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きっと、君は知らないはずだ。
俺があの収録を、いや、君に会える日を楽しみにしていたことを。
それは、オーディション番組の応募締切が残り数日に迫ったときまで話は遡る。
その日最後の仕事だった音楽番組の収録を終え、マネージャーの楠木さんと共に廊下を歩いていると、たまたま田島さんとすれ違った。
「お疲れ様です」
「お疲れ様。……あ、東雲くん、この後って予定詰まってる?」
田島さんはよく音楽番組でお世話になるから、気楽に話せるスタッフさんのひとりだ。
いつものように挨拶して通り過ぎようとすれば、何かを思い出したらしい田島さんに引き止められる。
「いえ、今日はもう帰るだけですけど」
「ちょっと見せたいものがあるんだけど、どうかな」
何か面白いアーティストでも見つかったのだろうか。
田島さんだって、忙しいひとだ。
その間を縫ってまで俺に見せたいものがあるというのなら、拒否するのも申し訳ない。
「……いいですよ」
「こっち、ついてきてくれる?」
少し迷って頷けば、連れていかれたのは小さな資料室。
ノートパソコンの前に座らされて、田島さんがマウスを動かせば、とある動画が再生された。
映し出されたのは、仄暗いカラオケの映像。画面がぐらぐらと揺れて、お世辞にも見やすいとは言えない。
スマホで慌てて撮ったのだろうか。音質もあまり良くない。
Aメロが終わったところからスタートしているし、映像の完成度としては惜しいところばかりだ。
それなのに、ワンフレーズを聴いただけで一瞬で惹き付けられた。ぴしっと背筋が伸びる。
すぐに自分の曲だと分かったのは隣に座る楠木さんも一緒だったようで、小さく「律さんの曲だ」と呟くのが聞こえた。
透明感のある、伸びやかな歌声はほんの少しだけ緊張を滲ませていて、彼の百パーセントの力じゃないのが分かる。これでまだ未完成なのが末恐ろしいと感じるほど。きっと彼の本気はこんなものじゃない。そう思わせてくれる。
同じ曲のはずなのに、俺が歌ったものとは全くの別物に思えた。そのことに対して不快感よりも興奮が勝る。
いくつもの宝石を散りばめたように煌めく瞳が、まっすぐに画面を見つめている。
その視線の先にいるのがミュージックビデオの中の自分であることに嫉妬すると同時に、そんな感情を自分が持てることに驚いた。
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