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 洗面所の鏡の前に立って、首を確認する。


 朝はぼーっとしていたから全く気が付かなかったけれど、確かにそこには律の残した痕があった。


 こんなことをされたら、忘れられないじゃないか……。


 鍵をかけて、綺麗な思い出として一生閉まっておこうと思っていたのに。


 指先で痕をなぞれば、あの夜の出来事が鮮明に脳裏を駆け巡って思わず赤面してしまう。


 ファンに手を出すんだって、幻滅したことは一度もない。だけど、僕の前に現れないでほしかった。


 だって律にもう一度会いたくて、どうしようもなく好きだって心が求めてる。


 そんな感情が芽生えることさえ、許してこなかったのに。たとえ変わってしまっても、僕にはどうすることもできない。


 住む世界が違うのだ。

 いくら思い焦がれても、この恋は叶わない。


 ツンと鼻先が傷んで、じーんと目頭が熱くなるけれど、そう理解しているから涙を流すことさえも許されない。


 それが、僕の選んだ恋だった。



 首筋の痕が日に日に薄くなっていくのを、なんとも言えない気持ちで確かめる日々が続いた。


 この痕は律に会えたことの証だから、消えてしまえばその事実すらなくなってしまいそうだった。


 それなのに、忘れてしまいたい気持ちも心のどこかに隠れていて、僕はぐるぐると重たいものを抱えて過ごしていた。


 長いようであっという間に時間は過ぎ去って、痕は綺麗さっぱりなくなった。


 もう、首筋に花は咲いていない。


 だから、もうあの日のことは思い出さない。そう決めた。ちくりと胸が痛むけれど、決意は揺るがない。

 

 ただの律のファンでいたいから。

 遠くから静かに活躍を見守って、彼を後押しする微かな風になりたい。


 スマホを開けば、待ち受けに設定した律の写真が表示される。親の顔より見た顔は何度見ても惚れ惚れする。



 (好きだなぁ……)


 しみじみとそう思う。何年も積み重ねた恋は、簡単には崩れない。


 未練ばかり抱えていることに蓋をして、僕はベッドに横になった。それと同時にスマホの画面も真っ黒に変わった。

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