第5話

 その日は目覚めてからずっと雨が降っていた。


 庭の草木が雫を落とし、地面を濡らす。


(こっちに来てからの雨は初めてだな……)


 レイコは縁側で二の腕をさすった。


 未来ならガラスの窓越しに見る景色だが、ここでは遮るものが何も無い。


 秋の雨は降る度に冬の気配を色濃くしていく。


 未来で同じだけ時間が過ぎていたら、街で半袖の人を見かけることはなくなっているだろう。


「そっちは冷えるだろう。今日は奥の部屋にいるといい」


 吉高が淹れたてのお茶をお盆に載せて現れた。


 レイコは畳の部屋に引っ込み、お茶を一口飲んで息をつく。


 今日も糸の作業を手伝おうと思ったのだが、休みを言い渡された。


『いくら楽しくて仕事じゃないみたい、でも休まなきゃ。メリハリは大事よ』


『超ホワイト……』


 納屋でくわすきなどの手入れをしている永則にも声をかけたが、糸と同じようなことを言われたのでおとなしく過ごすことにした。


 台所にある美しい食器や湯呑を観察したり書物に目を通したり。昼寝をして目覚めると、糸が”おやつよ”と饅頭とお茶を出してくれた。


「今日はどこにも出かけらんないねー……」


「そうだな。晴れていたらザクロやアケビを取りに行こうかと思ったが」


「え!? 食べたかった……」


「また行けばよかろう」


 饅頭にパクついているレイコの横で吉高はあぐらをかいた。彼はお茶をすすり、思案を巡らせているのか目を閉じた。


「……ふむ」


「何よ急に」


「こんな天気だが雨脚は強くないから、散歩くらいどうかと思ってな」


「行きたい! ……熱っ」


 慌ててお茶を飲もうとしたレイコは、ヒリヒリする舌を手で扇いだ。


「慌てるな、まだ時間はあるぞ」


 吉高は仕方なさそうに笑うと、冷水を汲みに立ち上がった。






 一つの傘を二人で使う。俗に言う"相合傘"を男とするのはレイコにとって初めてだった。


 コスプレの撮影ではしょっちゅうだ。番傘を通販で買ったこともある。


 だが、相手は大抵女子だ。自分が男装ばかりしているから。


「寒くはないか?」


「平気。歩いてたら体あったまってきたから。雨の散歩も粋でいいね」


 無心で歩くというのもいい。レイコは雨の中の散歩を楽しんでいた。


「そうだろう。……なんて自慢するほど雨の散歩をしたことはないがな」


「なんだそれっうわっ」


 冗談でコケるつもりが、小石につまずいてしまった。地面に顔面をつっ伏す────という悲劇は、吉高の手によって免れた。


「気をつけろ。お前のいる時代と違って道は整備されていないのだからな」


「だよね……。アスファルトの地面が懐かしいわ」


 もしここで転んだら着物が泥だらけになってしまう。アスファルトだったら水浸しになるだけで済むのに。


「レイコ、肩が濡れているぞ」


「あっいやっこれは」


「風邪を引きたくないだろう。もっとこっちに来い」


(ふわっ!?)


 さりげなく回された腕によって吉高との距離が近くなる。お互いの肩がかすかにふれあうほど。気恥ずかしくて視線を落とし、不自然に体の前で手を組んだ。


(近い近い近い……! 動揺するなあたしン中に残されたわずかな乙女心)


 実はずっと何でもないフリをして吉高の隣を歩いていた。吉高の肘に肩がふれてしまわないよう、一定の距離を保ちながら。


 レイコは首をブンブンと振り、動揺をそこら辺に飛ばした。


 視界が悪くなった拍子に足元がふらつき、吉高の腕にぶつかってしまった。


「ひゃあ!?」


「なんだ?」


「……なんにもないです」


 跳ね上がると怪訝な顔をされた。


 少しも動揺していない様子にレイコは唇をとがらせた。


(この人イケメンだし女慣れしてんのかも……)


 転びそうになったレイコを支えた時も表情一つ変えなかった。


 今のところ、糸から彼の浮いた話を一切聞いたことない。だからこそレイコに彼をゴリ押しているのだろう。


 ここまで視線を合わせないのも不自然かと思い、彼に顔を向ける。


 目の前には傘の柄を握る彼の手。今までまじまじと見たことがなかったが、大きくて骨ばった男らしい手だ。


 寝間着姿を見た時、細身に見えて体が筋肉質なのは意外だった。


「よう、吉高。お糸さん以外の女と歩いてるなんて珍しいな」


 吉高を呼ぶ声に顔を上げると、一軒の店でのれんを上げた男がいた。


 紫の髪を後ろでまとめた、随分大柄な男だ。この時代に吉高より身長が高い人は彼しか見たことがない。


「あ、慶司けいじさんだ。こんにちはー」


「よう、未来から来た嬢ちゃん」


 いつの間にか商店が立ち並ぶエリアに入っていた。彼はその中の一つである茶屋の店主だ。雨のせいかほとんどが開店休業状態で、そもそも開けていない店も多い。


「珍しく雨が長く降ってると思ったが、どうやらお前のせいみたいだな」


 これまた顔が整った男で、憎たらしい笑みを浮かべているのがもったいない。


『なんか……駅前のカフェの店長さんに似てる……』


 慶司と初めて知り合った時、レイコはアゴに手を当てて目を細めた。


『『かへ?』』


『ワンチャンご先祖様かも……』


 ルカたちと駅前のイベントに参加した時、コスプレしたままカフェに入ったことがある。そこの女性店員もコスプレをして働いていたのでよく覚えていた。


 二人はのれんの内側に招き入れられ、赤い布が敷かれた床几台しょうぎだいに腰かけた。花見で見るベンチのようなものだ。店内には机と椅子がセットになった席もある。


 慶司は熱いお茶と共に小さな紙袋を持ってきてレイコに差し出した。


「今度からウチで使ってる茶葉を販売しようと思ってるんだが。どう思う」


「すっごくいいと思います! 絶対流行りますよ! 未来ではお店手作りのお菓子を売ってたりしてます」


「なるほどな。じゃあウチが最先端てわけだ」


 彼はいたずらっぽい表情で紙袋を見つめた。


「慶司さんはいつからお茶屋さんをやってるんですか?」


「吉高がここに来る前から。吹けば飛ぶようなガキの時に吉田に来たんだよ、今の城主と一緒に」


「そうなの? 初めて聞いた……」


 吉高に顔を向けると、当の本人だと言うのに素知らぬ顔でお茶をすすっていた。


 そういえば彼は鈴木夫婦のことを”育ての親”と言っていた。あの時は酒を呑んだ後で何もかもがどうでもよくなっていたので、深堀しなかった。レイコの悪い癖だ。


 彼女はお茶に息を吹きかけると、彼の反対側にある刀に目をやった。


 太刀の柄は青く、脇差の柄は赤い。どちらも鞘は黒。


「強そうだね。帯刀してると貫禄があって」


「────そうか」


 顔はレイコに向けているが視線はあらぬ方向へ。


「何暗い顔してんの。めっちゃ褒めてるよ? ここは照れるとこでしょうが」


「そういうものか?」


「そういうモンだよ」


 はぁ、と曖昧な返事をした吉高は反応に迷っているらしい。意外な言葉をもらった、と言いたげな表情だ。


「それにしても意外と刀ってカラフルだよね~。吉高さんの刀も名前あるの? いい刀────」


「いい刀持ってんじゃねぇか」


 ”それあたしが言おうとしたヤツ”、と口を開きかけたら、吉高がスッと立ち上がった。


「ちょっと何……」


 目の前にはボロボロの着物をまとい、ボサボサ頭で錆びた刀を肩に担いだ図体の大きな男。


 いつの間にか裏に引っ込んだ慶司も怪訝な顔で戻ってきた。


 どうやら招かれざる客らしい。


「褒めてもらえて光栄だ」


 吉高の警戒心の塊のような固い声が響く。


(ゴロツキ……ってヤツ?)


