第5話
「おまえ、死神だろ! おまえがウチのおばあちゃんのことを殺したんだろ!」
どうやら
「おまえって死神なの!? うわ、こえー!」
近くにいた坊主頭の男子が指さしてくる。
「みんなー! こいつ、死神だぜ!」
坊主頭が呼びかけると、彼の知り合いがわらわらと集まってきて僕を囲んだ。
「しーにがみ! しーにがみ!」
熱いコールが校庭を沸かした。コールに参加しない児童たちはなす術も無く、僕らのことをただただ傍観している。
「死神退散!」
多美子は足元の砂利をつかみ、僕の顔に向かって投げつけようとした。間一髪で避けたが、「避けんじゃねえ!」と激昂して追撃してくる。やんちゃなクラスメイトたちや、高学年の児童までもが彼女と一緒に砂を投げてきた。
僕はか細い声で「やめて!」と叫んだ。それと同時に多美子が「きゃっ!」と女の子らしい声を上げ、校庭の地べたの上にひっくり返った。
「だ、誰っ!? 今、誰かウチのこと引っ張ったでしょ!?」
「……多美子! 弱い者いじめはやめろっ! ばあちゃんは情けないよ!」
彼女の手提げのミッキーが揺れた。どうやらミッキーのマスコットに憑依したおばあさんが、自分の孫をわざと転ばせたらしい。多美子の顔がさっと青くなった。
「い、今、ウチのおばあちゃんの声がしなかった……?」
辺りを見回すいじめっ子の目は少し潤んでいるように見えた。彼女は尻もちをついたまま、きっと僕を睨みつける。
「やっぱり、あんたがおばあちゃんを殺したんだっ!」
――なぜそうなる。
酷い言いがかりだ。しかし、彼女はいっぱしの女の子のようにわんわんと泣き始めた。
泣かれたらもう、僕の敗北は確定だった。女児たちが集まってきて、「あの子に何かされたの?」と多美子を心配し始める。
その日を境に、僕のあだ名は死神となってしまった。
多美子は「そいつ死神だから近寄らないほうがいいよ」とクラスメイトたちに言いふらし、僕は病原菌のように扱われるようになった。
二年生からは、僕たちは別々のクラスとなった。多美子はそれきり僕に興味を失ったようで、話しかけてくることすらなかった。みんなから死神と呼ばれることもなくなった。僕は人権を取り戻すことができたのだが、校内で彼女とすれ違うだけで胃がきりきりと痛くなった。風の噂で、長谷川多美子は他のクラスでもいじめっ子軍団のリーダーをやっているのだと耳にした。
家が近く、校区も同じであるため、僕らは同じ中学に進学する予定だった。しかし小学校を卒業するタイミングで僕の両親が一軒家を購入したので、運よく隣の市に引っ越すことができた。仲の良い友達と離れるのは寂しかったけれど、いじめっ子に怯えることのない三年間を過ごすことができたのである。
しかし、良いことがあればその分悪いことも起きるもの。
僕は進学先の高校で、稀代のいじめっ子、長谷川多美子と再会してしまったのだった。
◇
入学祝いで買ってもらったピカピカの自転車を駐輪場に停め、校舎に向かって歩き出す。
四月上旬の空は青く、真新しい校舎の白い壁に日差しが反射していた。今日は絶好の入学式日和だ。
昇降口に入る。在籍することになった一年一組の靴箱を見つけ、スニーカーを脱いだ。
「一組の人?」
靴箱の前で女子に声を掛けられ、新品の上履きに踵をはめながら振り返る。声の持ち主の顔を認識した瞬間、心臓がドクンとはね、胃がきゅっと委縮した。
長谷川多美子だった。
ピンク色のウレタンマスクで口周りを覆っているし、癖が強かったはずの髪はストレートで全体が黒いが、多美子本人で間違いない。整えられた前髪とマスクの間には気の強そうな双眸。二重瞼が少し白っぽくなっているのはアイプチのせいだろうか。目に施されているのはアイプチだけではない。色素の薄いカラコンやつけまつげも装着しているようだ。
マスクとメイクによって昔とはかなり印象が異なるが、名札にもたしかに「長谷川多美子」と記されていた。
僕を死神呼ばわりしてきた、悪魔のような女の子だ。
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