第2話 召喚

 赤信号が光っている。わたってもいい気がするが何となく気が引ける。スマホを見て時間をつぶそうと思うがもうすぐ色が変わる気もする。結局俺は周りの景色を見ることにした。特に変わりない・・・、ん?


「なんだ・・・あれ?」


 シャボン玉のようなものが真上に浮かんでいる。しかしめちゃくちゃでかい。すっぽり大人が入るくらいだ。ちょっとビビった俺は後ずさりする。するとそれは急に俺に向かって降りてくる。反応する間もなくおれはシャボン玉に包まれた。


「くそ!なんだよ、これ!」


 抵抗しシャボンを破ろうとするが、全然破れない。全身がすっぽりと入ってしまった。焦った俺は周りを見ていなかった。シャボンを破ろうと必死でもがいていたからだ。しかしそれはさらっと、さも当然のように俺を入れたまま宙に浮かんで行っていたのだ。足が地面から離れ、浮遊感を感じた時にはもう遅い。町並みが豆粒のようになる。どんどん上に行っている。しかもものすごい速さだ。もう町が見えない。瞬きをすると雲の上に行った。


「なんなんだ・・・。まさか地球の外まで行こうってんじゃないだろうな?」


 悪い予想は当たるものだ。シャボン玉は俺を包んだまま大気圏を抜けた。衝撃や熱さを全く感じなかった。息も詰まることはない。それはよいのだがシャボンの超加速は止まらない。体感一分ぐらいで太陽系の端、オールトの雲っぽいところまで来てしまった。光の速さより早いかもしれない。幻想的できれいだが、理解できない。何がどうなってる。スケールが大きすぎだ。


そのまま俺は星の中を突っ切って、天の川銀河を抜けた。そこからは知識がないので宇宙のどこにいるかはわからなかった。だが明らかにだんだん周りの輝く星が減っている。宇宙の端の方に来ているのだ。


 だんだんと周りが白くなっていく。宇宙の端は暗黒ではなく、真っ白な空間だった。世紀の大発見だ。しかし興奮などしないし、そもそもそれがどうしたという感じだ。スケールがでかすぎて俺は放心気味だった。そして自分は助からないだろうという意識が出始める。


「これは、死んだな・・・。」。


 周りはどんどん白くなり、いつしか輝き始める。あまりの眩しさに俺は目をつぶり、左腕で目を隠した。いよいよ死んでしまうのかも・・・。




 次の瞬間、俺の目の前には女が立っていた。金髪でロングヘア―。白い洋服に身を包んでいた。宗教画で見る天使とか神様が着ている服みたいだった。真っ白な空間だが、シャボン玉は消えていた。


 そんなことは当時の俺には大した問題じゃなかった。彼女はなんだ。普通の人間じゃなさそうだ。まさかほんとに神様なのか?


「こんにちは。藤宮章様」


 俺の名前だ。


「突然の召喚、その他の御無礼をお詫びします。ですが主からの御命令なのです。なにとぞ、ご理解を・・・」


 彼女はさも申し訳なさそうに言い、質問には何でも答えると言ってきた。


「あなたは誰なんですか?というかここはどこなんですか?俺は酒に酔っぱらって夢やら幻覚でも見てるんですかね」


 紳士的に行こうと思ったが興奮?困惑?のせいでまくし立ててしまった。しかし彼女は優しげな顔で、いやそうな顔もせず話す。


「順番に。まず私は主よりこの世界の管理を任された管理者です。具体的な名前はありません。そしてここは管理者の住む世界です。私たちはここを『宇宙のそら』と呼んでいます。またあなたは夢を見ているわけでも、幻覚を見ているわけでもありません」


 簡潔でわかりやすい。質問の答えとして過不足はない。だが何も分からなかった。世界の管理者?宇宙のそら?知らない単語が多すぎる。質問にはしっかり答えてくれるが答えの意味が分からないのでは答えてないのと一緒だろう。


「世界の管理者ってのは何なんです?『宇宙のそら』って?天国とかあの世みたいなもんなんでしょうか?」


「違います」明確な否定。


「私たち管理者は主からの御命令に従い、自分が受け持つ世界のバランスを維持しています。主は絶対な存在ですが、世界のすべてを管理することはできません。ですから私たちがそれを手助けしているのです」


 彼女は続ける。


「宇宙のそらは天国などではありません。普通世界に暮らす全ての命は死んでもここに来ることはないのです。主から召喚されたことで初めてここにあなた方はたどり・・・」


「さっきから出てくる、主ってのは一体何なんなんです?」俺は割って入った。失礼だろう。しかしそこが分からなければという感じがしたのだ。



「主は絶対な存在です。それ以上でもそれ以下でもありません。あの方の前では過去も未来もない。無限の時間に無限に存在する。それが主です」



 ・・・。わからないが多分すごい存在なのだろう。彼女らのボスで多分なんでもわかるやつなんだ。無限で絶対の存在。俺みたいに過度な期待に悩むなんてこともにないだろう。何せ、「絶対」なんだから。


