幸せを運ぶ猫

現実が理想

幸せを運ぶ猫

第1章 再会

自動扉が開くと、騒がしく聞きなれない音が頭の中に直接流れ込んでくる。今日もシワシワの1万円札をポケットに入れて男はパチンコ店に足を運ぶ。「今日こそは...」そう男は意気込んで、319分の1の確率に自分の生活を掛けることにした。高校を卒業し、田舎を出た男は大学入学を機に東京に上京した。ごく平凡な大学生活を送り、ごく平凡な企業に就職し、ごく平凡な人生を送っていたのである。そんな男は持ってきたはずだった夢も希望も、東京という大都会の圧倒的な情報量の波に飲まれて、とうの昔に田舎にある幸せな思い出と一緒に置いてきてしまったのだろう。

「ッチ」大学の友人に誘われて、始めてみたパチンコは当初は調子が良く、勝つことも多かったが、ここ半年は負け続きで折角給料が入っても最低限の生活費を残し、殆どギャンブルで消えてゆくのである。

帰り道のスーパーで特大セールの惣菜と、少しのツマミと1缶のビールを買って帰るという生活を今日も送る。

「こちらお釣り777円になりますー」

そう店員に言われお札の入っていない財布に、男は投げ捨てるように小銭を入れる。

「皮肉なもんだな...」そう男は誰にも聞こえないような声でそっと呟いた。


家に帰る途中、1匹の猫がこちらを見ているのに気づく。着いていくつもりも、懐かせようとする気も到底なかったのでそそくさと猫のいる道にはいかず、少し早歩きで自らの帰路に着いた。


そんな日常がしばらく続いたある日、男はいつものようにスーパーに行き特大セールの惣菜と少しのツマミと、ビールをカゴに入れ、レジに置いた。お釣りを受けとり、いつものように空っぽな口に小銭をいれると、急に

