第10話
真正面から捉えた
「見た目のことでからかうとか、よくないよ」
彼女は
「……見た目のことでからかうとかぁ、よくないよぉ~!?」
多美子は亜衣に聞こえそうな声量で似せる気の無いモノマネをし、「なにあいつ」と吐き捨てた。
つい、「変わってないんだね」と言い掛けて口を噤む。
「ねえ、知ってる?」
多美子は突然目を輝かせた。
「あの子、校内では絶対に食事しないって言ってるらしいよ。お菓子をすすめても断るし。冷めるよね、そういうの」
「食事しないって、どうして?」
「ダイエットじゃない? それに、能登さんって絶対整形してるよね? あんなにきれいな二重幅、あり得ないでしょ。表情が固いときもあるし」
「……変わってないんだね」
「は? 何が?」
多美子が顔をしかめる。
「何でもない」
僕も靴を履き替え、校舎を後にした。
◇
*
無事に高校生活が始まった。私も念願の女子高生だ。
初日は緊張したけど、友達もできた。
何度か電波がとんでしまった瞬間があってすごく焦った。どうにか誤魔化すことができた。
また学校へ行けるようになって、本当によかった。
ありがとう、アイ。
*
自転車を漕ぐ。面白みのない田舎の住宅地の間をひたすら。
やっとバイパスに出ると、いくつものチェーン店の看板が僕を見下ろしてくる。自宅を出発してから二十分ほど自転車を漕ぎ続け、ようやく地元で一番大きなターミナル駅までたどり着いた。
片田舎は不便だけれど、僕はまだ恵まれているほうだ。自転車さえあればこの駅まで自力でやって来ることができる。駅前はやはり遊べるところも多く、高校のクラスメイトたちもよく訪れるらしいが、住んでいる地域によってはここへ来るまでに、電車で一時間以上かかってしまうらしい。
電車に乗り込み、座席を確保した。遅刻を免れ、白い不織布マスクの下でほっと息をつく。この電車を逃したら、次は三十分後だ。
停車中の車内に客がのんびりと乗り込んでくる。土曜日の昼過ぎで、サラリーマンやOLはほとんど見当たらない。
五分ほど待つとドアが閉まり、車両は線路の上をがたんごとんと滑り出した。今から約二時間、この電車に揺られることになる。東京は遠い。
リュックの中に突っ込んである活舌教本を開きたかったが我慢して、代わりにスマートフォンを取り出した。ひび割れた画面をタップし「サトウコウタ 声優」で検索。彼の所属する声優事務所、「ギャラクシー・ヴォイス」のホームページのリンクが一番上に表示される。
アクセスし、下へとスクロールしていくと、「所属声優(男性)」一覧の下部に、サトウコウタの宣材写真が載っていた。
確かに日本人離れした容姿だ。顔面にはほどよい凹凸がある。十六歳という実年齢より少し幼い印象を受けた。低身長のせいで童顔なのかもしれない。いや、売れていないから写真を撮り直してもらえないだけだろうか。
プロフィールによると、演じてきた中で一番大きな役は、やはり「クラスメイトB」。きちんとした名前すらない。
安いイヤフォンを接続して、サトウコウタのボイスサンプルを聴いてみる。能登亜衣が評していた通り、「可愛い系」の声だった。なんとなく鼻につくが乙女ゲーム等で需要がありそうだ。
顔も声も良いけれど身長が低い「サトウコウタ」と、身長は低くないけれど平凡な顔と声の「
モテるのはどっちだろう。「人間は中身だ」と断言できるほど、僕はできた人間ではない。
電車を降り、都心のターミナル駅のホームに降り立つ。地元と違ってみなどこか忙しない。
階段を上って四番線のホームを目指す。途中、年配の男性が故意にぶつかってきた。因縁を付けられそうになって、慌てて逃げた。
四番線から電車に乗り、もう一度乗り換えてようやく事務所の最寄り駅に到着。初めに降りたターミナル駅から少し離れただけなのに、改札の向こうには静かな雰囲気の街が広がっている。
歩道をしばらく進む。一階と二階に宗教団体のオフィスが入っている雑居ビルにたどり着き、出入り口の脇の階段で三階へ向かった。古いドアを丁寧に三度ノックしてから中に入る。
ここが僕の所属する弱小声優事務所のオフィスだ。
僕はこの弱小事務所で、預かり所属の声優というポジションを与えられている。預かりとはいわば試験雇用。中途半端な存在だ。
だから、声優をやっていることは家族以外には絶対に言わない。
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