第6話

第十八章:ババァ


慶一は、鍵を手にして再び街を歩き始めた。深夜の静寂の中で、心の中にある不安と恐怖がますます膨れ上がっていく。彼がこれから向かう先に何が待っているのか、それは分からない。しかし、あのリストに書かれた「自分の名前」が示す意味を確かめるために、彼は一歩を踏み出した。


向かう先は、かつて自分が使っていたオフィスビルだ。その地下には、古いロッカーがいくつも並んでいて、そこに保存されていたはずの何かが今、慶一を引き寄せている。だが、何故今、このタイミングでそのロッカーの鍵を見つけたのか。それは、彼にとっても謎のままだった。


「ババァ死ねよ」と、どこからか突然、聞き覚えのある声が響いた。慶一は思わず足を止め、その声がどこから来ているのかを探し始めた。


その声は、夜の街の片隅から響いていた。しばらくすると、少し年齢を感じさせる女性の叫び声が続いた。「あんた、ほんとに何も分かってない! だから、いつまでも……!」


慶一はその声に興味を引かれ、足を速めて声の発せられる場所へ向かった。通りの角を曲がると、そこには中年の女性が、どこかの家の前で叫び声を上げている姿が見えた。彼女は顔を赤くし、手を振り回しながら何かに怒りをぶつけている。


「ババァ、死ねよ!」女性の叫び声が再び慶一の耳に届いた。どうやら、彼女は近所の誰かと激しく言い争っているらしい。


慶一はその言葉に胸が締め付けられる思いを感じた。それは無意識に出た言葉ではない。憎しみや怒りが凝縮されたその一言には、深い感情がこもっていることが伝わってきた。彼は、その女性の怒鳴り声を無視し、さらに歩みを進めることにした。


女性の言葉が耳に残りながらも、慶一は自分の足を止めることなくオフィスビルへ向かった。あの場所に行かなければならない理由が、彼には確かにあった。だが、その背後で響き続ける「ババァ死ねよ」という言葉は、どこか心の隅で引っかかり続けていた。



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第十九章:地下の扉


慶一が向かったビルは、古びて薄暗い雰囲気を醸し出していた。表から見ると、数年もの間放置されているかのような印象だ。だが、彼はそのまま建物の裏側に回り、地下へ続く階段を見つけた。ロッカーがあった場所は、確かこの地下にあったはずだ。


階段を下りると、ひんやりとした空気が迎えてくれた。慶一は鍵を手に取り、ロッカーの前に立った。そこには、少し錆びた金属製の扉が並んでおり、一つ一つに番号が振られている。慶一は番号を確認しながら、鍵を差し込む。音もなく扉が開いた。


中には、古い資料やファイルが散乱していたが、慶一の目に留まったのは、その中にひっそりと置かれた一冊の古びたノートだった。ノートの表紙には、何も書かれていない。しかし、そのノートを手に取った瞬間、彼はすべてを理解した。


それは、彼がずっと探し求めていたものだった。組織の真実、そして自分がどれだけ深く巻き込まれているのかを示す証拠が、そこに記されていた。


慶一はノートを開くと、そこには日々の出来事が詳細に記録されていた。しかし、どのページにも共通しているのは、「ババァ」という言葉が頻繁に登場していることだった。ページをめくるごとに、その言葉が増えていく。


最初は無関係に見えたその言葉が、次第に意味を持ち始める。そして、ついに慶一はある一文に目を止めた。


「ババァが動き出した。あいつがすべてを知っている。だが、私たちはもう手遅れだ。」


慶一は、その一文を何度も繰り返し読んだ。誰が「ババァ」と呼ばれているのか、そしてその「ババァ」が一体何を知っているのか。答えはすぐに見つからなかったが、少なくとも、このノートには彼がこれまで追い求めてきた真実が隠されていることが確信に変わった。



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第二十章:新たな敵


その時、慶一の背後で音がした。慶一は素早く振り返ると、そこに立っていたのは、先ほどの青年だった。


「見つけたか。」青年は冷たい目で慶一を見つめた。「君が探しているものは、すべてここにある。」


慶一はノートを手にし、少し後退しながら言った。「ババァ……一体誰のことだ?」


青年は一歩踏み出し、やがて冷静に答えた。「ババァは、この組織の核心を知っている人物だ。君が知らなければならないのは、その人物が単なる偶然ではなく、君がここまで導かれてきた理由そのものだということだ。」


慶一はその言葉に混乱しながらも、冷静さを保とうとした。「でも、なぜ『ババァ』なんだ? それが一体、どう関係している?」


青年は一瞬、無言になり、その後、淡々と続けた。「ババァは、君の母親だ。」


その言葉に、慶一は言葉を失った。


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