針のない羅針盤
1
これまで普通だった日常が非日常に変わる。
それは突然で、だけどそうなるだろうことは僕以外には簡単に予想できていた。
JTOが放送されてから、僕を取り巻く環境はがらりと変わった。
なんとなく入っていたグループから連絡先を追加したのか、あまり仲の良くなかった中学や高校の時の友人からメッセージがいくつも届いた。
すれ違った名前も知らない学生に急に声をかけられるようになった。
これまではひっそりと日陰で暮らしていたのに。
急に草の根をかきわけて捜し出されて、スポットライトに照らされる。それがどれだけ苦痛だったか。
借りぐらしが見つかってしまったあの子みたいに、居心地の悪いこの場所から逃げ出したかった。
だけど、世間はそれを許さない。
たったの一夜にして、羅針盤は行き先を見失った。
いくら人の目を気にしたって、大学の授業は待ってくれないし、アルバイトをしなきゃお金だって貯まらない。
だから、これまでよりも目立たないようにするため、僕は下を向いて存在感を消すように努めた。
人の噂もなんとやら。そのうちみんな飽きるだろうから、それまでの辛抱だ。
奏の影に隠れるようにして、大講義室の端の一番後ろの席に座る。さすがに授業中にまでこっちを注目するひとはいないことが救いだった。
――ピコン。
机の上に置いていたスマホがメッセージを受信する。
共通科目の内容に退屈していた僕は、迷わずそれを確認する。
『吉良くん、久しぶり』
そんな言葉から始まるメッセージは、JTOの番組プロデューサーである田島さんから届いたもの。
予想もしていなかった相手に心臓がどっと早鐘を打つ。
『急で悪いんだけど、明日空いてる? 夕方から番組の収録があるんだけど、見学に来れないかな?』
なんだか遠い世界の向こう側から手招きされてるみたいだ。
何度も何度も読み直して、その意味を反芻する。そこには間違いなく僕の名前が書いてあって、意図の分からない誘いが記載されていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます