第2話
「……いやあ、本当に尊敬っす。俺らなんて地区大会敗退だったんで。もし通信障害無かったら、細木さんたちは決勝まで進んでたんじゃないすか」
「してたかもね。テストは順調だったのに、本番でいきなり混線しちゃって、あのときは死ぬほど焦ったわ。でもまあ、デザイン賞はとれたからちょっと報われたかな。外装、めっちゃ気合入れたから」
「あー、可愛かったっすね。紹介ブイもロゴも全部インコで……」
「インコじゃなくて、シマエナガな」
「俺は可愛いっていうよりかは、低重心で薄いやつのが好きなんすけど」
「低重心いいよね。そこから変形してく様もね。ヒューマノイドも変形すればいいのに」
「絶対に需要無いっすよ、それ」
「私だったら自分のアバターは変形させまくるけどな。……よし、到着!」
カチャンと音がして、それから扉が開いた。青い作業服の男女が現れる。女の人は眼鏡にひっつめ髪、男の人のほうは金髪だった。二十代半ばから後半に見える二人は、僕たちを見るなり口を「あ」の形に開く。
「あーん。どうしよっかねえ……」
女の人は、仰向けのクラスメイトと僕を交互に眺めながらぼりぼりと頭を掻いている。
「大丈夫です」
「彼、私のカレシなんです。このことは誰にも言わないでって、よくお願いしてありますから」
呆気にとられ、彼女を見下ろす。交際が始まってまだ三分も経っていないし、確かに口止めされたけれど「わかった」とはまだ言っていない。
「そう? そりゃよかった。よおし、じゃあ行きましょうか。きみ、ちょっと避けてくれる?」
何か作業が始まるらしい。
言われた通りトイレの個室の中に身をひそめると、向かい側の手洗いの上につけられた鏡に、学ラン姿の男子高校生、「
「せーのっ!」
威勢の良い掛け声とは裏腹に、作業服の男女二人は切り絵でもつまみあげるように、慎重に亜衣の身体を持ち上げた。抱きかかえられた彼女は力を全く抜かず、背筋も指先も、ぴんと伸ばしたままだ。長い髪の毛先とスカートの裾だけがひらひら揺れている。
「避けてくれる?」と言われていたが、僕は三人の横をすり抜け、出入り口のドアを開けてあげた。廊下には一台のストレッチャーが待機していた。作業服姿の二人が運んできたものだろう。
「気が利くじゃん」
金髪の男から「細木さん」と呼ばれていたひっつめ髪の女の人がウィンクする。
死後のように硬直しきった同級生の身体は女子トイレから出され、ストレッチャーの上に丁重に載せられた。
「この作業、ロボコンっぽいっす」
金髪がぽつりと漏らす。
「わからんでもない。……『おっと!? ここでリトライですっ!』」
ひっつめ髪の女性、細木さんが亜衣の乱れたスカートの裾を引っ張って白い太ももを隠した。
「細木さん、校内でロボットの話なんてしないでください」
ストレッチャー上の彼女は旧校舎の廊下の天井を見据えながら、ぴしゃりと非難する。
「ごめんごめん」
細木さんは軽い調子で謝った。彼女は亜衣の足元に畳んで置いてあった緑色のシートを広げ身体全体に被せると、上からベルトで固定していく。
「じゃあね、紫苑くん。また明日、学校で話そう」
シートの下からくぐもった声が聞こえてきた。細木さんが、やれやれとため息をつく。
「『また明日』って言ったって、今日中にはメンテ終わんないと思うよ? ……よし、出発!」
ストレッチャーはひっつめ髪と金髪の二人がかりで運ばれていく。二人の背中を見送りながら気がついた。今しがた、自分にカノジョができたことに。けれど、目の前で起きた出来事があまりにも衝撃的で、喜びを噛みしめる心の余裕なんてとても無かった。
初めてできた恋人の名前は、能登亜衣。
校内で、この田舎街で、一番可愛い女の子。
でも、名前もその美しさも本物ではない。
彼女は泣かない。
遊園地にも行けない。
死に逝く彼女は最期まで、自分の本当の姿を見せようとはしなかった。
◇
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