 レイコは上目遣いで不穏な空気を伺った。その視線に気づいたのか大男はレイコに下卑た笑みを浮かべ、真っ黒に汚れた手を広げた。伸びた爪は茶色く変色している。


「おめぇの刀とその女。こっちに寄越せ」


 地を這うような低い声。じわじわと体に響く不気味さにレイコは若干身を引いた。コスイベでレイヤーを品定めする嫌なタイプのカメコ(カメラ小僧)に遭遇したような気分だ。


 吉高は彼女の前に立ちはだかると腕を組んだ。


「断る」


「ならツラ貸せや。表出ろ」


「茶を楽しむつもりがないなら出て行け」


「そーだそーだ。ウチは茶屋だ、チャンバラしてぇんなら他当たりな」


 慶司が柄杓片手に加勢すると、ゴロツキの放つ空気が剣呑なものに変わった。


「なんとしても一緒に来てもらうぞ!」


「吉高さんっ……!」


 ゴロツキが咆哮と共に錆びた刀を振り上げた。


 吉高よりも慶司よりも大きな図体ではパワーが違うだろう。しかも吉高は刀を手にしていない。


 レイコが目を背ける前に吉高は大男の懐に飛び込んだ。腕に力を入れると岩のような拳を作り、みぞおちにめり込ませていた。電光石火の速さで。


「ぐえっ……!?」


 大男は目を見開くと、黒ずんだ歯がわずかに残った口をわななかせて硬直した。


 反動で空気が震え、レイコの前髪がわずかに浮いた気がした。


「速さには自信があってな。刀を抜くまでもない。同じ目に遭いたくなくば二度とこの店に姿を現すな」


 静かに語る吉高の言葉が終わると同時に、大男は仰向けに倒れた。


 いるだけで店が狭く感じる図体なだけあって倒れた時の音は派手だった。


 吉高は手を叩いて払い、刀を腰に戻した。


「慶司殿、騒ぎを起こしてすまなかった」


「いやいや、助かったぜ。コイツが動けない内に帰った方がいい」


「かたじけない」


「コイツが悪いんだよ。じゃ、今日は俺のおごりだ。気ぃつけて帰れよ」


 レイコは吉高に”行くぞ”と声をかけられ、小さくうなずいた。


 外に出るといつの間にか雨が止み、美しい夕焼けが広がっていた。










「ったくどうしたもんか……」


 慶司は柄杓を置くと大男を見下ろした。うめき声を上げて腹部を押さえている。


 ゴロツキが町人を困らせる場面は何度か見たことあるが、店に入られたのは初めてだった。


「私が運び出しましょう」


 しゃがんで柄杓の柄でつついていたら朱色の光が遮られた。


 顔を上げると、入口に立った男の姿が目に入った。


「あんたが?」


 慶司がいぶかしむと、男は笠を被った顔をわずかにのぞかせた。質素な小袖と袴だが、そこそこいい生地だ。店で使っている布製品は糸に相談しながら仕立ててもらったので、生地の良し悪しはなんとなく分かる。


 腰に刀を携えていることから、ただの町人ではないことが伺えた。


「助かるが……本当に?」


 傘の男は背は高いが慶司ほどではない。熊を放り出せるような屈強さを持ち合わせているようには見えない。


「こう見えて腕っぷしには自信があるんです」


 無言で目で疑っていたら、彼は底の見えないほほえみを浮かべた。






「あちゃー。派手にやられたね」


 ゴロツキは雇い主である男に担がれ、茶屋から離れた草むらに放り出された。


 若い侍の強い打撃で一時的に呼吸ができなくなった。みぞおちがまだ痛む。彼はへその上をさすりながらその場に座り直した。


 雇い主は刀が地面にぶつかるのも構わず、ゴロツキの前にしゃがんで顔をのぞきこんでいる。


『荒くれ者さん。その乱暴さ……他のことに使ってみる気はないかい』


 彼は家も職も持たず、町の隅で寝ゴザを敷いて起きては寝て、の生活を繰り返している。時折人を襲って金品を強奪していた。


 身なりの綺麗なこの男も襲ったが、見事に返り討ちに遭ってしまった。腰の刀を抜かず、そばに立てかけてあった棒を槍のように振るってねじふせられた。


 そこで終わりかと思いきや、この男は銭が詰まった巾着をチラつかせてきた。


『この近くに若い武士がいるだろう。黒髪を束ねた色男。その彼を生け捕りしてくんない?』


『そんだけもらえるんなら』


 ゴロツキは懐に手をつっこんで腹をかくと咳き込んだ。


「キヨマサさんよ……。なんだあの兄ちゃんは」


戦場いくさばの鬼神」


「鬼神……?」


 キヨマサは笠を持ち上げると、明後日の方向を見た。夕日が眩しかったのか目を鋭く細める。


「あいつ、俺には拳で十分だとかほざきやがった。この俺に向かって……!」


「うんうん、そうかさすがだね。彼は誰よりも強い。ただ強い、と言うより人間離れした力を授かっている。この地に堕とされた神の子かもね」


 屈辱を味わったことにキヨマサは少しも興味を示さない。ゴロツキは残った歯で歯ぎしりすると、”ヨシタカ”のたたずまいを思い出して拳を叩きつけた。


「あの野郎……。いつか痛い目見せてやる……!」


 今まで人を脅して何も得られなかったことはなかった。ちょっと言葉で脅せば金目のものをばらまき、尻尾を巻いて逃げていく。


 しかし彼は違った。どれだけ凄んでも静かな池の水面のように動じなかった。


「あ、変な気は起こさない方がいいよ。今度はもっとひどい目に遭うかも」


 キヨマサに例の巾着を握らされた。彼は立ち上がると傘を深く被り、背を向けた。


「生け捕りにできなかったのは残念だけどお礼は出すよ。ヒデヨシ様がいつもくださるからね、私も見習ってんだ」


 結局キヨマサの目的は分からなかったが、そんなことはどうでもいい。


 ゴロツキは悪態をつくと巾着を地面に向かって投げつけた。紐の結び目がほどけ、銭が数枚こぼれた。











 家に着き、レイコが戸の引手に手を近づけたら先に戸が引かれた。吉高は横で傘の雫を払っていた。


「ただいま~……ぁ? お!? どちら様……?」


 開け放たれた戸の前には見たことのない少年が立っていた。彼もぎょっとしてレイコのことを見ている。


 日に焼けた浅黒い肌、茶色の短髪、ツリ目。濃紺色の忍び装束をまとい、口元は同じ色の布で覆っている。見るからに忍者だ。レイコよりも小柄で、よく見ると少年と青年の狭間の風貌をしていた。


(これで頭巾をかぶってたら忍〇まのコスっぽい……。伊賀流か? 甲賀流か?)


 忍び装束も、と言うべきだろうか。コスイベで見慣れている和服の一つだ。忍者のたまごのキャラクターはどこのイベントに行っても必ず見かける。大人にもファンが多い作品だ。レイコも子どもの頃、夕方になるとテレビにかじりついていた。


