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気がつけば、スカウトされて入った芸能界の荒波に揉まれておよそ八年。
数えてみれば長い年月が経っているけれど、がむしゃらに駆け抜けた八年はあっという間だった気がする。
元々、有名人になりたいとか芸能人になりたいとか、そんなことを思ったことすら無かった。小学生の頃からこれといった将来の夢なんてなかったから、クラスメイトに聞いた人気の職業を作文に取り上げた。
自分が何をしたいのか。どんなひとになりたいのか。そんな漠然としたイメージすら抱けなかった、高校生の頃の俺。
周りと同じように大学に進学して、とりあえず内定をもらった企業にでも就職するのかな。
他人事みたいに考えて、ただなんとなく、流されるように過ごしていた。
そんな折、母親の病気が発覚した。
朝から晩まで汗水流して働いて、女手一つでここまで育ててくれた母親に恩返しがしたい。
それは常々考えていたことだったのに、現実は未成年の俺にできることなんて限られていて、そんな自分がやるせなかった。
病院のベッドに横になって、日に日に痩せ細っていく母親。
「そんな心配しなくても大丈夫よ」
お見舞いに行く度、そう言って笑うけれど、日毎に弱っていく姿にも胸が傷んだ。
あれは暑い夏の日だったと思う。
病院からの帰り道、電車に乗ろうと駅に向かっていた道中にスーツを着た男に話しかけられた。
少し緊張気味の男は名刺を差し出して、楠木と名乗った。
そこに書かれていたのは、流行りに疎い俺でも知っていた有名な芸能事務所。聞けば、そこに所属してデビューしないかという話だった。
「それって稼げますか?」
どんどん病気が悪化する母親の治療のためにはとにかくお金が必要だった。
失礼を承知でストレートにそう尋ねる俺を馬鹿にすることなく、楠木さんは真面目腐った顔で頷いた。
「君なら売れる、絶対」
その瞳は嘘をついていなかった。
今この瞬間がはじめまして、そんな見ず知らずの人なのに、楠木さんのことを信じてみたくなった。
そうして俺はお金が稼げるなら何でもやってやると覚悟を決めて、芸能界に飛び込んだ。
青春時代を投げ捨てて、ただひたむきに与えられた仕事をこなした。
暴言を吐かれることはしょっちゅうあったし、SNSには誹謗中傷も書き込まれた。有名になるにつれて、アンチの数も増えていった。
心無い言葉はナイフとなり、数え切れない程の傷を作る。いつしかそれは瘡蓋となり、鎧に変わった。
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