3
もうこの場所に来ることはないと思っていた。
近寄りがたい雰囲気は以前と変わらない。だけど、前とは違って今日は自分が出演するわけではないから緊張はマシかもしれない。
久しぶりに訪れたテレビ局一階の自動ドアを恐る恐る通り過ぎれば、ロビーで田島さんが待っていた。
渡された許可証を首から提げて、ゲートを通り過ぎる。すれ違うひとの視線が痛くて、息がしづらい。僕は迷子にならないよう、早足で後ろを追いかけるしかなかった。
「実は、吉良くんに渡したいものがあって呼んだんだ。もちろん、番組の見学もしてほしいんだけどね」
上階のスタジオに向かうエレベーターで、突然そんなことを言われて戸惑ってしまう。
それが顔にも出ていたのだろう、田島さんは困ったように笑った。
「そんな怯えた顔しないでよ、悪い話じゃないから。ほら、これ」
そう言って手渡されたのは、デザインがバラバラの四枚の名刺。
オーディション番組の協賛を行っていた芸能事務所から、有名な歌手が数多く所属しているレーベルのものまで様々だ。
「これって……」
こんな僕でも一度は聞いたことのある名だたる事務所。その名刺を手にして、固まってしまう。
どうして僕なんかに、こんな有名事務所の名刺を……?
あまりにも僕が怪訝な表情をしているのがおかしいのか、田島さんはにこにこ笑顔だ。
「びっくりしてるね」
「そりゃ……」
これが全然違うひとから渡されていたら、偽物を疑っただろう。
だけど、相手は業界に精通した敏腕プロデューサー。これは、紛うことなき本物だ。
「番組を観て吉良くんの歌声を気に入ったって事務所からいくつか話があってね。さすがに勝手に連絡先を教えられないから、まずは僕から話すことになったんだ」
「事務所……」
「そう、吉良くんに所属してほしいってスカウトがきているんだ」
自分のことなのに、まるで他人事みたい。
現実味がなくて、理解が追いつかない。
「正直僕としても番組の結果は残念だったから、吉良くんがこんなに声をかけられているのも納得だと思ってる。でもこれはあくまでも周りからの評価で、最終的に決断するのは吉良くんだから。この世界でやっていく覚悟が必要だよ」
「……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます