はじまりの雨つぶとはじめてのドキドキ。

@higashikawa

第1話

 その日は雲がいつもよりずっと真っくろで、重そうなそれが今にも落ちてきてしまいそうに思えた。

「なにかあるの?」

 くもり空を窓のそばでずっと眺めていたぼくに声をかけてきたのは、同じアジサイ組の杏子ちゃんだった。



 杏子ちゃんはクラスの人気もので、いつも多くのひとに囲まれている。けれど、たまにこうして話しかけてくれるときがあった。

「いちばん最初の雨つぶ、見たいなって」

「ふ~ん」

 杏子ちゃんは興味無さそうに返事をしたけれど、ぼくの隣で空を見上げていた。

「……そういえば、テレビで見たんだけど。匂いと記おくって強く結びついてるんだって」

 突然話しはじめた杏子ちゃんに驚いて振りむく。杏子ちゃんは空を見上げたまま話を続けた。



「それで、雨が降る時の匂いってあるじゃない? 雨が上がるときは土の匂いがするんだけど、私はその匂いがすると樹ちゃんを思い出すの。樹ちゃんって、いつも土いじりしてるでしょ」

 杏子ちゃんは、今みたいにいきなりうんちくを教えてくれるときがあった。なんでぼくに話すのかはよくわからないけれど、杏子ちゃんと同じことを知ることができるのはうれしかった。



「そうなんだ。ぼくは、お花の匂いがすると杏子ちゃんを思いだすよ。杏子ちゃん、いつもお花のいい匂いするから」

「そ、そんなの当たり前でしょ! ママに頼んでいいシャンプーを使ってるんだから!」

 良いことを言ったつもりだったのに、なぜか杏子ちゃんはぷりぷりと怒り出してしまった。なだめようとしても、顔を赤くしてこっちを見てくれない。

 


 杏子ちゃんに嫌われたかと思うと、胸が誰かにおさえられてるみたいに苦しくなった。初めての感覚にこわくなって、ぼくは泣き出してしまった。頭がかっと熱くなって、何も考えられなくなる。つられたのか、杏子ちゃんも泣きだしてしまった。

 騒ぎに気づいた先生がやってきてくれるまで、ぼくたちはふたりきりで泣いていた。

 


 しばらくして泣き止んだあと、とっくに雨がふり始めていることに気づいた。窓についたしずくが他のしずくをまきこみながら落ちていく。

 最初の雨つぶを見られなかったのは残念だけど、杏子ちゃんが涙をこぼしていたことによくわからないドキドキを感じていた。


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