「もしかして○○くん??」

下の名前で呼ばれるのはいつぶりだろう、そんな事を考える暇もなく女は言葉を続ける。

「やっぱり○○君だ!こんな所で会うなんて私びっくりだよ!」

田舎に置いてきたはずのモノを思い出させるようなその声は高校生の時に密かに思いを寄せていた、同じクラスの○○さんであった。

「あ...え、どうして、、こんなところに...?」

大学を卒業してから職場の人間以外の人とまともに話したことのない男の声はかろうじて相手に届いた。

「私、ちっちゃい頃から女優になりたかったの、でも、中々両親が許してくれなくてね・・・だから大学卒業してから勝手にこっちに出てきたの!!」

「そ、そうなんだ凄いね...」

「でも、中々上手くいかないんだよね、だからこんな時間にスーパーのレジなんかにいるの。ところで○○君も高校以来だけど東京で何してるの?」

夢を追いかけてきたがすぐに諦めたなんて言えるはずもなく、

「普通に仕事して、普通に暮らしてるよ」

「そっかー...お互い大変だね!!」

彼女の突拍子のない笑顔と、溢れ出る人の良さに懐かしさを感じながらも適当に挨拶してその日は帰路に着いた。


ボロボロなアパートに帰り、薄い布団の中で高校生の頃の記憶を少し思い出す。

「俺東京に出たら、世界一有名な写真家になるんだぜ!!1枚くらいはお前も撮ってやるよ笑」

当時たった1人高校で仲の良かった加藤に毎日のようにそう言って

「はいはい、俺はこの狭すぎる世界で十二分に幸せに暮らすからその時はお前に写真を頼むよ」とサラッと流されるのが日常だった。

当時の男はこの加藤の言っている「狭すぎる世界」の良さが1ミリも理解できなかった。その世界について少し真面目に考えていると、

加藤が「おい、アレ見てみ」

視線を加藤が指さす方に移すと、○○さんがキラキラとした目をしながらこちらを見ている。そして少し小走りで2人の席がある窓際に近づいてくる。

「ねぇ!今の話本当???」

急なことで目が泳ぎまくってる男をアシストするかのように

加藤が「こいつ東京に出て世界一の写真家になるらしいよ(笑)」と云う。

男はまさかの展開に

「い、いや、これは...」

とすぐさま訂正しようとするがそれを遮るように、

「私ね、日本一の女優になりたいの、だから世界一を目指してるような人なら私を日本一綺麗に撮るのなんて朝飯前だよね??」

男は唖然とした表情で加藤に助けを求める。

しかし、加藤はシラをきり笑いを堪えている。

「ねぇ、どうなの??」

持ち前の男の思考力を鈍らせる笑顔でそう聞く彼女は少し、悲しそうな目をしながら聞いてきた。

「わからない、、」

そう男は彼女にギリギリ届いてしまう声の大きさで言い放ってしまった。


それが男とのお互い目を合わせて話した最初で最後の機会であった。


目が覚めると寝起きはいつも通り最悪で、インスタントコーヒーを啜りながら身支度をし、いつものように寝癖頭で家を出た。


仕事を終えた男はいつもより中身の乏しい財布をもって帰り道のスーパーによった。

「はぁ...」

深すぎる溜息とともに今日は1缶のビールだけをレジに置くと、

「あれ、今日はこれだけ??」

三角巾とエプロンが綺麗すぎる顔をより引き立ててしまっていることに気づいていなさそうな女が言う。

昨夜のことがあまりにも現実離れしていたため、男はそこで初めて自分の錆びた記憶の中で唯一輝きを放っていた人が故郷から離れた場所でまた自分の近くに居ることを自覚する。

「今日はこれだけでいいんだ」

まだ自分の中にもプライドの欠片が残っていたことに少し驚きながらも、凝り固まった表情筋を全力で使い、少しはにかみながら男は言った。

「そっか、あ、そういえば今度私舞台にでるの!小さな舞台なんだけど、良かったらでいいんだけど見に来てくれないかな??」

突然の事に男の死んだ魚のような目は少し左右に動いた。

「え、あ、どうして...?」

少し期待しながら男は言う。

「どうしてって、○○くんはいずれ日本一の女優になる女の演技見てみたくないの??」

と逆に聞き返されてしまう。高校生の頃と同じ彼女の眼差しと、彼女らしさに圧倒されながらも男は精一杯返事を返した。

「そうだった、予定確認しとくよ」

と男はポケットの中のボロボロの2つ折りの財布を強く握り締めながら言う。

「来週の土曜、赤坂で!夜の7時から!!絶対にきてよね!」そう女は言いながらエプロンのポケットから綺麗に折りたたまれたチラシを男に渡した。

スーパーからの帰り道ビールを片手にチラシを何度も見ながらチラシの隅にちょこっといる彼女の演技を想像する。それと同時に、自分と彼女を比較してしまい、また1口ビールを飲む。無数のコオロギの鳴き声の中をふわふわとした気分で歩いていると、遠くからいつかの猫が又こちらを見ている。

「何見てんだよ、」

男が野良猫にハッキリと聞こえるくらいの声の大きさで言う。すると猫は1度あくびをしてスタスタと去っていってしまった。

今ならあいつを1度撫でてやってもいいと男は勝手ながらに思った。

薄い布団の横に部屋の隅に立てかけておいたまま暫く使っていない小さなちゃぶ台をわざわざ持ってきてその上にチラシを置き、チラシが綺麗な形のままで居てくれることを願いながら男は眠りについた。


あっという間に約束の土曜日になり、男は勿論舞台など見に行ったことがないのでどんな格好で行ったら良いのか分からず、朝からインスタントコーヒーを啜りながら悩んでいた。

結局男はいつものようにワイシャツに袖を通しいつもより少しキツめにネクタイを締め、買ってから初めてジャケットにアイロンをし、大学生の時に買ったワックスを付け家を出た。


2回ほど乗り継いで赤坂に着いた男は普段行かない場所に困惑しつつも、開場時間の15分前には到着していた。チケットを買い、自分の席に着くと、もう一度男はチラシの端にいる彼女の演技を胸いっぱいに想像する。想像の中の彼女を思い描くだけで少し胸の鼓動が早くなる。すると、いきなり舞台の幕が開き会場から拍手が起こる。男も大衆につられ思わず拍手を送る。

「っスー」

男は深呼吸をして高ぶる気持ちを無理やり押し殺す。舞台の開演である。


チラシの真ん中に大きく映っていたであろう男が話し始める。そして舞台の袖から続々と登場人物が出始め、ついに男は彼女を見つけた。

彼女のセリフは舞台を通してたったの5回。

しかし彼女は舞台にいた誰よりも輝きを放っていた。動作の一つ一つが洗練され、この日にかける彼女の思いがひしひしと遠くにいる男まで伝わってきた。1度の休憩を挟み、舞台は鳴り止まない拍手の中思っていたよりも早く幕を閉じた。

