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 「それなら休んだ方が……」

 『紡が会ってくれないなら、これ以上頑張れない』

 「…………」

 『あーあ、新曲のプロモーションがまだまだ残ってるのになぁ。紡にも完璧な俺の姿を見せたかったけど、今回はしかたないか』

 「僕の知ってる東雲律は、仕事に対して手を抜くようなことは絶対にしません」



 だって、ずっとずっと見てきたんだ。

 律はいつだって本気で全力で、プロだから。

 

 涼しい顔をして、「これが普通です」って、なんでもないようにステージに立っているけれど、そこに至るまで計り知れないほどの努力をしてきたんだってみんなが知っている。


 コンサートツアーのドキュメンタリーや撮影風景を見れば分かる。たとえそれが作られたものだとしても、律がいかに誠実で真摯に仕事に向き合っているかは分かっている。


 だからこそ、たとえ律本人だとしても、僕の大好きな東雲律を見くびらないでほしい。


 そんな思いから想像以上に強い口調になってしまって、シーンと沈黙が流れる。


 僕は律になんてことを……!

 ハッと我に返るのと、律が笑い声をあげたのはほぼ同時だった。



 『ふふ、やっぱり紡がいいなぁ』

 「すみません、言い過ぎました」

 『ううん、俺も冗談が過ぎたよ。ごめんね』



 機嫌を損ねていないことにホッとする。

 律に嫌われたら、僕はもう生きていけない。



 『でもね、紡に会いたいっていうのはほんと』

 「…………」

 『俺の家、来てよ』

 「むりです!」

 『じゃあ、スタジオは?』

 「まぁ、そっちの方が、」



 うまく丸め込まれたことに、そこまで言ってから気がついた。しまったと撤回しようにも、策士はそれを聞き逃さず、決定事項にしてしまう。

 


 『よし決まりね、マネージャーに話しとかないと』

 「……迷惑だったらすぐに帰るので」

 『紡はそんな心配しなくていいから、俺のことだけ見ててよ』



 見てるよ、ずっと。

 これまでも、これからも。


 ……なんて、こんなに重たい気持ち、直接本人には言えないけれど。



 『また連絡するね』

 「……うん」

 『おやすみ、紡』



 強引に決められた約束でいっぱいいっぱいなのに、甘い声で囁かれたらノックアウト。ぽーっとしている間に、通話は終了していた。


 律が仕事をしているところを見れるんだ。

 純度百パーセント、トップアイドル東雲律を、この目で。


 あんなに会いたくないと思っていたのに、結局オタクは単純なものでそわそわと落ち着かない。


 あーあ、マジックミラーに囲まれて律からは僕の姿が見えないようにしてやりたい。そしたら律からの視線を気にせず、好きなだけ見放題なのに。

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