第4話

第十四章:虫籠


慶一は男から渡された小さな箱を手にしながら、心の中で何度も自問自答していた。「これが本当に正しい道なのか?」彼が今、進んでいる道は、もはや元には戻れない深い闇へと続いている。タリウムの使い方を学び、裏方として組織の秘密を暴くために動かなければならない。しかし、その先に待っているのは、どんな未来なのか。


男はその箱を渡すとき、無言で慶一を見つめていた。「これが君の最初の課題だ。何かを手に入れたければ、何かを失わなければならない。」そう言って、男はどこか遠くを見つめながら続けた。「そして、君が失うものは、この先、君自身の『人間らしさ』かもしれない。」


慶一はその言葉の意味をすぐに理解できなかったが、箱を開けると、その中には小さなガラスの瓶が入っていた。瓶の中には、微細な粉末が閉じ込められていた。タリウムの毒だ。


「これが君の手の内にある最後の一手だ。」男は言った。「今から君は、誰かを試すことになる。君がこの粉を使うかどうか、決めるのは君自身だ。だが、その決断によって、君の未来は決まる。」


慶一はその瓶をじっと見つめた。タリウムは確かに致命的な効果を持つ。しかし、それを使うということは、他人の命を奪うことを意味する。自分がその道を歩むことができるのだろうか? いや、そもそも、そんな選択肢を与えられた時点で、彼はすでに人間としての「何か」を失いかけていたのではないか。


そのとき、男が突然言った。「この世界には、『虫籠』のようなものがある。」慶一は驚き、顔を上げた。


「虫籠?」慶一はその言葉に耳を傾けた。


男は静かに続けた。「虫籠は、無数の命が閉じ込められている空間だ。外から見れば、どれも同じに見えるが、実際にはそれぞれが微細な動きをし続けている。だが、その虫籠の中にいる者たちは、決して外の世界に出ることはできない。君も、今やその虫籠の中にいる。外の世界に出るためには、何かを犠牲にしなければならない。」


慶一はその言葉を深く噛み締めた。「つまり、俺はすでにその虫籠の中に閉じ込められているということか?」


男は冷たく頷いた。「その通り。君は、すでにこの闇の一部になってしまった。後戻りできない。それを理解して、今からの行動を選ぶんだ。」


慶一は箱を閉じ、静かに考えた。自分が本当に何をしているのか、そして何を守ろうとしているのか。それは分からなかった。だが、もう一度立ち止まって考える時間はなかった。彼が選ぶべき道は、すでに決まっていたのだ。



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第十五章:選択の瞬間


その後、慶一は男の指示に従い、いくつかの連絡先を確認した。タリウムの毒を使うべき相手がリストアップされ、その人物が今後の進展にどう影響するのかが計画されていた。だが、慶一の心の中では、ただ一つの問いが答えを求め続けていた。「俺は、この先どうなるのか?」


その答えを出さなければ、彼はすべてを失う。だが、今更後戻りすることはできない。自分がこの「虫籠」に閉じ込められてしまったのだとすれば、その中でどう生きるかを選ぶしかない。


夜が深くなり、慶一は一人、窓の外を見つめながら静かに思った。「この道を選ぶことが、本当に正しいのか?」しかし、答えがないことを痛感しながらも、彼はその夜、自分を納得させるために、箱を取り出して瓶を握った。


その時、突然、部屋のドアが開き、予期せぬ人物が現れた。慶一は顔を上げると、そこに立っていたのは、他でもない青年だった。彼が最初に出会ったあの青年だ。


「君が選ぼうとしていることを、私は許さない。」青年は冷徹に言った。その言葉には、強い決意が込められていた。


慶一は一瞬、動揺した。しかし、その瞬間、自分が「虫籠」の中でどれだけ孤立しているのかを改めて感じた。この青年は、自分を助けようとしているのか、それとも新たな罠を仕掛けるつもりなのか。


「君は、もはや他人を信じることができない状況にある。」青年は冷静に続けた。「だが、少なくとも今は、君の決断を止めることができる。」


慶一はその言葉を聞きながら、再び瓶を手にした。しかし、今度はその重さが違った。タリウムの粉末を使うことで、何かが始まり、何かが終わる。だが、この選択は、彼がどんな結果を迎えようとも、決して元には戻れない道なのだと、彼は強く実感していた。



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第十六章:新たな影


慶一が手を伸ばしたその瞬間、青年が一歩踏み出し、彼の手を止めた。「君はまだ迷っている。それなら、私は君を助ける方法がある。」


慶一はその言葉に驚き、青年の目を見つめた。「助ける?」彼の心には、まだ疑念と不安が渦巻いていた。


青年は冷徹に言った。「君がもし、このタリウムを使わずに真実を暴こうとするなら、私は君をサポートする。しかし、君がその選択をしない限り、君は永遠にこの虫籠の中で苦しむことになる。」


慶一はその言葉を胸に刻みながら、ついに決断の時が来たことを感じた。タリウムの瓶を持ち続けることが、もはや恐ろしい呪縛に感じられた。それでも、彼が選ばなければならないのは、ただ一つの道。


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