「また来よう」そう男は思い、賞賛の嵐が去らないうちに帰路についた。少し肌寒くなってきた季節の変わり目の中を男は舞台の上の彼女を思い出しながら歩く。


ふと遠くを見るとまたあの猫が一本道の先からこちらを見ている。するとこちらに近づいてきたので、男もその場に立ち止まる。いつもは遠くにいたせいで気づかなかったが、野良猫とは思えないほどの真っ白で綺麗な毛並みを揺らしながら悠々と歩くその姿に男は思わず見惚れてしまい、気づけば自分のスマホで写真を撮っていた。特別猫が好きという訳では無いが、男は大変その写真を気に入ったため、初期設定のままであったスマホの待受をその猫にした。


次の日、不意に目が覚めるといつもより空気が少し冷たかった。普段の休日と言えば昼過ぎに起き夕方まで布団から出ずに過ごし、外出するにしても最寄りのパチンコ店に行くくらいであった。スマホを見てみると午前八時で、昨夜撮った猫と昨夜の彼女の演技を思い出しながら男は水道水を一気飲みする。

「よし、決めた」男はそう呟くと、上京する時に持ってきた押し入れの奥で埃を被り、今にも風化しそうな一眼レフのカメラを取り出して、部屋着の上に1枚洋服を羽織り、動くか分からない懐かしい重さのするモノを首にぶらさげ外に出た。何となく歩き、赴くままに一日の始まりをレンズにおさめながら少しの期待を込め、いつものスーパーに向かう。男は彼女のことが正直気になっており、彼女に悟られぬよう挨拶も兼ねて、先日の感想を伝えようと思った。しかしスーパーに着くと彼女はいなかった。色々な嫌な憶測が男の空っぽな頭の中をマッハで飛び交う。落胆しながらも、缶コーヒーを1つだけ買い男は店を出た。

「彼女に伝えたい、言わなければならない」

気づくと男は河川敷を走り出していた、なんの根拠もないが彼女が近くにいる気がする。

そう思うと、どこからかまたあの白い猫が現れた。彼なのか彼女なのか分からないがその猫の方向に視線を移すと、遠くで川の向こう側に向かって何かを訴えている色白な肌に長く、手入れの行き届いた黒髪が良く似合う女性を見つけてしまった。

「彼女だ」男は朝の清々しい空気に向かってそう呟いた。息をすぐに整えて男は彼女が自分に気づいてくれることを期待しながら彼女のいる方へとゆっくりと歩みを進めた。

「○○さん」出会ってから初めて男は自分から彼女に声をかけた。

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第2章 夢と現実

「日本一の女優になりたい」私がそう思ったきっかけは本当に単純で、小さい頃に演技が好きだという祖母と一緒に見た当時日本一有名な女優が出ているドラマを見て、彼女の演技を小さいながら本当に綺麗だと思ったし、私もそうなりたいと思ったからである。その日から私は演技の虜になってしまったのだろう。それまで見ていた美少女戦士も小さなボールの中にどうやって収まるか分からないモンスター達にも興味がなくなってしまった。

両親に伝えても両親は

「いい夢じゃないか頑張りなさい」

と言うだけで、今思えば何も本気で私が女優を目指しているなんて考えていなかったのだろう。小学校6年生の時の学芸会では勿論主役をし、演技をするためにわざわざ演劇部のある中学校にだって進学した。両親からなんと言われようが、私は演技を続けようと決心していたし、それを応援してくれるのは家族では祖母だけだったので祖母の為にも頑張ろうと思えた。そして、高校三年生のある日の昼休みに、いつものように演技について考えていると、クラスの後ろの方から

「俺東京にでたら世界一の写真家になるんだぜ!」

と聞こえてきた。騒がしい昼休みのクラスの中だったにも関わらずその声は私にはハッキリと鮮明に聞こえた。

「口だけだったらなんとでも言えるよね」

そう彼女はらしくもない言葉を雑音だらけの空間に吐き捨てた。でも少し気になるので彼女はその声の方に視線を移した。あの時程の衝撃は私のこれからの人生においてもないんじゃないかと彼女は後に思い返す。