 それでいったん俺の質問は打ち止めになった。あのシャボン玉がなんだったのかとか些末な質問はする気が失せてしまった。どうせ聞いてもよくわからないのだ。


「質問がもう無いようでしたら私からお話ししたいことがあります。主がなぜあなたを召喚したのか。その理由です」


 確かに。一番大事な問題かもしれない。最初に聞くべきだったことかも。


「我々はあなたに戦士となり、堕天した管理者、カイバルを打ち取ってほしいのです。彼は主の御命令に逆らい、「宇宙のそら」から追放されたにも関わらず、反抗的な態度を崩していません。そしてあろうことか彼の世界からこの「そら」に繋がる「エレベーター」を作り「そら」を侵略することを目論んでいます。彼に「そら」が支配されればすべての世界が彼に支配されるかもしれません。それだけは何としても避けなければ・・・」


 彼女の顔はシリアスだった。さっきまでの笑顔は消えている。


「章様、なにとぞすべての世界のために、そして主のために、カイバルと戦ってくれませんか」



 うーん・・・。

 


 なんだかRPGゲームの始まりみたいだ。そんな吞気な感想が出てきた。一気に非現実的なことが起こりすぎてる。リアリティがない。だから彼女が真剣な顔をしていても俺は吞気なんだろう。意外と自分は肝が据わっているのかもしれないなどとも思う。結局は深刻さが今の俺にはなかった。


 そんな中でも彼女は真剣に俺の方を見てくる。実感を持つためにもう少し質問してみようと俺は思った。もう彼女に失礼だとかいう感情はない。そういう良識?を彼女は必要としない存在な気がした。


「なぜ俺なんです?管理者や主でも解決できないようなことなんですか?そんなのを俺なんかが・・・」


「主の御命令なのです。世界から召喚された者にカイバルを倒させよと。それに私たち管理者や主が世界に降りて対処するのは世界に思わぬ影響を与えバランスを崩してしまいす。カイバルも力を奪っての追放だったのですがなぜか力を盛り返し、世界を征服してしまったのです。そして「そら」を目指し「エレベーター」の建設を始めてしまいました」


「腑に落ちませんね。主は過去にも未来にもいるんでしたよね。それだったらカイバルがどういう事をするのか、どういう対応をするべきなのか。全部わかってたんじゃないですか?それなのになんで面倒な問題をそのままにしたんでしょう?」


「それは・・・、主にしかわかりません。主は絶対なのですから、正解も間違いもないのです。ですから・・・、おそらく意味があったのでしょう」


「どんな意味だと思います?」


 無言。

 

 俺は勇気をだしてこの質問をする。


「直接主に聞いてみたいんですが、やっぱり無理なんですかね?」


 彼女は困った顔をして黙り込んでしまった。無理なんだろう。それどころかこの質問は一種のタブーのような風にも感じる。聞いちゃいけないやつだったかも・・・。


「じゃあ・・・俺に、その、なんというか拒否権みたいなものはあるんでしょうかね?」


 また地雷みたいな質問だがもう関係ないだろう。俺はやけくそ気味だった。


「主があなたをお選びになったのなら章様がお生まれになった時にはすでにカイバルと戦うということは決まっていたのです。つまりあなたがこの願いを拒否するという事実は絶対にありません。今は納得できなくても必ず使命を受け入れる日が来ます。そういう物です」


 俺は絶句する。誰かに期待されてるとかそういう次元などではない。拒否するとかそういう概念がない。使命から逃げるという概念もだ。なんということだ。


 俺が状況を飲み込む前に彼女は話を進めていく。


「章様は一人で戦うわけではありません。別の世界から選ばれた戦士とともに戦っていただきます。紹介いたしましょう」


 そう言って出てきたのは一人の女だった。緑色のロングヘア―。赤い目をしていて服は布切れ一枚(もちろん大事なところはしっかり隠れている)。野性的な感じの女だった。


「彼女の名はマオ・マルカ、章様とは別の世界から召喚された戦士です」


 まあ見た目的に同じ世界の人間ではないだろう。コスプレイヤーみたいに見えなくもないが、目が鋭すぎる。野生動物みたいな命がけで生きている感じの目だった。


「弱そうな見た目だ。肉体的にも精神的にも貧弱に見える。この男では人を殺すことは出来ないだろう。私のペアになることも出来ないと思うぞ、管理者殿」


 バッサリいう女だな。まあ過度に期待されないのは楽かもしれない。しかし俺はほぼ反射的に言い返していた


「確かに俺は人を殺したことはないですよ。俺の世界じゃ人を殺すのは禁止されてましたから。誰かと戦ったこともないですし。しかし・・・」


 マオとかいう奴は割って入る。


「気持ち悪い言葉遣いはやめろ。お前からは私を敬う気持ちなどみじんも感じない。不愉快だ。」


 敬語で話しかけたことに腹を立てたらしい。


「じゃあ聞くがあんたは戦いなれてるのかよ。俺のいた世界では普通の人間が人を殺すのは禁止されてた。」


「だから貧弱だというのだ。どうせお前の世界の奴らは殺しを誰かに押し付けていたんだろう。自分の身を守るには時に他を殺すことが必要になる。そういう覚悟のない奴は敵と戦うどころか、自分の身を守ることも出来ない。私は違う。私は自分と大切な物を守るために多くを殺してきた。だから戦士として選ばれたのだろう。お前には不可能なことだ」


 人殺しでマウントを取られたのは初めてだ。俺は平和な世界で生きていたのだと実感する。感謝するべきなんだろう。しかし殺人を堂々と言い、誇りと思う彼女の考えはやはり理解できなかった。過酷な環境であっても殺しは出来る限り避けるべきなんじゃないだろうか。


「しかしだな、戦いというのは失う物も多いだろ。戦いを避けて人を殺さない覚悟というのも必要じゃないか?」


「戦いを経験してないからこそ、言える言葉だ。お前は甘すぎる。話し合ってもお互いを許し合えない存在もいるのだ。だからこそ・・・」


「お二人ともそこまでです。議論はわたしからの説明が済んでからお願いしてもよろしいでしょうか?」


 管理者様が割って入る。


「あなた方は生身で戦っていただくわけではありません。ついて来てください」


 そう言うと彼女はスタスタと歩いて行ってしまう。マオはこちらを睨みつけると管理者様の後を付いていった。俺は二人の後を追いかけた。どうもマオとは馬が合いそうにない。生きてきた世界が違いすぎるんだろう。一緒に戦うのだから何とか仲良く、せめて協力ぐらいはしたいもんだが。・・・なんかいつの間にか戦うことを受け入れていた。


 体感五分ぐらい歩いただろうか、大きな扉が現れた。15メートルはあるだろう。管理者様が手を挙げると勝手に開いた。もうこんなことで俺は驚かない。どうぞと言うとスタスタと彼女は入っていく。マオはこっちの方は見もしないで入っていった。俺もしょうがないので入る。


 そこには真っ白な巨人が立っていた。輪郭は見て取れるがのっぺらぼうだった。何の装飾もついていない。そんなには大きくはない。10メートルあるか、ないかぐらいだろうか。


「これは神体という兵器です。お二人にはこれに乗り込み、カイバルと戦っていただきます。カイバルはこの神体をコピーした機械巨人を使って版図を拡大しています。そのためあなた方にはこのオリジナルで対抗してほしいのです。神体を動かせるのは限られた者だけです。おそらくあなた方が選ばれた理由はそれでしょう」


 そういうと彼女はまた手を挙げる。神体が前かがみの姿勢になり、手を地面に伸ばしてくる。乗ってくれとでも言いたいみたいだ。


「こいつはどう動かすんだ。」マオが聞く。


「複雑な操作はいりません。自分がどう動きたいかをイメージすれば思いどおりに動かせます。一応操縦桿はありますが、使わなくても動かせますよ」


 お手軽。ロボットアニメは嫌いじゃない。とりあえず乗ってみるか。俺は恐る恐る、マオはためらいなく神体の手に乗る。すると腕がぐっと上がり俺たちは胸のあたりに吸い込まれていった。声を挙げそうになったがいつのまにかコックピット?の中にいた。


 ちょっと機械的な物もあったが、なんだか生ものって感じだった。気持ち悪くはないが、なんだか初めて体験する感覚だった。コックピットからはマオの顔も上の方についているモニターから見れた。やつも困惑しているようである。ちょっとだけいい気味だ。しかしそんなことを思ったのがばれたのか睨まれた。俺は情けなく目をそらす。


「武器は足に着けている剣だけです。それ以外はこちらで準備することは出来ませんでした。何とかそれでお願いします。」


 あまり望み過ぎるのもよくないだろう。どうせ敵もそんな感じじゃなかろうか。何となくだがそう思う。機械巨人は神体のコピーだそうだし。


「それ以外にどんな武器がある。弓矢では矢を大量に準備はできない。管理者殿が恥じることはない」


 マオも同意見のようだ。銃も結局は弾がすぐ枯渇してしまうだろう。だったら飛び道具はそこまで意味がないんじゃないだろうか。


「ご配慮、感謝します。それでは早速カイバルのいる世界にお二人をお送りいたしましょう。まずはその世界にいるカイバル反抗勢力と合流なさるのが良いでしょう。彼らとともに彼のエレベーター無力化をなにとぞお願いいたします」


 待ってくれ。いきなり送り込むとか言い始めた。心の準備が全然できていないぞ。しかし神体の周りが光り輝き始めた。やばい。こっちの承諾なしで送り込むつもりだ。


「すんません、まだ聞きたいことが色々あって・・・」


「なんだ。これ以上聞くことなど何もないだろう。やはりお前は軟弱な男だな」


 マオがまた馬鹿にしてくる。クソ!腹の立つ奴だ。いちいち腹の虫に触ることを・・・、ってそんなことじゃなくて。


「ご武運を」


 手おくれだ。よりあたりは輝く。マオのせいで?色々聞きそびれた。畜生め・・・。


 こうして俺たちは戦いに臨むこととなったのである。



 不安。その時の俺の感情は不安だけだった。



 あたりはまばゆい光に包まれる。


つづく

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