 少年はレイコの観察眼に辟易しながら、口元の布を下げた。


「おかえり、黒木の旦那とレイコ殿」


「んん? ウチは鈴木ですけど……」


 レイコは吉高と少年の顔を交互に見た。


「吉高の旦那のことだよ」


「あとなんであたしの名前……」


「旦那の好い人だって殿に教えてもらった。噂は聞いてるぞ」


 少年は二人に手招きし、”お糸様の夕餉ができているぞ!”と笑った。彼は勝手知ったる様子で家の中をズカズカと進む。


 台所のそばにある囲炉裏では、糸が”おかえり”と鍋の中身をかき回していた。のぞきこむと味噌ベースのスープで、中には大量の野菜と肉団子。


 五人でそれを囲み、はふはふ言いながら食べた。


 猫舌のレイコは取り皿を二つ用意して冷ましながら口に運んだ。時々舌の火傷がピリッと痛んだが、野菜と肉の出汁がよく出ていておいしかった。


 食事を終えてお茶で一息つくと、吉高が少年を紹介した。


「こちらは玉彦たまひこ竹島たけしま一族と言って忠次様の専属飛脚をしておる」


 彼はレイコがタイムスリップをした日の宴会に参加していたが、早々に酒に潰されて退席していた、と話した。


「へー! 初めて聞いたわ。そういうの授業でもアニメでも見たことないや」


「俺の一族は吉田以外にも散らばっているんだ。幡豆はずとか宝飯ほいとか。影で殿に仕えてる」


「そうなんだ……。具体的に何してんの?」


「殿の伝達係。暇な時は農業もする。頭のいいやつは商いをしたり、接客業をしてるよ。情報収集にもなるし。おいらは今、忠次様と旦那一家の伝達を担当してる」


 専属飛脚はいつでも忠次の命令で動けるように、一部は城内の敷地に住んでいる。玉彦もその一人だ。いろんな町に居住を構えているが、現在の本拠地は吉田の町外れにある。


 彼らの多くは血がつながっていない。先代は幡豆の下級武士で、物好きな彼が捨て子を拾って読み書きを教えて育てたことから始まった。今でもそれは続いており、どの屋敷でも子どもたちに読み書きの他に走り込みやうまい逃げ方を教えている。


 同時期に吉田城を築城する話が上がり、石垣に幡豆の石が使われることになった。その縁で先代は牧野小白に仕えることになり、子どもたちは各地に散らばって情報収集を行った。


「彼らはとにかく有能なの。要領がよくて動きが早く、なんでもそつなくこなしてしまうわ。あと何より明るいのよね。影の存在にしてるのがもったいないくらい」


 糸はお茶をすすりながら玉彦に笑いかけた。横で永則もうなずいている。


 玉彦は得意げに鼻をこすると、足の裏を合わせて体を揺らした。


「姉御は本当に未来から来たんだな! 俺の名前、歴史書に残ってるかな!?」


「ん~……残念ながら」


 レイコが目を伏せて首を振ると、玉彦は囲炉裏の前で転がった。暴れたせいで足が吉高に当たる。彼はだまって玉彦のふくらはぎをつねったが、本人は痛みも気にせず頭を抱えた。


「……祝言で浮かれたせいか!? 大した成果を上げられずにおいらは死んでいくのか!?」


「え、結婚してんの!? てかいくつ!?」


 祝言、という単語にレイコはお茶を吹き出しそうになった。彼は高校生くらいにしか見えない。


「一応18歳。妻は姉御の一個上だ」


「あら随分と歳上なのね……」


「同じ竹島一族の女だ。行き遅れだなんだと気にしていたが、おいらにとっては好都合だった。幼い頃から慕っていたからな! 子どももいるぞ」


「おっふ……。戦国時代すごすぎぃー……」


 対する玉彦はケロッとしており、座布団の上で頬杖をついた。


「二人はどうなんだよ」


 その言葉にレイコはあからさまに固まる。今度は吉高もお茶を吹き出した。


 その前では糸が頬を染めている。


「どうって何がよ」


「どうもこうもないが」


「今日の旦那……。今までと違うんだよ。なんかこう、表情が優しいというか。まぁ旦那は他の男より優しいけどよ。姉御のことを見る目は特に優しい。姉御もどうよ? こんな色男、未来にもいないだろ? 旦那に所帯持たせてやってくれよ~」


「はあぁ!?」


 レイコは顔を真っ赤にし、お茶を一気飲みしてごまかした。いつの間にか冷め切っている。


「玉彦……。お主というヤツは何を言う。レイコはこの時代の人間でないのだから」


「未来に帰れないって聞いたぞ? 前までは毎日のように未来に帰る方法を試してたけど、最近は来なくなったって殿が。てっきりねんごろに……」


 玉彦が言い終わらない内に吉高は彼の首根っこを掴んだ。瞳を刀のように鋭くさせると唸り声で凄んだ。


「ぐえっ」


「吉高さんやりすぎ……」


「かようなこと、二度と口にするでないぞ……。俺とレイコは他人だ。それに嫁をもらうつもりなどない」


「分かった! 分かったから離してくれ! 首がもげるー!!」


「しばらくお仕置きだ」


「ぐぎゃー!!」


 どの家も夕餉を終えた夜。断末魔の悲鳴が付近の鳥を飛び立たせた。

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