彼女はそこで初めて祖母とみた日本一の女優の演技をみて、自分もそうなりたいと思った時の自分の目と彼の目が同じである事に気づいてしまった。その瞬間彼女は彼の方へと駆け寄り彼への真意を問う。しかし聞いた途端彼の目は輝きを失ってしまった。それが彼との高校時代の唯一の接点だった。

時が経ち、私は地元からギリギリ通える大学で4年間みっちり演技の勉強をし、日本一の女優になるために単身東京に乗り込んだ。両親には本当に反対されたけれど、自分の気持ちと具体的なプランを伝え、5年間の猶予を与えてもらった。そして、上京する日に祖母に「私に演技と人生の目標をくれてありがとう」と感謝を言い、未練を全て洗い流すように祖母と熱い抱擁をした。そういえば私は祖母に抱きつくのは物心が着いた時からの癖で、何かに迷った時や、悲しい時はいつも祖母の腕の中にいた事を思い出す。

意気込んで上京したものの、勿論最初から上手くいくはずもなく、バイトを何個か掛け持ちし演技教室に行き、オーディションを何個も受けては落ちるという生活を暫く送っていた。ある日スーパーのレジ打ちをしていると懐かしい顔を見つけてしまった。でも、私がその人を知った時とはまるで別人のような顔をしていたので話しかける勇気もなく、あちらも私に気づいてる様子ではなかったので、彼が私に気づいたら話しかけようと思った。


バイトからの帰り道にスマホの連絡通知を確認すると、小さな舞台ではあるがなんとオーディションに合格していたのである。私は今すぐ飛び跳ねて自分の嬉しさを叫びたい気分ではあったが、流石に夜も遅いこともあり不審者と間違われては折角の合格も喜べないので小さく拳でガッツポーズを作り、誰にも聞こえないよう小さな声で

「よしっ!!」

と呟いた。誰にも聞こえないように言ったつもりが、近くにいた可愛らしい白い猫には聞こえていたようでその猫と目が合ってしまった。なので私は「シーっ」と口元に人差し指を持ってきて、白い毛に黄色の瞳をした人の言葉が分かりそうな猫に向けて言ってみた。私がしたことがわかるはずもないので、猫は大きなあくびをしてスタスタと去っていってしまった。小綺麗な3階建てのアパートについた女は、今舞台に自分が立ったとしてもそれを見てくれる自分の親しい人は誰もいないという事に気づき、何かが込み上げてきそうだったので悲しくなる前に無理矢理眠りについた。

そして次の日、いつものようにレジ打ちをしているとなんと自分の目の前に懐かしの彼が商品を置いてきた。彼は私に気づく様子もなく、そのままそそくさと帰路についてしまいそうだった。東京に出てきて知り合いなどひとりもおらず、強がりな私は寂しさを紛らわすように「もしかして、○○くん?」と聞いてしまった。そしてしまいには、自分が出る舞台に無理矢理誘ってしまい、誘った瞬間私は高校生の頃のように無謀なことをなんの恥じらいもなく、なんてことを言い放ってしまったんだと後悔した。それでも彼は私の演技をみに、きちんと来てくれた。そして、閉幕の瞬間大衆の中で輝く瞳を持った貴方を私は決して見逃さなかった。

