TS魔法少女の楽屋話

たけすぃ

第1話 TS魔法少女の楽屋話


 斑目樹まだめいつきは案内された楽屋に入った瞬間に後悔した。

 やはり間違いを黙ったままでいるというのは良くない事なのだと、痛感する。

 訂正する瞬間は何度もあったというのに……。

 逃した分だけ、後悔は重い。


「お? なんだ? 君が新人ちゃん?」


 扉を開け、あまりの光景に挨拶をする事すら忘れて固まる樹に、無作法を注意するわけでもなく気安げに声を掛けてきたのは。

 ファッションピンクの髪の少女だった。

 ピンクが識別色パーソナルカラーなのだろう。少女らしい華奢な体躯と、すらりとした長い手足を、フリルだらけのピンクのドレスで包んでいる。


「お! おはようございます!」


 声を掛けられた樹は慌てて挨拶を返す。

 自分が意図せず騙してしまっていると分かっているが、だからと言って失礼であって良いわけではない。

 相手はベテランの魔法少女だ。大先輩である。世界の平和と愛を日夜守る英雄でもある。


 この際、その魔法少女が楽屋のソファで、大股を開いて右足の踵を反対の足の膝に引っ掛けている、という姿である事は無視した。


「おぉ! 良いハスキーボイスじゃん!」


「ありがとうございます。ガブリ―ピンク先輩!」


 人類を最低でも三度救っている大英雄、ガブリ―ピンクに声を褒められて樹は反射的に頭を下げる。コンプレックスでもある低い声も彼女に褒められるなら気にならない。

 たとえ彼女が右手に火のついた紙タバコを持っていても。


 スカン! ガブリ―ピンクが灰皿替わりだろう、スーパードライの空き缶に小気味の良い音を立てながら灰を落とす。


「おぉおい! 新人きたぞ! お前らも挨拶しろよ!」


 一声発するたびにタバコを吸いながら、ガブリ―ピンクが頭をのけ反らせ、口から煙を吐き出しながら言う。

 ガブリ―ピンクはセブンスターを吸うのか。

 樹は普段テレビで目にする魔法少女の素顔を知って若干狼狽えたが、幻滅しない自分の精神的タフさに新鮮な驚きも感じてもいた。


 きっと事前に聞かされていたせいだと思う。

 自分が魔法少女に選ばれて、政府の役人に事前に説明されていなければ自分はもっと狼狽えていただろう。


「なんすかぁ? 住之江の第八レースの良い所なんですから邪魔しないでくださいよぉ」


 耳からイヤホンを外しながら化粧台に座っていた青い髪の少女、ガブリ―ブルーが振り返った瞬間に、流石に樹もツッコんだ。心中でだったが。

 楽屋でボートレースすんなよ!


 スポーツ新聞を片手にダラダラとした歩き方でこちらに近づいてくる少女は、どう贔屓目に見てもオッサンの動作だった。


「お? 新人ちゃん黒系?」


 ガブリ―ブルーがテレビで見せる知的さの欠片も感じられない、樹の見たままの感

想を言いながら「よっこいセイラライ」と意味の分からない掛け声を言いながらソファに座る。

 当然のように足をだらしなく開いて。


 テレビで特集され、何度も見た魔法少女たちの姿はそこには無い。

 完全に無い。

 清楚さも。

 ラブリーさも。

 天真爛漫さも。

 完膚なきまでに無い。

 そう、無いのだ。

 何故なら――彼女たちの中身は文字通りオッサンなのだから。


「新人が黒系って事は、俺ってクール系から路線変更っすかね?」


 ガブリ―ブルーが一本貰いますね、と言いながらタバコをくわえて火をつける。


「お前、禁煙してたんじゃねぇの?」


「あー止めました。スロで通常時回してる時ってタバコ吸う以外にやること無いっしょ」


 まさかと思うがその姿でパチンコ屋に行ってるのか?

 樹はその光景を想像して眩暈がした。

 入店を許しているパチンコ屋もアウトだが、魔法少女がパチスロ打つのが問答無用でアウトだ。


「黒系つったら不思議ちゃん系じゃねーの? 知らんけど!」


 関西人でもないのに得意げに知らんけど!と語尾に付け加えるガブリ―ピンク。

 貴方の語尾は“だよ!”ではないのか?

