ある盛夏の奉仕活動部 04

 ○○しないと出られない部屋。

 そんなお題をSNSでよく見るけれど、そういう意味ではまさしく、この部屋はそういう部屋そのものだ。


 服が乾かないと出られない部屋。

 色も素っ気も無い答えである。


 コインランドリーかよ!

 なんてつっこんでくれる人間がいたらどれだけ嬉しいだろうか。しかし残念ながらこの部にも交友関係にも過去にもいないので、未来に賭けるしかない。

 水を掛けた制服を窓枠に掛けた後にお題に掛けてみたり、と思えば未来に賭けたり、『かけ』過ぎだろ私。次は何を『かけ』るんだろうか。

 人生を早足で駆けてみたり?

 ははっ。

 干しガエルの途中だったら本当に笑えない冗談である。

 けれどそれはない。これだけ感覚がしっかりしているんだ。

 これが現実だ。

 

「アリちゃんの髪、さらさらですよね」

「だから先輩って……もういいや」


 傍から見てどっちが後輩だと思うだろうか。

 濡れた下着を着ている後輩の、太腿の間に挟まれてバックハグをされているキャミソール女の姿を見て。

 年の離れた姉妹だと思われても文句は言えない。


「二人の時だけはアリちゃんって呼ぶの許す」

「ずっと赦してくれてるじゃないですか」

「いや、毎回つっこんでるからな?」


 干しガエルならぬ濡れネズミの二人で、この西日がつらい部屋でくっついて、一体何を話してるんだろうね。ほんとに。


「あんまり好きじゃないんだよな。アリちゃんって」

「かわいいじゃないですかアリちゃん」

「だって蟻みたいだろ。ちっちゃいあたしとおんなじ」

「いいじゃないですかちっちゃくたって」

「そりゃ大きい人間からしたら羨ましいって思うかもしんないけどさ、未だに小学生と間違えられるんだぜ?」

「私も間違えましたけどね」

「あれはわざとだったんじゃないかと今は疑ってるけどな」

「えー、違いますよ」

「ほんとかよ」

「本当です」


 それをあたしの髪をいじくりまわしながら言うのだから恐ろしい。


「私は先輩がちっちゃい方が好きですよ」

「ちっちゃい方って言うな」

「じゃあ……コンパクト!」

「持ち運びに便利か!」

「むぅ……あっ」


 衣織は私を抱きしめたまま、器用にというか柔軟に脇に置いてある自分の鞄に手を伸ばす――本当に柔軟な娘だ。


「目を瞑ってください」

「え?」

「目を瞑ってください」

「いや、なんで?」

「ゲームです」

「だからなんの」

「味当てゲーム」

「味当て」

「はい」


 これは会話なのだろうか。

 しかしまあ、これ以上不毛な会話も無いので素直に目を瞑る。衣織からしたら実力行使で目を瞑らせることも可能だろうし。

 背後からごそごそと、ぴりぴりと封を開ける音がする。いや、これひょっとしなくても目を瞑る必要無くね? 後ろで作業してるのに見えるわけがないんだから――


「ん――!?」


 目を衣織の手で覆われ、そのまま力づくで上を向かされた。首が折れるかと思ったわ。そんな実力行使想像もしてなかったせいで心臓がこれでもかというくらいに震えている。


「せめてやるまえにひとこと言ってくれ……、心臓に悪い」

「ごめんなさい。つい緊張しちゃって」


 一体何に緊張することがあるのか。こっちは死の淵が見えたわ。おかげで干しガエルの可能性は霧散したけども。


「うふふ、それじゃあいきますよ」


 ようやく衣織は声を掛けてくれた。

 この頭を押さえられてる状態だと、たった一秒の時間さえも長い。走馬灯を見るとはこういうことを言うのだろう。


 ……しかし。

 行くよって言いながら、なかなか来ない。

 あたしが焦りすぎてるだけなのか、それとも焦らされているのか。身体をやさしく揺らされながら、ただ衣織の吐息が耳の横を静かに抜けていく。

 何も見えないのに、どういう動きをしてるのか、体温を通じて伝わってくる。


 唇に、衣織の指先が触れた。

 このまま噛みついてやろうか、それとも閉ざしたままいやがらせしようか。そう思っていると指先が上唇を撫でて、下唇をつついてくる。完全に弄ばれている。あたしは今、本当に衣織のおもちゃにされている。


 あたしは根負けをした――振りをして、おとなしく口を開いた。口の中にお菓子と共に衣織の二本指が這入ってくる。そんなに口は開かないのに、どうして二本も入れようと思ったお前。かといって口を閉じる訳にもいかず、侵入してきた指が出ていくまで耐えるしかなかった。


 舌の上にかすかな酸味が広がる。柑橘、レモン系だろうか。グミの類ではないし塩味もある。味を確認したくて思わず舌が勝手に動いてしまい――衣織の指に触れた。

 衣織は。

 何も反応しなかった。

 ただ、ゆっくりと指を離して――最後に軽く唇の裏に触れて、そのまま抜けてしまった。


「さ、何味の何でしょうか」


 なんの企みも無さそうな子供の様に衣織は言う。

 本当に、何を考えてるのか分かりそうもない。

 あたしは深呼吸をして、それから大人っぽいずるい答えを返した。


「衣織の好きな味のお菓子」

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