それが東京に来てからの彼との再会。

そんな彼が誰にも見られないよう朝早くから河川敷で演技の練習をしている私の目の前に、いつかの昼休みと同じ目をして立っているのである。


第3章 真意


「昨日の演技本当に素晴らしかったよ!」そう輝いた目で言う彼はなんだかスーパーで会うよりも自信に満ち溢れていて、今にもどこかへ駆け出して行きそうだった。

「え、あ、どうしてここに?」慌てて私は言う。

「たまたまこいつで写真を撮りに出かけたら○○さんの声が聞こえて、もしかしてと思って来たんだ。」

「ふーん、、やっぱりまだ夢諦めてないんだ」彼の首にかけられたカメラを見て私は笑顔で言う。

「いや、1度は諦めたさ、でもある人のおかげでまた写真を撮りたいと思ったんだ。」

彼も笑顔で私の目を見てハッキリと言う。

「ある人って??」

「三角巾とエプロンがとっても似合わない人だよ」

彼が真面目な顔で訳の分からないことを言うので私は思わず

「なにそれ(笑)」

と大きな声で笑ってしまった。

そういえば東京に来て演技以外で声を出して笑った事は1回でもあるのだろうか、そんなことをふと考えていると

「パシャッ」

とシャッター音が聞こえた。私は驚きつつも

「まだ、世界一にもなってないのに私を撮るなんていい度胸ね」私は素直になれない自分に嫌気がさした。彼は

「ごめん、でもこれはケジメなんだ」と真剣な眼差しで言った。

なんだか私は少し怖かった。高校生ぶりに会った彼とこれから色んな事を話したいし、彼の瞳の輝きを見ていると胸の奥が熱くなってしまう理由も知りたかった。

「ケジメって??」私は知りたい気持ちと知りたくない気持ちの間の中で彼に問う。

「俺、世界一の写真家になるためにまずはアメリカへ行こうと思ってる、それでアメリカで有名になったら世界中を飛び回るような写真家になりたいんだ。」

彼の顔を見なくたって彼がどんな顔をして私に言ってるのかは容易に想像できる。

「・・・」

私は言葉が出なかった、いや出してしまうと違うものも出てしまいそうで怖かったからである。多分私は昼休みで彼の瞳を初めて見た時から演技でいっぱいだった頭の中の片隅にずっと彼は居たのだろう。そして、東京という人で溢れる冷たい町の中で運命的な再会をし、この汚い空気の中で故郷の空気を知っている唯一の知り合いであり、寂しい時に限って不意に現れてスーパーのレジで話してくれる彼との記憶を思い出す。

「彼と一緒にいたい。」

人としても、男性としても、そう面と向かって言えるはずもなく赤くなった顔を隠すように私は下を向く。

すると

「ッスー」彼が深呼吸する音が聞こえる。

「正直に言うと君が好きなんだ」

彼は続けて言う

「高校生の昼休みに君が話しかけてくれた時から君の瞳にすっかり惚れ込んでるんだ、突然の事で戸惑わせてしまうし、君は僕の事なんてただの元クラスメイトとしか思ってないだろうけど、赤坂で君の演技を見た時僕は勇気を貰ったんだ。1人で東京に出てきて、きちんと自分の目標に向かって努力して結果だって出してる。そんな君が心底かっこいいと俺はおもったんだ。だから俺も頑張ろうと思えたし、また夢を追いかけようとも思えた、ほんとうにありがとう。」

恋愛ドラマは数え切れないほど私は見てきた、こういう場面は何回だって演技でも経験してきた、でもいざ自分が演技ではなく本当に言われる立場になると何も言えない、言葉が詰まる、胸が苦しい、顔もとっても暑い、あぁこれが舞台の上でなくて本当に良かった、自然と熱いものが頬を蔦る、演技だけだった私の頭の中に初めて人に対する「愛」が流れ込んでくる。

「わたし、、、も、、、」

最前列の人にも聞こえないような声で私は呟いた。彼の方を向けない、果たして今の声は彼に届いたのだろうか、それに今私は絶対に酷い顔をしてるし、色々な事を考えすぎて今にも頭がパンクしそうだ。すると急に祖母との抱擁を思い出した、あのなんとも言えない祖母とのふわふわする幸せな空間と時間をなぜか今感じる、気づくと彼が私を抱きしめていた。


まだ太陽が真上にも来ておらず、もうすぐ来る冬を感じさせる風が吹き、その度に彼らは強く強くお互いを抱きしめ合い、その瞬間の幸せを噛み締め続けたのであった。



2週間後、男は辞表をだし、少しの退職金を貰いアメリカへと旅立つ準備を着々と進めていた。また、女はこないだの舞台で、ある事務所の目に留まり、その事務所で芸能デビューする事がきまった。2人は連絡先すら交換していなかったことに気づき目を合わせて、微笑みあいながら男が旅立つ日までの短すぎる時間の中で愛を育んだ。そして、男がアメリカへ渡る前に記念撮影をしようと男の家の前で写真を撮ることにした、脚立を立てカメラのタイマーを押すと同時にビー玉のような綺麗な黄色の瞳を持つ白い猫が突然現れ、2人の間でくつろぎ始めたのである。

女はこう呟く


「幸せを運ぶ猫」


その翌日男は真新しい長財布にピンと伸びたドル札をありったけ入れてアメリカへと飛び立ったのであった。

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