せる女性の一人だ。


 レイコが手を振ると、とよは優雅に片手を上げた。おしとやかに袖口を押さえて。


 とよの部屋を出て玉彦に案内してもらい、吉高がいるという部屋の手前まで来た。


「じゃあ、おいらはここで」


「うん。ありがと」


「いいよ。今回の最大の目的だもんな」


 玉彦は親指を立てて笑った。燭台の火よりも明るい笑顔。ハンドサインはレイコが教えたものだ。


 彼は音もなく去り、しんと静まった廊下にはレイコだけが残った。


 襖の向こうに吉高がいる。


 やっと彼への想いを自覚し、ここまで来てしまった。


 思い切り開けて驚かせてやろうかと思ったが、静かに廊下に膝をついた。女中たちの真似だ。


「吉高さん……?」


「どうぞ」


 彼の声だ。昨日の夕方以来に聞く。


 レイコは意を決して襖の取っ手に手をかけた。


 彼はこちらに背を向け、文机に向かっている。


 ずっと見てきた背中はたくましく、同時に寂しさをたたえているようにも見えた。


 風呂上がりのように髪を下ろしている姿に疑問が浮かんだが、今はどうでもいい。


 彼に会わずに何日も過ぎたわけではない。


 だが随分久しぶりに思えて。


 涙ぐんだがこらえ、レイコは手をついて立ち上がると勢いよく彼の元へ駆けた。


「バカ!」


「おわっ!?」


 罵倒して殴るつもりだった。


 なんなら思い切り背中を蹴ってやろうと思った。


「レイコ……!?」


「吉高さん!」


 振り向いた彼の首に両腕を回していた。驚いた吉高は何も言えず、手が空中で固まっている。


「なんで出てったの!? バカじゃないの!?」


 目を合わせると水色の瞳がひどく動揺していた。


「……すまない」


 吉高は手と視線を下げる。何をどれだけ言われても仕方がないと言いたげな表情で。


「あんな姿を見たのだ、俺のことが怖くなっただろう? だから────」


「怖くなかった」


 嘘偽りのないストレートな言葉に、吉高はハッとさせられたように目を見開く。


「あたしは怖くなかった。あんたの知らない一面より、あんたがいなくなったことの方が怖かった。だからこうして来たの」


 レイコは腕をゆるめ、吉高と視線を合わせる。


「他人とは違う一面があるからって何? あたしだってコスプレイヤーって別人格を持ってる。理解のある一部の人にしか教えられない人格なんだよ……。コスプレは偏見の目で見られることが少なくないからね」


「お主のは趣味であろう。俺のは生まれ持った一面だ。望んでもないのに」


「分かってる。軽々しく言えることじゃないけど……。それはただの一面にすればいいじゃない。レイヤーだってそうよ? 引退したら黒歴史としてそっとしまっておくの。ま、出戻りしたりカメラマンになる人もいるけど……ってそれはいいか」


