アイの姿を探してね。

ばやし せいず

プロローグ

第1話


 ――恋をしたほうがいいよ。



 何度も何度も同じアドバイスをされてしまう原因は、僕が中身の無い、つまらない人間だからだ。


 でも、僕には秘密がある。

 一つ目は演技の勉強をしていること。

 二つ目は幽霊がみえること。


 つまらない人間にだって隠し事があるのだ。

 学校一の美少女である能登亜衣のとあいが、実は人間ではなかったとしても、なんら不思議なことではない。






 同じ高校に通っている生徒の中で、能登亜衣を知らない人間はきっといない。

 それほどに彼女は有名人だった。

 なぜなら、絶世の美少女だからだ。


 今をときめくアイドルたちの、とくに良いパーツだけを取って集めたような顔立ちで、セミロングの髪は思わず指を通したくなるくらいにさらさら。身長は高くないのだが、手足が細くて長い。


 たぐいまれなる容姿を持った僕のクラスメイトは今、使われていない旧校舎の女子トイレで大の字に寝転がっていた。細い脚は出入り口の前に立つ僕のほうに投げ出され、小さな頭は奥の窓のほうに向けられている。目線は真っ直ぐ上を向いていて、こちらを一瞥しようともしない。


「ねえ、紫苑しおんくん。紫苑くんの他に、そこに誰かいる?」


 彼女は口だけを動かして僕にそう尋ねてきた。


「いないよ」と返しながら顔を見下ろしてみるが、相変わらず息を呑むほど美しい。

 彼女の顔と紺色の学生服に包まれた華奢な体が、窓から差し込む僅かな光に照らしだされている。床に広がる長い黒髪は絹糸のよう。投げ出された細い脚は白くしなやか。あまりにも完ぺきな容姿なので、丹精込めて造られた人形が寝かされているように思えてくる。

 美人は三日で飽きると言うけれど、そんな言葉は嘘だ。彼女の顔なら、一年でも二年でも眺め続けることができる。

 その彼女が、トイレの床なんかに、だらしなく寝転がっている。


「……ねえ、紫苑くん」


 彼女は再び口を開いた。


「こんな姿を見ても、紫苑くんはまだ私のことを『好き』だなんて言えるの?」

「好きだよ」


 僕ははっきりと答えた。本心だった。

 彼女の見た目を好きになったわけではない。だから、醜態を目の当たりにした今も尚、恋心が冷める気配は無かった。むしろ、細い体を抱き起こしてあげたいという気持ちで胸が苦しくなっている。

 けれど、少し前に彼女に「触らないで」と怒鳴られてしまっているので、助けることはできない。

 美少女は床に寝転がり天井を見つめたまま、くすっと笑った。


「そういうことなら、つき合っちゃおうか。私たち」

「でも」


 恋した相手に「つき合っちゃおうか」と言われても、手放しに喜べない事情があった。

 実は僕は数日前に彼女に交際を申し出、そして逃げられてしまったのだ。


「僕はてっきり、きみにふられたものだと……」


 ――本当の私を知ったら、好きだなんて思えなくなるかもよ。だって私は本当の自分のこと、嫌いだもん。


 告白に対し、彼女はそう返事して僕の前から去ったのだった。


「紫苑くん、ごめんね。せっかく告白してくれたのに、はっきり返事しなくて。私とつき合ってほしい。……でも、お願いがあるの。今からここで起こることは、誰にも言わないで」

「え」

「それから、本当の私の姿を見たいなんて思わないでね」

「えっ?」

「本当の私を、絶対に探さないで」

「それって、どういう……?」


 外の廊下のずっと向こうから、がたごとと耳障りな音が聞こえてきた。旧校舎のたわんだ床材が踏まれた音だ。一組ひとくみの男女の談笑と、タイヤが転がる音が近づいてくる。

 僕はトイレの出入り口の扉を振り返った。

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