5
「吉良くん、ちょうど今リハーサルが終わったみたい」
「あ、わかりました」
それから程なくして、リハーサルが終了する。
田島さんの言葉に頷けば、セットから一直線にこちらに向かってくる人影がひとつ。
「田島さーん!」
親しげに話しかけてきたのは、今年で芸歴十年目のアーティスト・
有名人に疎い僕でも彼のことはよく知っている。律と仲が良くて、ツーショットがSNSに頻繁にアップされているから。
そんな彼は田島さんの影に隠れていて見えなかったのか、僕の存在に気がつくとぐりんと大きな瞳でまじまじと見つめてくる。
「もしかして、つむちゃん?」
興味津々といった様子で気さくに声をかけてくれる。けれど、どうして彼が僕を知っているのかわからなくて頭の中は疑問ばかり。こういう時、うまく返事ができない自分をまた嫌いになる。
「あれ、知り合いなの?」
「ううん、はじめましてだけど」
見かねた田島さんが間に入ってくれてホッと胸を撫で下ろす。
初対面の人と話すのはただでさえ苦手だっていうのに、その相手が有名人だなんて置物みたいに立っていることしかできない。
「この子、律のお気に入りでしょ」
綺麗な桜色の髪を耳にかけながら、春野さんは言う。
僕と田島さんは顔を見合わせて、首を傾げた。心当たりが全くないし、そんなこと絶対ありえないんだけど。
「そうなの?」
「そうだよ」
「逆じゃなくて?」
「ぎゃく?」
田島さんが僕の代わりに尋ねると、今度は春野さんが頭上に?を浮かべる番だった。なんだか話が噛み合っていない。
「吉良くんは東雲くんのファンなんだよ」
「へぇ~」
説明を聞いて、ふむと頷いた春野さんに改めてじろじろと観察されて、居心地が悪い。
律の友人にファンであることがバレるのはなんだか気まずくて、縮こまる僕を見た彼は面白そうに口角を上げた。
「じゃあ、よかったね。つむちゃんの動画、律がずっと観てるよ。飽きもせず、毎日のように」
どうして……。
その言葉しか頭の中に出てこない。ちっぽけな脳みそは考えることを止めてしまったみたい。
「ふふ、これ内緒ね。田島さん、本番もよろしくお願いしまーす」
「うん、こちらこそ」
にいっと笑ってウインクした春野さんは固まった僕の頭をぐしゃりと撫でると、手を振ってスタジオを出ていった。
律が僕の動画を観ている。
その言葉を反芻して理解しようとしても無理だった。言葉の意味は分かってる。だけど、理解が追いつかない。
何で、どうして、と疑問ばかりが湧いてくるのに、どうしても正解が見つからない。
ぐるぐると堂々巡りして、迷子にでもなってしまったかのような。そんな心地で立ち尽くしてしまう。
「あ、田島さん、ちょっと相談したいことがあるんですけど……」
近くを通りがかったスタッフさんが田島さんを見つけておずおずと声をかける。
「了解。吉良くんは大丈夫そう?」
「ハイ……」
「一旦そこに座っといてくれる? ちょっと行ってくるから、何かあったら周りに聞いてみて」
「わかりました」
スタジオの後方に用意されていたパイプ椅子に腰掛ける。一方の田島さんはスタッフさんに連れられて、足早にセットに向かっていた。
その後ろ姿を見送って、ため息をひとつ。
あれからずっと忘れようと努力して、幾重にも鍵をかけたつもりだった。
馬鹿だなぁ……。
つい自嘲気味に笑ってしまう。
律が関わったことを忘れるなんて、できるはずもなかったのに。
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