 あまりの光景に樹は後悔を深くする。


 何故に自分は誤解されていると気が付いた時に、すぐに相手の勘違いを訂正しなかったのか? 自分はTS魔法少女ではないと。

 樹という、どちらとでも取れる名前である事で誤解させてしまったのだろうか?

 今更、自分はTS魔法少女ではないと告白する事も出来ず、楽屋の入り口で立ち竦む樹は己の優柔不断さに打ちのめされる。


「新人ちゃんもいつまでもそんな所で立ってないで、こっち来て座れよ」


 タバコを持った手でこっち来いよと手を振るガブリ―ピンク。

 発する言葉は優しいが、動作が完全にオッサンである。

 こんな魔法少女見たくなかった。


 *


「え? 新人ちゃんってそういうの気にしちゃうタイプなんだ」


 ソファに座った樹は、ガブリ―ピンクの言葉が理解できなかった。

 何だろう? 自分は何かおかしな事をしているんだろうか?

 単にソファに座っただけだ、そう思いながら首を傾げてしまう。


「あーそういうの駄目っすよピンクさん」


 ガブリ―ブルーはガブリ―ピンクをピンクさんと呼ぶのか。

 それはともかく何が駄目なのだろうか?


「新人が真面目に努力してるのを、職場の先輩が揶揄からかうのってパワハラっすよ」


 えぇ? そうなの!?

 ガブリ―ピンクが大げさに驚いてから、突然ペコペコと自分に頭を下げ始める。


「ごめんよぉ、そんなつもりは無かったんだよ。だから、ね? 怒らないでね?」


 何を謝られているのだろうか? 

 二度の絶滅因果体アポトンシスの侵略を撃退し、銀河大害獣アバドドンを討伐した大英雄である魔法少女が、拝むような仕草で謝ってくる。

 仕草が完全にオッサンだが。


「そうだよね! 慣れない内は普段から女の子らしい仕草を練習しとかないと駄目だよね! ほんとゴメンね! ぐらい魔法少女してるとさ、もう慣れちゃってすぐに切り替え出来るんだよね」


 樹は何を謝られているかやっと分かった。

 自分が足を閉じて座っている事を指して、“そういう事を気にするタイプ”と言われたのだろう。確かに自分はそういう事を気にするタイプだ。

 というか気にしていたからこそ、どこでも自然とそうなる。

 自然な所作として身に着けていただけであるので、当然そうだと言われても不愉快さは無い。


 樹が慌てて気にしていないと言おうとした所で、大きな溜息がそのタイミングを潰す。

 ガブリ―ブルーの溜息だった。

 言いたくないが溜息の吐き方がオッサンくさい。


「ピンクさん、だから駄目だって。なんで謝ってる最中に自分の自慢話を混ぜるんですが? 新人ちゃんにマウント取るとか恥ずかしくないんっすか?」


 お前! 余計な茶々を!

 ここは普通にいえいえそんな!とかそんな感じで流す所だろう!


「それにやってるって何なんすか? 今の若い子が知るわけないじゃないっすか」


 そして聞き捨てならない言葉が耳に入ってきた。

 “二十年以上”魔法少女やっている?

 まさか……。

 樹は思わず大口を開けそうになった口を右手で隠す。


「もしかして先代のリップルピンクもガブリ―ピンクさんなんですか?」


瞬間、ガブリ―ピンクがまるで関西芸人がするような仕草でガブリ―ブルの胸元に向けて手の甲をぶつける。


「おい! ブルー今の子でもちゃんと知ってんじゃねーか!」


「痛った! 嬉しいのは分かりますけど、ピンクさんツッコミ強いっすよ!」


 ああ、スマンすまんと上機嫌で笑うガブリ―ピンク。

 なんてこった。

 その美少女としか言えない顔を、何故かオッサン臭く感じる笑顔で歪めるガブリ―ピンクを見ながら樹は絶句する。


 三度どころではない、目の前のこの人物は少なくとも七度は地球と人類を救っている。

 世界初の魔法少女、リップルピンクがTS魔法少女である事もショックではあるが、恐ろしい事に感動の方が勝る。


「そうかぁ、今の若い子も俺を知ってくれてるんだぁ」


 大英雄が嬉し気にオッサン臭い仕草で顎を撫でる。

 あと俺言うな。


「いやぁ俄然やる気出てくるなぁ!」


 何がだろうか? そう思った樹の疑問は顔に出たようだった。


「いやね?」


 ガブリ―ピンクがタバコに火をつける。

 この短時間で何本吸うのか?


