8

 数十分車を走らせて、たどり着いたのは小綺麗な一軒家。どうやらハウススタジオらしく、スタッフさんらしき人が何人か出入りしている。


 近くの駐車場に車を停めて、楠木さんの元に向かう。ひとつだけ、どうしても確認しておきたいことがあった。



 「すみません、あの、こんな時に聞くのもなと思ったんですけど……」

 「ん? 何でも聞いてください」

 「あの、律をスカウトしたのって、楠木さんですか……?」



 尻すぼみになっていく僕の声を聞いた楠木さんは、きらりと瞳を瞬かせて嬉しそうに笑った。



 「はい、そうですよ。律さんをスカウトできたことは、僕の人生における一番の手柄だと思います」



 そこにあるのは、純粋な喜びと誇り。

 この人もまた、プロなのだ。


 かっこいい。将来、僕もこんな風に誇れる仕事がしたい。そう、思った。


 そして、同時に心の中のオタクが感動のあまり咽び泣く。律をスカウトしてくれてありがとう、と。


 楠木さんがいなければ、律に出会えなかったかもしれない。もはや命の恩人のようなものだ。



 「律をスカウトしてくれてありがとうございます……」

 「ふは、吉良くん面白いね」



 深々と頭を下げれば笑われてしまった。だけど堅苦しい口調が砕けて、なんだか距離が縮まった気がする。



 「律さんを見つけたときにビビっと来たんだ。雷に打たれたようなって比喩がまさに当てはまった瞬間だったね。沢山の人がいる中で浮いて見えたよ。あの時の衝撃はずっと忘れられないなぁ」

 「…………」

 「顔だけじゃなくてオーラがあったんだよね。正直声をかけるのも気が引けたんだけど、ここで引いたら後悔すると思って」



 懐かしそうに話す楠木さんの言葉はどれも宝物で、脳のレコーダーに記録することに必死で何も言えなかった。感動しすぎて言葉が出なかったというのもあるけれど……。



 「結果、こうしてスターになっちゃうんだからすごいよね。あの時の自分を褒めてあげたいぐらい」

 「僕からしたら、楠木さんも歴史に残る方ですよ」



 真面目くさった顔で言えば、また楠木さんは噴き出した。意外とツボが浅いのかもしれない。

 

 そんな会話をしながらスタジオに入れば、和やかな空気で撮影が行われていた。



 「今回のコンセプトが『ありのまま』なんだ。多分吉良くんにも協力してもらうことがあると思うんだけど、よろしくお願いします」

 「はい?」



 協力できることなんてないと思うけど。

 首を捻っていれば、背後から鋭い声が飛んできて、するりと長い手に捕らわれる。


 振り向かなくても、誰か分かる。

 でも、この場の主役にバックハグされている状況が理解できない。


 せめて酸素だけでもと呼吸しようにも、嗅いだことのある香りが鼻腔を擽る。一気に体温が上昇して、鼓動が速くなった。



 「近すぎ」

 「律さん、お疲れ様です」

 「お疲れ様~、じゃなくて、何でお前が紡と仲良くなってんの?」

 「そりゃ、一緒にドライブした仲ですから」

 「ったく、だから嫌だったんだよ……」



 後ろを振り向いて、選択を誤ったと悟る。はぁ、と呆れたようにため息を吐き出すその人の姿に一瞬で目を奪われた。


 ……髪型、変わってる!


 前まで全体的に少し長かった黒髪は神々しい金色に染まり、ゆるやかなパーマがかけられている。襟足は少し短くなったのかな。顔にはらりとかかる前髪が色っぽい。


 どうしよう、金髪の律なんて久しぶりだから耐性がない。かっこよすぎる。美しい。美しすぎて、これは最早暴力だ。見惚れてしまって声も出せない。



 「紡、固まってどうしたの?」

 「…………こっち見ないでください」



 芸術品かってぐらい綺麗な瞳がこちらを向く。やめて、見ないで。律が汚れてしまう。


 直視できなくて顔を覆えば、自分の頬の熱さに驚いた。



 「ふふ、俺かっこいい?」



 黙ったままこくんと頷けば、さっきまで剣呑な雰囲気を纏っていたのに、ぱあっとそれが霧散した。


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