ある盛夏の奉仕活動部 02

 嗚呼、扇風機の風がなんて心地よいんだろう。

 照り付ける西日も、今だけは許せるくらいに心は開放感に満ち溢れていた。

 そりゃ濡れたキャミソール一枚で部室で過ごしていれば、身も心も解放感に満ち溢れるだろという話だけれど。


 あの後どうなったか、あえて描写はしない。

 ただ、スカートとブラウスを窓枠に掛けて干すことになったという結果だけは説明しておく。

 神は乗り越えられない試練をお与えにはならない。

 日々熱心に祈りを捧げるあたしは、この試練を乗り越えられるに違いないということだろう。

 乗り越えるも何も、ただ乾くのを待つだけなんだけど。


 椅子の背もたれに寄りかかって、背中を伸ばす。

 着替えが乾くまで、ずっと時間が、時間だけがあった。

 他に何かしようにも、いまのあたしにできることは無い。


 奉仕活動部の部員は現在三年生が二人、二年生が一人。あと半年もしたら、部員は一人だけになる。

 奉仕活動部、なんて聞こえはいいが、この学校で奉仕活動部という名前を認知している生徒はあたしを含めごく少数しかいない。生徒会役員だって把握しているかどうか怪しい。だからこそ一人しか入部させてないんだけど。


 「半年後には一人か……」


 この学校で、奉仕活動部に所属して、たった一人残されることの恐怖。

 それを本当の意味で理解できるのがあたししかいないなんて、神様もなかなかどうして酷な事をする。乗り越えられる試練だとして、乗り越えた先に何があるのか。乗り越えなければ得られないものでもないだろうに。

 それくらい、横向いて逃げて遠回りしたっていいんだって。

 残りの半年で教えてあげるのが部長としての役目だろうか。


「……ふぅ」

「――溜息吐くと、幸せ逃げちゃいますよ?」

「うぉっ!?」


 椅子から思い切り滑り落ちた。  

 リラックスしてる人間の後ろから急に声をかけるなと、先に教えてあげるべきだった。


「うわ、どうしたんですかアリちゃん! そんなお風呂上りみたいな恰好!」

「先輩を付けろ、先輩を」

「お風呂上りみたいな恰好先輩!」

「毎回その長い名前で呼ぶ気かお前は」

「やだなぁ冗談ですよ冗談。お風呂上り先輩」


 そう言って、衣織は無邪気に笑う。

 ……本当に冗談か、それとも本気か、本当に測りかねる。

 ただ単に下着姿で床に倒れるあたしを先輩と呼びたくないだけかもしれないけど。

 あたしは威厳を取り戻すため、元の席に座る。


「いくら暑いからってそんな恰好してたらぽんぽん壊しますよ」

「先輩を子供扱いするんじゃない」

「けどどうしたんですか、スカートまで干しちゃって……あっ――」

「トイレは関係ないぞ」

「個室で水を掛けられたんじゃないんですか?」

「そんな堂々としたいじめをする阿呆、さすがにこの学校にはいない」


 ずぶ濡れで校内歩いてる生徒を見かけて誰も言わない学校なんてドラマの中くらいだ。そんな学校潰れてしまえ。

 まあ、水を掛けられたってのは間違いではない。

 後ろを振り返って床に置いたままのペットボトルを指差した。色々あって半分以上減っているペットボトルと濡れて色の変わった床を。


「……アリちゃん先輩」


 それを見て何を察したのか、慈愛のこもった表情で両手を広げた。このまま中へ入ったらこの後輩は食虫植物よろしくその手を閉めるだろう。

 少し悩んだ末、その中へ入ることにした。

 やれやれ仕方ない。何を考えているのか分からないからなんて、そんな理由で後輩を跳ね除けるなんて先輩がしていい行為じゃない。後輩の期待に応えるのが先輩の役目じゃないか。

 衣織はぎゅっとあたしを抱き寄せて――


「おもらしを隠すためにそんな――」

「関係ないって言ってんだろ!」


 危うく膀胱までひ弱扱いされるところだった。

 本当に何を察したんだろうなこの後輩は!


「っていうか衣織、仮に……いや本当に仮に、万が一、百歩――万歩譲ってだ。本当におもらしだったらどうすんだよ」

「……ちがうんですか?」

「いや、え、そこ疑うの?」


 抱きしめられたまま、胸に顔を埋められたままだったのをなんとか距離を取って(それでも離してはくれない。力で勝てるのは男子くらいなものだろう)、衣織の顔を見上げた。

 本当に、きょとんとした顔をしていた。

 何を言ってるのかまるでわからないという顔、という他ない。

 逆にわからない。どういう表情なんだ。どういう意味の表情で、それが意味する事は何だ。


「…………」


 いや、やめよう。そもそも考えることも答えを出すことも大して意味は無い。

 この部は、そういう人間のための集まりなんだから。

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