「俺ももう四十超えてるからさぁ、後進をしっかり育てないとなぁって」


 魔法少女四十歳。


「いやブルーが駄目ってわけじゃないよ?」


 ガブリ―ピンクのフォローにガブリ―ブルーがハイハイと肩を竦める。

 股を開くな股を。


「でも人類って気軽にピンチになるじゃん?」


 何故か“じゃん”の発音が痛々しい。


「だから一人でも多く仲間を増やしたくってさ!」


 そう言うガブリ―ピンクの顔は、人類の英雄、地球の守護者、世界の平和と愛を守る責務を長年務めてきた者のだった。

 擦り切れ、繋ぎ合わせ、幾たびの激戦で摩耗し、それでもなお失わぬ。

 優しさと愛と言う他ない。


 それを湛えた瞳が、それを“誇り”と思う気恥ずかしさを湛えた笑みが樹に真っ直ぐに向けられる。

 オッサン臭い笑みだったが。


「あの……」


 言わなければ、ここで言わなければ自分は人類の英雄に、世界の救世主に、幼い自分を救ってくれた魔法少女に、嘘を付くことになってしまう。

 自分は違うのだ。

 貴方たちのようなTS魔法少女ではないのだ。


 たぶん男女どちらでも取れる名前のせいで勘違いされたのだ。

 言わなければ、ここで言わなければ駄目だ。

 樹はきつく目を閉じると、自分の中の勇気をかき集めた。


 あの日、魔法少女に……いや!TS魔法少女に助けられ、勇気を貰ったのだ。

 それを今こそ発揮するのだ!


「私は!」


 樹が集めた勇気は、鳴り響くサイレンで掻き消された。

 ガブリ―ピンクとガブリ―ブルーの表情が一瞬で変わる。

 愛らしく、優しく、天真爛漫に。


 ガブリ―ピンクがソファから立ち上がりながらアサヒスーパードライの空き缶に向かってタバコを弾く。

 小さな飲み口に吸い込まれた吸い殻が、中に残していただろうビールの残りに触れてジュっと音を立てる。


 しかして、その立ち姿は紛れもなく魔法少女の物だった。

 愛らしく自然な所作でつま先は内側を向き、右手を腰に据える立ち姿は儚さと同時に強さと希望を見た者に感じさせる。


「行きましょう!ガブリ―ピンク!」


 ガブリ―ブルーが凛とした、聞いた物を落ち着かせるような知性的な声で言う。


「さぁ新人ちゃん! いえ! ガブリ―ノワール!」


 ガブリ―ピンクが突然のサイレンに呆然とする樹に手を差し出してくる。


「愛と平和を守る時間だよ!」


 迷ったのは一瞬だった。

 きっと自分はこの手を取った事を酷く後悔する時がくるだろう。

 そうと分かってなお、胸の奥に灯った火がその手を取らないという選択肢を焼き尽くす。


 それを何かと問われたら、班目まだらめいつきは勇気と答えるだろう。

 嘘を付きとおす勇気。

 なんとも魔法少女らしくない勇気だと思う。

 だが、それでも。


 自分はこの人たちと一緒に戦いたいのだ。

 それだ、この場においては、たったそれだけが真実で良いのだ。

 樹はガブリ―ピンクの手を取って、お淑やかに立ち上がる。


 ガブリ―ピンクとガブリ―ブルーとは少しだけ意匠が違う、膝丈の黒いスカートをつまみ上げる。磨き上げた美しいカーテシー。


「はい! お姉様方、よろしくお願い致します」


 いつか自分はこの選択を後悔するだろう。

 だがそれは今ではない。

 班目樹、否。

 ガブリ―ノワールは自分の嘘を飲み込んだ。

 自分が女装魔法少女である事を。


***あとがき***

始めましての方は初めまして

他の作品からの読者の方は、いつもイイねコメント、レビューなぞありがとうございます。

いつも大変励みになっております。

小説を書き続けられるのも読んでくれる読者の皆様のおかげです。ガチで。


というわけで人生初のTS物を書いてみました。

えーまぁ、最後まで読んでくれた方は、またコレかと。

またお前は変化球かと、呆れておられるかもしれませんが。

直球を投げようとすると変化球になるタイプの人間ですので

こればっかりはもう、諦めて頂くしかないかなぁと思います。

反省はしますが、かえりみません。

カクヨムコン10に参加しております、レビューなぞ頂けると作者が喜びます。

それではまた他の作品でお会い出来れば幸いです。

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