 レイコはあごに手を当てて話していたが、吉高のことをまっすぐに見て笑った。


 決して同情なんかではない感情。綺麗ごとを並べたって仕方ないのは分かっている。それでも、彼が背負っているものが少しでも軽くなれば。


 彼女はとびきりの笑顔を浮かべて見せた。


「あたしはあんたがいい人なのを知ってるよ。優しくて紳士なイケメンだって。他のヤツが何を言おうと気にしなさんな」


「レイコ……」


 吉高にささやくように呼ばれ、首をかしげる。彼はレイコの首の裏に手を添え、ゆっくりと自分に近づける。


 もしやこれは、と気づいてしまったレイコはそっと目を閉じ────


「……ダメだ」


 手を離した吉高は片手で目元を覆い、首を振る。


 フェイントをくらったレイコはポカンとして彼を見つめた。


「何が……?」


「お主の言ってくれたことは嬉しかった。だが、なぜそこまで俺のことを考える?」


「なぜって……。決まってんでしょ! あんたのことが好きだもん!」


 秘めていた感情に吉高の口が開く。一度爆発したらもう止まらない。言葉を発するにつれ、涙がポロポロとこぼれ出した。


「もう未来になんか戻れなくていい……。吉高さんに会えなくなるのは嫌だ! 自分でもバカだと思うけど、時代が違うあんたを好きになってた」


 着物の袖口で涙を拭くが、あふれる涙は止まる気配がない。


 ハンカチが欲しくなるほど泣いたのは久しぶりだった。決して叶わない相手に想いを告げて泣きじゃくるなんてラノベの主人公のようだ。


 嗚咽を我慢していたら手拭いをそっと差し出され、目元を優しく押さえられた。


「……いい。俺のことでそんなに泣いてくれるな」


「何? うぬぼれてんの?」


「そういうわけでは。ただ……レイコの言うように、鬼神の自分は割り切ってもいいだろうかと。そんなこと、今まで一度も考えたことがなかった」


「いいよ。あたしが許す────ってえらそうだけど。ごめん」


「……ありがとう。お主に会わなければ、割り切れることはなかったと思う。あの時レイコを拾って良かった。きっとお前は、この日のために未来から来てくれたのだな」


 吉高の瞳が優しく細められる。透き通った湖のよう、と思ったことがあるが、今は快晴の空のように見えた。


 レイコは落ち着くと彼から離れ、正座をした。


 きっと泣き過ぎて鼻が赤くなっている。それが恥ずかしくて手の甲で隠した。


「ねぇ、何か気づかない?」


 小袖の肩口をつまむと、吉高が首を傾げた。


「何か……?」


「ごめん、ガキっぽいこと言った」


「嘘だ。似合っているぞ。やはりそなたのような綺麗なおなごは女物がよく馴染むな」


 吉高はレイコが着せ替え人形になって帰って来るたび、そう褒めてくれる。恥ずかしげもなく。


「そ、そうかな?」


「俺は世辞は言わぬ」


「もーそういうこと言わないで!」






『決まってんでしょ! あんたのことが好きだもん!』


 吉高はレイコに言われたことを心の中で何度も繰り返した。


 その言葉に返事はしなかったが、今までもらった好意の言葉の中で一番嬉しかった。ここまで追いかけてくれたことも。


(お前と生きていけたら……)


 いつしかそんな願いを持つようになった。


 レイコを身近で守りたい。国ではなく、彼女だけを守る日が来たら。


 祝言を挙げて二人で生きることを誓って。子どもが生まれたらどんな家族になるのだろう。


 この時代でもいいが、レイコの言う未来とやらだったらもっと楽しそうだ。


 ぼんやりと考えながら書物に向かっていると、戸の向こうから突然、少年の声がした。


「だーんな」


「……玉彦」


 音を立てずに襖を開けた彼はニヤニヤしながら部屋へ踏み入った。


「姉御に殴られたか?」


「いいや」


「ふ~ん? でもいいことはあったんだろ?」


 企みのある顔つき。吉高は目を細めていたが、自慢げな顔つきになった。


「まぁな」


「で? 具体的に何があったんだ?」


「誰が教えるか」


「なんだよー! いいだろ!?」


 吉高はしつこくつきまとう玉彦を軽くあしらう。


 諦めたらしい彼は頭の後ろで手を組んだ。


「それで、本当に駿府へ行くのか?」


「……あぁ」


「姉御も一緒に?」


「連れて行けるわけないだろう」


「姉御だったらどれだけ言い聞かせてもついてくと思うけどな」


 それは吉高も分かっていた。レイコはそういう女だ。この数週間で彼女の行動が読めるようになった。こういう時、どんな表情をするのかどんな声を上げるのか。


 駿府に連れて行ったら海を見て喜びそうだ。共に砂浜を歩く姿を想像し、吉高の口元が和らぐ。


「てか……姉御は?」


「お前の嫁が来てさらっていったぞ」


「おりゅうが? そういえばさっき会わせろってせがまれたな」


 龍は玉彦の年上の嫁だが、彼より小柄で若々しい。自分の子どもだけでなく身内の子どもたちの面倒を見る立派な母親だ。


 この後何も用がないなら子どもたちの相手をしてほしいと言われたが、吉高は自分の髪を見つめた。


 勢いで自宅を出てしまったため、髪をまとめるのを忘れてしまった。女中に声をかければ紙紐をもらえるだろう。


 しかし、それを聞いたとよに部屋に引き込まれた。正座をさせられ、赤い紐で髪を後ろにくくられた。


「レイコが忘れていった打紐じゃ」


「見覚えがあると思いました」


『今日のコスプレのキャラは打紐とかちりめん細工とか綺麗な和物が好きでさ。その時ちょうど京都に行ったからいろいろ買ってきたんだよね』


 レイコは毎朝、胸元に届く長い髪を梳かして打紐でまとめていた。


「何故それを私に」


「レイコを一人にするのは私が許さん」


「は……?」


 呆けた返事をすると、とよがほほえむ気配がした。


「レイコを一緒に連れて行くと決めるか、絶対に吉田に戻ってくると約束するのじゃ。これはレイコのことを忘れさせないための呪いよ」


 最後に髪の毛を持ってぎゅっと紐を上げられ、”痛っ”と声を上げたら思い切り背中をはたかれた。

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