第5話
第十七章:ゴミ置き場
慶一は深夜の静寂の中で立ち尽くしていた。青年が口にした言葉が、彼の心に重くのしかかっていた。もしタリウムを使わずに真実を暴こうとするのなら、青年はサポートすると言った。だが、もしその選択をしなければ、彼は永遠にこの「虫籠」の中で生きることになる。どこに行っても逃げられない。選べば、すべてが終わるという恐ろしい現実が目の前に広がっていた。
「俺は本当に、どこへ向かっているんだ?」慶一は呟き、空虚な気持ちに苛まれながら、手に持っていたタリウムの瓶をじっと見つめた。その瓶の中には、極めて危険な物質が静かに輝いていた。それを使うことで、目の前に広がる暗闇を切り裂けるのだろうか? だが、その先に待っているのは、果たして救いなのか、それともさらなる絶望なのか。
迷いを抱えながら、慶一は思わず窓の外を見つめた。霧が立ち込め、街の灯りがぼんやりと浮かんでいる。どこか遠くに、次の一歩を踏み出す勇気が欲しかった。
ふと、彼の目に映ったのは、目の前の路地の隅にある小さなゴミ置き場だった。暗い場所に積み上げられた袋が、まるで無数の死角を隠すように積み上げられている。そのゴミ置き場の中に、何かが隠されているような、ただならぬ感じがした。
慶一はその場から足を動かし、無意識のうちにそのゴミ置き場に向かって歩き出していた。特に目的があったわけではない。ただただ、目の前にある不穏なものに引き寄せられるように。心の中で抱えている何かを、この場所で終わらせたかったのかもしれない。
ゴミ置き場に着くと、慶一は辺りを見回し、袋を一つ手に取ってみた。袋の中には、古びた書類や汚れた衣類、使い古された家具が混ざっていた。だが、その中にひときわ目立つものがあった。小さな封筒が、袋の底にひっそりと隠れていた。
封筒を手に取ると、慶一はその中身を取り出す。そこには、見覚えのある名前と数字が書かれていた。それは、彼が最初に関わったあの「悪徳商法」の組織のリストだった。
そのリストには、企業名、関連人物、そして取引内容が詳細に書かれており、まさに慶一が探していた証拠となるべきものだった。だが、驚いたことに、そのリストの最後に書かれていたのは、彼自身の名前だった。
慶一は、目の前の紙を凝視しながら震えた。「俺が…?」
封筒には、さらに一通のメモが添えられていた。そのメモにはこう書かれていた。
「すべてはこの時のために仕組まれていた。君がこれを見つけたことが、すべての始まりだった。」
慶一はそのメモを見て、背筋が凍る思いをした。すべては、この瞬間のために計画されていたというのだ。つまり、彼が最初にあの組織に巻き込まれたのも、あのファイルを渡されたのも、すべてがこの瞬間に繋がっていたのだ。
「誰が、こんなことを?」慶一は声を震わせながら呟いた。
その時、何かがカシャリと音を立てて動いた。慶一はすぐに振り返ると、そこには、薄暗い中から青年が姿を現していた。
「君がこれを見つけるとは思わなかった。」青年は静かに言った。
慶一はその言葉に、思わず封筒を握りしめた。「どういうことだ? どうして俺の名前がここに?」
青年は一歩進み、暗闇の中でゆっくりと慶一に近づいた。「君が最初に受け取ったファイル。それがすべての始まりだ。君をこの"ゲーム"に引き込んだのも、君自身が選んだ道だった。しかし、君がどんなに抵抗しても、このシナリオの中では君は重要なピースに過ぎない。」
慶一はその言葉に動揺を隠せなかった。「じゃあ、すべては俺のために仕組まれたことだっていうのか?」
青年は冷たく笑った。「そうだ。君が選んだ道、そのすべては最初から決まっていた。」
慶一は、再び目の前のリストを見つめた。その中に書かれた「自分の名前」を見ながら、言い知れぬ恐怖が胸を締め付けた。この「虫籠」の中で、彼は本当に何を選んでも、最初から結末は決まっていたのかもしれない。選択肢など、最初から存在しなかったのだ。
そしてその時、慶一はふと気づいた。ゴミ置き場の袋の中には、まだ隠れているものがあるかもしれない。そこにある何かが、さらなる真実を明らかにする手がかりとなるのではないか。慶一は決意を固め、再び袋を掴み、今度はもっと深く中を探し始めた。
その瞬間、袋の底から何か固いものが触れた。慶一はそれを引き抜くと、それは古びた鍵のような形をしたものだった。その鍵に刻まれた数字を見つけたとき、慶一はその意味がすぐに分かった。それは、彼がかつて通っていたオフィスビルの地下のロッカー番号だった。
慶一はその鍵を握りしめ、無意識のうちに口を開いた。「ここから、何かを探さなければならない…。」
そして彼は、再び暗闇に足を踏み出した。
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(続く)
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