3

 「ふふ、待てしてるチワワみたい」



 目の前の餌を前にうーんと葛藤していれば、ひとりで百面相している僕が面白かったのか、律がくすくす笑う。


 かわいいなぁ……、そう零すように付け足された言葉は、聞かなかったことにしておく。



 「そんなに悩むなら、先にお風呂入っておいで」



 そう言って渡された、バスタオルと律の服。

 僕は素直に受け取って、頭を下げた。


 シャワーを浴びながら、心はここにあらずの状態。

 シャンプーしているときも、体を洗っているときも、何故自分がここにいるのかがよく分かっていない。


 ……そうだ。

 律はどうしてバイト先が分かったんだろう。

 忘れていた疑問が思い浮かぶ。


 後で聞くしかないか。

 そう思いながら浴室を出てバスタオルに包まれば、自分が律の香りで満たされていることに気がついた。



 「…………」



 なんだか急に堪らなくなって、無言でその場にしゃがみこんだ。


 だって、こんなの、律に抱きしめられているみたいだ。ぽたぽたと髪から雫を垂らしながら、僕はきゅっとバスタオルの先を摘んだ。


 顔が赤いのは、きっと、お風呂上がりだから。今はそういうことにしておこう。



 「紡、こっちおいで」



 律から借りた、僕には少し大きい服を着てリビングに戻れば、待ってましたと言わんばかりに律が楽しそうに椅子を示す。


 言われるがまま大人しくそこに座れば、律がドライヤーを起動した。



 「自分でやるよ」

 「やだ、俺にさせて」



 背後を振り返って言うけれど、律は頑なに首を横に振った。


 僕なんかに構わずに、律もさっさとお風呂入ってくればいいのに。

 そう思うのに、その優しい指先が触れるのが心地よくてそれ以上何も言えなかった。



 「髪を乾かすだけでこんなに愛しさが募るなんて初めて知ったよ」

 「…………」

 「はい、完璧」



 乾かし終えた律は満足そうに僕の髪をするすると撫でる。そして、きゅっと口を噤んで何も言えなくなっている僕の顔を見て、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。



 「お風呂入ってくるね。雑誌見てもいいし、先に寝ててもいいから」

 「……ん」



 照れくさくて顔も見ずに頷いた僕の髪をもうひと撫でした律は、まるでスキップしているかのような軽い足取りで部屋を出ていった。


 ……嗚呼、駄目だ。

 律に甘やかされるのが嫌じゃないと思ってしまった自分がいる。


 僕は律の撫でた部分を指でなぞり、熱が引くのを待った。

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